映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「孤狼の血」

孤狼の血
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年5月15日(火)午前10時55分より鑑賞(スクリーン2/E-9)。

深作欣二監督の「仁義なき戦い」をはじめとする東映ヤクザ映画は、日本映画界に一時代を画した作品群だが、実のところオレはあんまり接点がない。時代が微妙にズレていることもあるが、そもそもヤクザが嫌いだからだ。たいていのヤクザは偉そうにしている。偉そうにする奴は、政治家だろうが、ヤクザだろうが、ラーメン屋のオッサンだろうが大嫌いなのだ。

とはいえ、多少は観た作品もあるし、何となくその雰囲気は理解しているつもりだ。だから、「孤狼の血」(2017年 日本)の予告編を観た時には、「これって、東映ヤクザ映画そのまんまだろッ!」と思わずツッコミを入れてしまったのである。

「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」の白石和彌監督が、柚月裕子の小説を映画化した作品だ。どうやら原作自体が「仁義なき戦い」を意識して書かれたらしいので、東映ヤクザ映画の匂いがプンプンするのも当然だろう。

時代は暴力団対策法成立直前の昭和63年。広島・呉原(架空の街です)では、地場の暴力団「尾谷組」と、広島の巨大組織「五十子会」をバックに進出してきた新興組織「加古村組」の抗争の火種がくすぶり始めていた。そんな中、加古村組関連の金融会社社員が失踪する。呉原東署に赴任してきた新人刑事の日岡秀一(松坂桃李)は、暴力団との癒着を噂されるベテラン刑事・大上章吾(役所広司)とともに事件の捜査にあたるのだが……。

この映画、暴力シーンが満載だ。白石監督の作品には、過激なバイオレンス描写が多いのだが、今回の冒頭の養豚場のリンチのシーンは、その中でも過激さではピカイチかもしれない。口にするのもおぞましいほどの暴力に満ちている。もしかしたら、正視できない観客もいるかもしれない。

それ以降も、何度も暴力シーンが登場する。あまりに激しい暴力で笑ってしまうところもあるのだが(北野武監督の「アウトレイジ」シリーズもそうだったが)、かなりのエグさである。

そして、東映ヤクザ映画との共通性を予感したオレの見立ては間違っていなかった。始まってすぐにそれがわかる。時代がかったナレーションといい、ちょっと古さを感じさせる色味の映像といい、ひと目見ただけでは、かつての東映ヤクザ映画と区別がつかないかもしれない。あきらかに東映ヤクザ映画にオマージュを捧げた作品だろう。

ただし、ヤクザ映画につきもののヤクザ同士の抗争は、あくまでもドラマの背景でしかない。ドラマの柱に据えられているのは警察ドラマだ。正義感に燃える若手刑事・日岡とベテラン悪徳刑事・大上がコンビを組み、数々の修羅場をくぐるうちに日岡が変化していく。ハリウッド映画などでも、しばしば登場する定番ストーリーである。さらに、そこに警察内部の腐敗も絡んでくる。

この映画の最大の魅力はキャストだろう。大上は外見も行動も、ヤクザ以上にヤクザのようだ。「警察じゃけ、何をしてもええんじゃ」が口癖で、不法なことも平気でする。一歩間違えば噓くさい存在になるのだが、それを役所広司が演じているから説得力がある。ただのワルではなく、心の奥底に何かがあることが伝わってくる演技だ。

一方、彼に翻弄される日岡を演じる松坂桃李も、戸惑いや怒り、苦悩などを繊細に表現する演技だった。おかげで、彼の変化が自然に受け止められる。

それ以外にも、音尾琢真滝藤賢一田口トモロヲ中村獅童竹野内豊ピエール瀧石橋蓮司江口洋介らがキャラの立った演技を見せる。真木よう子阿部純子MEGUMIらの女優陣も存在感たっぷりだ。

誤解を恐れずに言えば、今回出演した俳優たちは、嬉々として「仁義なき戦い」ごっこを楽しんでいたのではないか。そのぐらい全員がノリノリの演技を見せている。

このドラマのストーリーのミソは、なぜ広島大出身のエリートのはずの日岡が、大上のような暴力団との癒着を噂されるような刑事とコンビを組んだかにある。実は、その裏にはある特別な任務が存在していたのだ。そこからこの映画のサスペンスとしてのスリルが生まれてくる。

ドラマの転機は大上の失踪によって訪れる。大上は自らも語っていたように、微妙な綱渡りをする曲芸師のような日々を送っていた。そのバランスが崩れた時に、事態は大きく動くのだ。

終盤になって、大上の意外な素顔が浮かび上がる。そこから見えてくるのは、警察組織の論理と個人の思いのぶつかり合いだ。それは日岡にも大きな影響を与える。このあたりからは、ややお涙頂戴的なセンチメンタルな世界が展開するのだが、それも含めてきっちりと観客を楽しませる工夫が見られる。

大上の思いを受けた日岡は、ラストで彼なりのやり方で落とし前をつけようとする。それは観客の感情を揺さぶるが、同時に危うさも感じさせる行動だ。はたして日岡はどうなるのか。彼の今後につい思いを馳せてしまうのである。

東映ヤクザ映画的な外観にとらわれていると、この映画の本質を見失うかもしれない。警察ドラマとしても、若者の成長のドラマとしても、シンプルに面白い映画だと思う。白石監督の映画の中でも、エンタメとしての完成度が高いように思えた。

最近の日本映画には珍しく濃厚でスリルに満ちた作品なのは間違いない。「東映ヤクザ映画」というイメージにとらわれずに、一度観てみる価値はあるかもしれない。ただし、バイオレンス描写が苦手な人は注意してネ。

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◆「孤狼の血
(2017年 日本)(上映時間2時間6分)
監督:白石和彌
出演:役所広司松坂桃李真木よう子音尾琢真阿部純子滝藤賢一矢島健一田口トモロヲ嶋田久作町田マリー伊吹吾郎MEGUMI中村獅童竹野内豊ピエール瀧石橋蓮司江口洋介
*丸の内TOEIほかにて全国公開中
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