映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ゲティ家の身代金」

ゲティ家の身代金
池袋シネマ・ロサにて。2018年5月27日(日)午後12時35分より鑑賞(シネマ・ロサ2/D-8)。

高齢化社会の現在。高齢の映画監督も大活躍だ。103歳で最後の監督作を撮ったポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督は2015年に死去したが、現在88歳のクリント・イーストウッド監督は依然として現役バリバリ。そして、現在80歳のリドリー・スコット監督もまだまだ元気である。

最新作「ゲティ家の身代金」(ALL THE MONEY IN THE WORLD)(2017 アメリカ)は、1973年に世界中で大きな話題になった大富豪の孫の誘拐事件を描いた実録ドラマである。

事件の発端はローマ。17歳の青年ポール(チャーリー・プラマー)が誘拐されるところからドラマは始まる。いったい彼は何者なのか。直後に描かれるのはポールの祖父ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)の成り上がりの経緯だ。彼はサウジアラビアから石油を輸入したのをきっかけに石油王となり、世界一の大富豪として知られるようになったのである。

続いて、このドラマの主人公であるポールの母ゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)の身の上が描かれる。彼女はゲティの息子と結婚したものの、夫とゲティは疎遠になり経済的にも困窮する。そこで夫に手紙を書かせてゲティと仲直りさせるのだが、結局夫は酒、麻薬、女に走り、ゲイルは離婚を決意する。

その時のゲイルの決断が潔い。ゲティに対して「金は一銭もいらないから子供たちの養育権をよこせ」と迫るのである。こうして彼女は息子と娘と暮らすようになるが、ゲティ家を離れたことによって金銭的には苦しい状況に追い込まれる。そんな中で起きた誘拐事件である。

前半で描かれるのは、大富豪ゲティの並外れた守銭奴ぶりだ。ポールを誘拐した犯人たちは、身代金として1700万ドルを要求する。なにせあり余るほどの金を持った大富豪、かわいい孫のためにポンと金を出すかと思いきや、この銭ゲバじじいは断固として支払いを拒否するのである。

彼は孫が嫌いなわけではない。むしろ愛しているのだろう。だが、それとこれとは話が別。彼にとって金は特別な存在なのだ。どんな理由があろうとも儲からない投資などしないのである。

ゲティは美術品を多数買い集めている。だが、それを買う際にも徹底的に値切り、少しでも安く買おうとする。そんなじいさんだから、孫の身代金など支払わないのも当然なわけだ。

一方、ゲイルには自ら身代金を払う経済的余裕はなかった。何が何でもゲティから金を引き出すしかない。息子を救い出すために、ゲイルは脅迫してくる誘拐犯のみならず、支払いを拒否する大富豪ゲティとも戦うことになるのである。

この映画は欲張りだ。誘拐事件をめぐる犯罪サスペンスと同時に、大富豪ゲティ家をめぐる葛藤を描いた人間ドラマも描き出す。はっきり言って詰め込み過ぎなのだが、リドリー・スコット監督は、それを承知のうえで様々な要素を手際よくまとめていく。

犯罪サスペンスとしての魅力は、ハラハラドキドキ感にある。身元の判明した犯人グループを警察が急襲するシーン、ポールが機転をきかせて脱出を試みるシーンなど、スリリングで手に汗握る場面が次々に飛び出し、最初から最後まで目が離せない。

それに比べて人間ドラマはやや薄味だが、それでも観応えは十分にある。その原因は、何といっても大富豪ゲティを演じる88歳の大ベテラン、クリストファー・プラマーとゲイルを演じるミシェル・ウィリアムズの演技にある。

実は、ゲイル役はもともとケヴィン・スベイシーが演じていたのだが、例のセクハラ問題で降板。急遽クリストファー・プラマーが起用されて、短期間で撮り直したという。だが、これが結果的には成功だった。銭ゲバ男のギラギラ感を出すのにケヴィン・スペイシーはピッタリだが、それだけでは物足りない。そこに憐れみや哀しみも漂わせているのは、クリストファー・プラマーの演技だからである。さすが名優!

対するミシェル・ウィリアムズも素晴らしい熱演だ。愛する息子を取り戻すために、執念でゲティに迫り、あの手この手で金を引き出そうと奮闘する。孫を取り戻すべくゲイルが派遣した元CIAの男チェイスマーク・ウォールバーグ)が、次第にゲイルに肩入れするようになったり、犯人の一人チンクアンタ(ロマン・デュリス)まで情にほだされていくのも納得。それほど大迫力の演技なのである。

チェイスを演じたマーク・ウォールバーグは、比較的地味な役どころではあるのだが、それでも終盤でゲティを相手に堂々と啖呵を切る見せ場が用意されている。このあたりの配慮も、いかにもベテラン監督らしい心憎さだ。

終盤はいったん大団円と思わせて、再びハラハラドキドキを仕掛ける展開。そして、守銭奴じいさんの寂しい末路を描いて哀愁を漂わせる。ここでまた、クリストファー・プラマーの起用が正解だったことを再確認。

犯罪サスペンスとしてのスリル、迫力は一級品。マネーに翻弄される人々の人間模様も適度に織り込みつつ、完成度の高いエンタメ映画に仕上げている。さすがリドリー・スコット監督である。クリストファー・プラマーミシェル・ウィリアムズの演技ともども観応えは十分だ。

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◆「ゲティ家の身代金」(ALL THE MONEY IN THE WORLD)
(2017 アメリカ)(上映時間2時間13分)
監督:リドリー・スコット
出演:ミシェル・ウィリアムズクリストファー・プラマーマーク・ウォールバーグ、チャーリー・プラマー、ロマン・デュリスティモシー・ハットン、チャーリー・ショットウェル、アンドレア・ピーディモンテ、キット・クロンストン、マヤ・ケリー
*りTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://getty-ransom.jp/