映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「29歳問題」

29歳問題
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2018年5月29日(火)午後12時40分より鑑賞(スクリーン2/D-6)。

女性の29歳というのは、なかなか難しい年齢らしい。30歳を目前にして、これからの生き方に思い悩んだりするのだろうか。そういえば「アラサー」という表現も、ポジティブな意味合いよりもネガティブに語られることが多いような気がする。

そんな29歳の女性の戸惑いや苦悩を描いた映画が「29歳問題」(29+1)(2017年 香港)である。もともとは舞台劇、それも一人芝居だ。その芝居を演出・主演で演じ続けてきたキーレン・パンが、自ら監督・脚本を担当して映画化を実現した。

とはいえこの映画、舞台劇の映画化という感じはあまりしない。むしろ映画的な魅力に満ちている。ところどころに主人公がカメラに向かって話しかけたり、登場人物の妄想や願望を映像にしたり。現実にはあり得ない人物を同じ場面に登場させたりもする。映像的な工夫が、あちらこちらに見られる作品なのだ。

主人公は化粧品会社で働く主人公のクリスティ(クリッシー・チャウ)。現在29歳。あと1か月で30歳になる。仕事は順調だし、長年付き合っている恋人チーホウ(ベン・ヨン)もいる。だが、結婚に関しては微妙な感じだ。

そんなクリスティの現状を、彼女の日常から無理なく伝える序盤から引き込まれる。冒頭はクリスティが起床して会社に向かうまでを、テンポよく、ユーモラスに描く。続いて会社での彼女、友達と楽しく過ごす彼女などの姿から、今の置かれた状況が如実に理解できる。

そんな彼女は会社で部長に昇進する。それによって重たい責任を負わされることになる。恋人との関係も何やら危うい。そして、認知症の父親の存在も彼女の頭痛の種だ。

さらに、もう一つの大問題が発生する。いきなり大家から立ち退きを迫られてしまったのだ。とりあえず彼に紹介された部屋で、クリスティは仮住まいすることになる。そこはティンロ(ジョイス・チェン)という女性の部屋で、彼女は1か月間パリ旅行に出かけていたのだ。

レスリー・チャンが出演したドラマ「日没のパリ」を観てパリに憧れたティンロは、部屋にエッフェル塔型に写真を貼り付けていた。その部屋でクリスティはティンロの日記を発見する。それを読むと、なんと彼女はクリスティと同じ日が誕生日ではないか。その日記には、彼女の日常が綴られていた。

というわけで、そのあたりからはティンロの日記の内容が映像化される。ティンロはクリスティとは対照的な女性だった。いかにもキャリアウーマン的外見のクリスティとまったく違う、ちょっと太めで眼鏡の外見。いや、違うのは外見だけではない。性格は底抜けに明るくて楽天的。困難も笑顔で乗り切ってしまう。勤め先のレコード店主や幼なじみの男の子たちとの交遊も、実に微笑ましいものだ。

観客は日々楽し気なティンロの日常を見て、彼女に好感を持つだろう。それはクリスティも同様だ。ティンロの日常は彼女にとって新鮮に映る。こうして観客と主人公が同時体験でティンロに惹かれる構成がなかなか面白い。

だが、そんなことでクリスティの現状が好転するお気楽な展開にはならない。父が亡くなったこともあって、クリスティは仕事を辞めてしまう。だが、それは彼女にとって新たな迷走の始まりだった。一人になると、それはそれで心が乱れる。恋人との関係も決定的な場面を迎える。はたして彼女は前を向けるのだろうか。

そこから先は意外な展開が待ち受けている。再びティンロの日記を手に取るクリスティ。そこに書かれていたのは衝撃的な事実。ただ楽天的なだけに見えたティンロの意外な影だ。それに絡んで切ない恋愛模様も描かれる。

このあたりの情感を高める仕掛けが見事だ。音楽なども巧みに使いながら、観客の心を揺さぶる。冷静に考えれば、「それだけでクリスティが変化するのだろうか?」と思わないわけでもないのだが、観ているうちはそういうことを感じさせない。素直に感動して、観客もクリスティとともに前を向くようになるのである。

ラストに進むにつれて、今の29歳の女性も、かつての29歳の女性も、思わずグッとくるのではないか。いや、男性だってけっこう引き込まれそうだ。そんな中、ラストではあるファンタスティックな仕掛けが用意されている。あと味はとても爽やかである。

この映画のもう一つの魅力は80~90年代の香港カルチャーヘのオマージュ。すでに述べたレスリー・チャン以外にも、ウォン・カーウァイ監督の直筆サイン入り「花様年華」のポスターが、クリスティとティンロを結ぶアイテムになるなど、当時の香港の映画や音楽などの話題を巧みに織り込んでいる。エンディングに流れるレスリー・チャンのバラード「由零開始」も心に染みる。

対照的な2人の29歳の女性の幸せ探しをユーモアを交えつつ、温かく描いた作品だ。おそらくキーレン・パン監督自身の経験が投影されているのではないか。演出過多なところもある映画だが、説得力を失っていないのはそのせいだろう。

女性でもなく、29歳もはるか前に過ぎてしまったオレだが、観終わって実に気持ちよく映画館を後にできたのである。

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◆「29歳問題」(29+1)
(2017年 香港)(上映時間1時間51分)
監督・脚本:キーレン・パン
出演:クリッシー・チャウ、ジョイス・チェン、ベイビージョン・チョイ、ベン・ヤン、エイレン・チン、ジャン・ラム、エリック・コット
*YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://29saimondai.com/