映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「焼肉ドラゴン」

「焼肉ドラゴン」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年6月23日(土)午前11時5分より鑑賞(スクリーン7/E-9)。

~困難に直面しても希望を失わない在日コリアン一家の姿が胸に響く

映画を追いかけるので手一杯で、演劇まではなかなか手が回らないのだが、数々の演劇賞を受賞した「焼肉ドラゴン」という素晴らしい舞台劇があることは噂に聞いていた。それが作者である劇作家・演出家の鄭義信によって映画化された。「焼肉ドラゴン」(2018年 日本)。鄭義信の長編監督デビュー作品である。

関西の地方都市の路地の一角にある在日コリアンの町が舞台だ。どうやらこの町にはモデルがあるらしい。1940年代に大阪・伊丹空港の拡張工事のために朝鮮半島から集められた人々の宿舎があり、戦後になって、そこが在日コリアンの集落になったという。

この映画の時代設定は、高度経済成長期で、大阪万博が目前に迫った1970年代。在日コリアンの町にある「焼肉ドラゴン」という小さな焼き肉屋が舞台になる。そこには、戦争で左腕を失った店主の龍吉(キム・サンホ)と、故郷の済州島を追われて来日した妻の英順(イ・ジョンウン)、そして長女・静花(真木よう子)、次女・梨花井上真央)、三女・美花(桜庭ななみ)の三姉妹と一人息子の時生(大谷亮平)が暮らしていた。

ドラマの幕開けは、梨花と婚約者である幼なじみの哲男(大泉洋)とのケンカから始まる。2人は婚姻届けを出しに行ったものの、哲男は役所の職員の態度が気に入らないと届けの用紙を破ってしまったという。実は、哲男は静花への思いを断ち切れず、梨花もそれを知っているのだ。静花は足が不自由だったが、哲男はその原因が自分にあると思っていた。一方、三女の美花は勤め先のキャバレーの黒服と不倫中だった。

そうやって様々な困難を抱えて苦悩する子どもたちに対して、龍吉と英順は少しでも幸せになって欲しいと願い、働き詰めに働いてきたのである。

龍吉と英順は時代に翻弄され、故郷を失い、今も日本で差別を受けている。それでも、龍吉はここで生きていくしかないと決意している。時生は日本人の学校で強烈ないじめにあうのだが、英順が韓国人学校に時生を転校させようとするのに対して、龍吉は頑として応じない。それは、まさに日本で生きていくしかないという彼の強い決意の表れだろう。

こんなふうに書くと、何やら暗い話のように思えるかもしれないが、実際はそんなことはない。鄭監督は一家の日常を生き生きと描いていく。そこにはたくさんのユーモアが込められている。笑いの連続といってもいいほどだ。切実な話が続いた後に、ちょっとした小ネタで笑いをとったりもする。

登場人物それぞれの心理がリアルに伝わってくるのも、このドラマの魅力である。特に個性的なキャラの三姉妹の苦悩や葛藤、喜びが手に取るように伝わってくる。彼女たちの両親は再婚同士で、三姉妹はそれぞれの連れ子。育った環境も微妙に違っている。両親の祖国の朝鮮半島に対する思いもまちまちだ。そのこともまた、彼らの生き方に微妙な影響を与えている。

舞台劇の映画化ではあるものの映画的な魅力も備えている。龍吉と時生が屋根の上から美しい街並みを眺めるシーンは、その典型だろう。哲男ともう一人の男が、静花をめぐって酒の飲み比べをするシーンは、まるで西部劇の決闘のようで盛り上がる。鄭監督は、これまでに「愛を乞うひと」「血と骨」など日本映画の名作の脚本も担当してきた。その経験が発揮されているのだと思う。

グッと胸に迫るシーンもたくさんある。哲男が静花に心の内をぶちまけるシーンは、なまじの恋愛映画よりも感動的だ。美花の不倫相手に対して、龍吉が自らの過去を語るシーンも胸を打つ。そして、後半に一家を大きな悲劇が襲った際の、英順の姿には涙を禁じ得ない。

そして、何よりも清々しさが漂うドラマでもある。それというのも、龍吉をはじめ家族がどんな時にも希望を失わないからだ。龍吉は口癖のように言う。「明日はきっとええ日になる。たとえ昨日がどんなでも」。どんな困難にぶち当たろうともひたむきに生きる彼らの姿が、我々観客の心にそよ風を吹き込むのだ。

このドラマは間違いなく在日コリアンたちのドラマである。いわゆる社会派映画ではないものの、過去から今に至るまでの在日コリアンを取り巻く様々な問題も、ドラマの背景として織り込まれている。だが、同時に、時代や民族を超えた普遍的な家族のドラマでもある。彼らと同様に困難や悲しみに直面する多くの人々の胸を打ち、勇気づけることだろう。

ラストで、それぞれに旅立っていく家族たち。彼らの今後を思わず想像してしまう。その後の日本や朝鮮半島の歴史を見れば、けっして楽しいばかりの人生ではなかっだたろう。それでも最後に用意された最後の笑いの小ネタに、思わずクスリとさせられてしまった。そしてまた龍吉のあの口癖を思い出すのだ。「明日はきっとええ日になる。たとえ昨日がどんなでも」。観終わって時間が経っても、一家の人々の笑顔が忘れられそうにない。

最後に、キャストの演技の素晴らしさにも触れておきたい。両親役に韓国の実力派俳優のハン・ドンギュ、イム・ヒチョルを配したのは大正解だろう。たどたどしい彼らの日本語が、逆にその胸の内をリアルに伝えてくれる。

そして、三姉妹を演じた真木よう子井上真央桜庭ななみも見事な演技だ。それぞれの個性が絶妙のハーモニーを醸し出す。特に久々に見た井上の成長ぶりに驚かされた。彼女たちに絡む大泉洋も、相変わらず良い味を出している。

f:id:cinemaking:20180624201921j:plain

◆「焼肉ドラゴン」
(2018年 日本)(上映時間2時間7分)
原作・監督・脚本:鄭義信
出演:真木よう子井上真央大泉洋桜庭ななみ、大谷亮平、ハン・ドンギュ、イム・ヒチョル、大江晋平、宇野祥平根岸季衣、イ・ジョンウン、キム・サンホ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://yakinikudragon.com/