映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「女と男の観覧車」

「女と男の観覧車」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年6月24日(日)午後1時25分より鑑賞(スクリーン6/D-7)。

~愚かさと哀れさを見せつけるケイト・ウィンスレットの鬼気迫る演技

ご存知、ウディ・アレン監督の新作が登場だ。82歳にして、相変わらず年1本のハイペースで作品を撮り続けているのだからスゴイ監督である。

「女と男の観覧車」(WONDER WHEEL)(2017年 アメリカ)。映画が始まると、いつものように流れてくるジャズ音楽。軽快だったり、ムーディーだったりするノスタルジックなメロディーが全編に流れ、観客をアレン監督の世界に引きずり込む。だが、油断してはいけない。多くのアレン作品に共通する風刺コメディーのタッチをキープしつつも、今回は人間の愚かさや運命の皮肉をよりリアルに観客に突き付ける作品である。

まず目についたのが映像の色彩だ。舞台となるのは1950年代のニューヨーク郊外のリゾート地コニーアイランド。その風景を中心に、鮮やかな色遣いの映像が次々に飛び出す。その一方で、すでにコニーアイランドは往時の賑わいを失いつつあり、どこか寂れた雰囲気も漂わせる。それを表現した絶妙な色遣いが、かつては愛に輝きながら今は疲れた中年夫婦のドラマに、シニカルな味わいを加える。

主人公は、コニーアイランドの遊園地内のレストランでウェイトレスとして働く元女優のジニー(ケイト・ウィンスレット)。彼女は、回転木馬の操縦係を務める夫ハンプティ(ジム・ベルーシ)と再婚同士で結婚し、自身の連れ子リッチーとともに観覧車の見える安い部屋で暮らしていた。

だが、どうやら彼女のハンプティに対する愛はとうに消え去っている模様。そして、リッチーは放火癖のある問題児だ。そんな充たされない日々から逃れるように、ジニーは海岸で監視員のバイトをしている劇作家志望の若者ミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)との不倫に走る。

ジニーを演じるケイト・ウィンスレットが絶品の演技を見せる。映画に登場した最初の頃はどこか疲れた表情をたたえたジニーが、ミッキーとの恋によってどんどん美しくなっていく。現状のどうにもならない日々とは対照的に、かつて一度はあきらめた女優の夢を再燃させ、その実現をミッキーに託す女心を、十二分に表現した演技である。

だが、事態は意外な方向へ進む。ある日、ギャングと駆け落ちして音信不通だったハンプティの娘キャロライナ(ジュノー・テンプル)が突然現われたのだ。彼女は夫と別れ、警察の捜査に協力したため、命を狙われる立場になってしまったという。

そんなキャロライナを迎えた父・ハンプティの変化が面白い。自分の意のままにならず、勝手に家を出て行った娘に対して当初は悪態をつきまくるのだが、その後は一気に彼女を溺愛し、夜学に通わせたりする。その微妙な親子心を表現したジム・ベルーシの演技も味わいがある。

ドラマはジニーの不倫相手ミッキーの独白(というかカメラに向かって語りかける)を軸に構成される。この距離感もなかなか良い。ウディ・アレン映画らしく会話中心にドラマが展開するが、含蓄のあるシニカルなセリフが多いから飽きることはないはずだ。

そして、次第に露わになる「運命の皮肉」。なんと、キャロラインがミッキーと出会い、ミッキーが彼女を好きになってしまうのだ。いわば義母とその愛人、娘による三角関係。それがドロドロの愛憎劇にならずに、思わぬ方向に転がっていくのが、いかにもアレン監督らしいところ。そこでもジニーの揺れる思いが巧みに描かれる。同時にミッキーの軽薄さを浮き彫りにして、ジニーの哀れさを強調する。

やがてジニーの燃え盛る嫉妬の炎が思わぬ事態を招き、ドラマは終幕を迎える。すべてを白日の下にさらされたジニーが、ミッキー相手に心中をぶちまけるシーンは壮絶だ。そこでのケイト・ウィンスレットの演技には鬼気迫るものがある。まるで濃密な舞台劇、それも一人芝居をでも観ているかのような迫力に圧倒された。外見までもが、以前にも増して、くたびれ果てた中年女になりきっているのである。

さらに、その後のハンプティの態度には哀愁が漂う。おそらく彼自身、もはや今までのような生活を送ることはできないと予感しつつも、それでもジニーを頼らざるをえないのだろう。ここに至って、この壊れた夫と妻がともに、愚かで哀れな存在として浮き上がってくる。そして、「男も女もアホやなぁ~」と思いつつも、「これが人間なのだな」と納得させられてしまうのだった。

というわけで、ウディ・アレン監督らしいシニカルさで、男女の愛憎劇を描いた作品だ。コミカルさの中にも、不完全で、それゆえ愛すべき人間の本性に対する深い洞察力が感じられるのである。

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◆「女と男の観覧車」(WONDER WHEEL)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ウディ・アレン
出演:ジム・ベルーシ、ジュノー・テンプルジャスティン・ティンバーレイクケイト・ウィンスレット、ジャック・ゴア、デヴィッド・クラムホルツ、マックス・カセラ
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://www.longride.jp/kanransya-movie/