映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「告白小説、その結末」

告白小説、その結末

ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年6月27日(水)午後1時30分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

~不穏な空気に包まれた女性作家と自称ファンの女の危険な関係

クリント・イーストウッドを筆頭に、リドリー・スコットウディ・アレンと高齢監督の活躍が目立つ昨今。今年84歳のロマン・ポランスキー監督も元気である。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作「戦場のピアニスト」をはじめ、数々の名作を発表してきた名匠の新作が「告白小説、その結末」(D'APRES UNE HISTOIRE VRAIE)(2017年 フランス・ベルギー・ポーランド)。若々しさと熟練の技が絶妙にブレンドされたミステリー・サスペンスだ。原作はデルフィーヌ・ド・ヴィガンの小説「デルフィーヌの友情」。

最初に人間の顔がアップになる。女性作家デルフィーヌ(エマニュエル・セニエ)のサイン会。彼女目線でサインを求めるファンの顔を大写しにしたものだ。何やら、ここからすでに怪しい雰囲気が漂う。同時にデルフィーヌが置かれた不安定な状態も見えてくる。

彼女は、精神を病んで自殺した母親との生活をつづった小説がベストセラーとなり、そのことが心にトゲのように刺さっていた。それを非難する親族らしき匿名の人物からの手紙もたびたび届いていた。そして、デルフィーヌは今はスランプに陥り、次回作が書けずにいる。私生活では子供たちはよそへ行き、夫とも別居中だ(頻繁に会ってはいるのだが)。

そんな不安定な状況の中、彼女の前に一人の女性が現れる。熱狂的ファンを自称する女性エル(エヴァ・グリーン)だ。彼女は有名人のゴーストライターをしているという(そういえばポランスキー監督には「ゴーストライター」という作品もあったっけ)。冒頭のサイン会で出会い、本音で語り合ううちにエルに信頼を寄せるようになったデルフィーヌは、やがてエルが家を追い出されることになったため自分の家で共同生活を始める。

スティーヴン・キング原作、ロブ・ライナー監督の「ミザリー」をはじめ、人気作家にファンが接近して次第に狂気を見せ始めるという映画は珍しくない。だが、そこはさすがにポランスキー監督だ。パターンはわかっていても、そんなことに関係なく、怖くて面白い作品に仕上げている。

何よりもうまいのが不穏な空気の生み出し方だ。先ほど述べた匿名の手紙もそうだが、謎に満ちた仕掛けがいくつも用意されている。エルと同じ電車に乗ったデルフィーヌが創作ノートを失くす一件、デルフィーヌが招待されたエルの誕生パーティーに誰一人来ない出来事などなど。

そもそも、エルがなぜデルフィーヌの向かいの家に住んでいたのか、など謎の種は尽きないのだが、そうした謎について明確な真相が明かされることはない。それでも、いや、だからこそ不穏な空気がどんどん増幅していくのである。

もちろん、その不穏さを直接的に煽るのがエルの立ち居振る舞いだ。最初はただのファンだった彼女が、デルフィーヌと距離を縮めるにつれて何かと彼女に干渉し、支配しようとする。次回作はフィクションにするというデルフィーヌに対して、今回も自分のことを書くように強く主張する。

それどころか、デルフィーヌを執筆に向かわせるためだとして、勝手に関係者にメールを送って、しばらく連絡してこないように伝えたり、デルフィーヌに成りすまして代わりに講演会に出ようとしたりするのだ。

しかし、まあ、エルを演じるエヴァ・グリーンの演技ときたら。デルフィーヌの前ではいかにも良い人っぽい笑顔を振りまくのだが、その陰で意味ありげな表情をチラリチラリと見せる。さらに、ミキサーが壊れたのにブチ切れてメチャクチャに叩き壊すヒステリックな一面も見せる。それ以外にも不可解な言動でデルフィーヌを翻弄する。背筋ゾクゾクものの恐い演技である。エマニュエル・セニエ演じるデルフィーヌが、対照的な真面目キャラだけに、なおさらその怖さが際立つのだ。

ドラマの大きな転換点になるのが、デルフィーヌの骨折だ。さすがに彼女もエルの危険性を感じ始めた直後に、階段から転落して骨折する。それは突然鳴り出したスマホに気をとられての事故だった。もしかして、それってエルの工作なのか? などと勘繰りたくなってしまうほど不可思議な出来事が続くのである。

この事件をきっかけに、デルフィーヌはエルに誘われて、田舎の別荘で一緒に暮らすことになる。ただし、デルフィーヌにはある計画があった。エルに壮絶な過去があるらしいと知った彼女は、その話を小説にしようと考える。今度は自分がエルを利用してやろうと考えるわけだ。

さ~て、この先は詳しいことは伏せるが、怖ろしい展開が待っている。地下室のネズミ退治の一件を前フリに不気味さを高め、衝撃の展開へと持ち込む巧みな構成が味わえる。

ラストの意外なオチも印象深い。いったいエルは何者だったのか。その狙いは何だったのか。いずれにしても、結果的にエルがデルフィーヌを再び檜舞台に押し出すというあまりにも皮肉な結末。スッキリ感とは対極の胸の奥に何かが詰まっているような味わいが、何とも言えない余韻を残すのである。さすがポランスキー監督!

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◆「告白小説、その結末」(D'APRES UNE HISTOIRE VRAIE)
(2017年 フランス・ベルギー・ポーランド)(上映時間1時間40分)
監督:ロマン・ポランスキー
出演:エマニュエル・セニエ、エヴァ・グリーンヴァンサン・ペレーズ、ジョゼ・ダヤン、カミーユ・シャムー、ブリジット・ルアン、ドミニク・ピノン、ノエミ・ルボフスキー
*ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中。全国順次公開予定
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