映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「正しい日 間違えた日」

正しい日 間違えた日
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2018年7月5日(木)午後1時35分より鑑賞(スクリーン2/H-9)。

~2つの展開の違うドラマから見える恋のさや当てと人生の不可思議さ

現在、世界的に評価の高い韓国の名匠ホン・サンス監督の4作品を連続公開中だ。1作目の「それから」、2作目の「夜の浜辺でひとり」を鑑賞した身としては、やはり3作品目も観なければなるまい。

というわけで、「正しい日 間違えた日」(RIGHT NOW, WRONG THEN)(2015年 韓国)を観に行った。スクリーンに現れたのは相変わらずのホン・サンス監督の唯一無二の世界。大きなことは何も起きない。長回しで登場人物の日常会話を延々と映し出す。退屈といえば退屈なのだが、それが妙に癖になって、また観に行ってしまうのだ。

今回の舞台は韓国の水原(スウォン)という都市。映画監督のハム・チュンス(チョン・ジェヨン)がやってくる。自身の作品の上映と特別講義のためだ。だが、手違いで1日早く着いてしまい、時間を潰すために立ち寄った観光名所で、魅力的な女性ヒジョン(キム・ミニ)に出会う。

ヒジョンに声をかけるチュンスは、どう見ても下心ありありだ。その前に、映画祭のスタッフの女性とソリ遊びをするシーンからして、「何やらコイツ女にもてそうだな」オーラを出しまくりなのだ。

そんなチュンスとヒジョンが、場所を移動しながら繰り広げる何気ない会話が映し出される。もちろん、いつものように長回しの映像だ。最初はコーヒー店で。続いて絵を描いて暮らしているというヒジョンのアトリエで。そして寿司屋で酒を飲みながら。

ひたすらヒジョンを「かわいい」とほめるチュンス。彼女の絵もべた褒めだ。だが、どこか底の浅さが見えるのは気のせいか。何だか、いつも同じような手口で女を口説いているようにも思える。そんな雰囲気がチラチラと見えてきて、思わずくすくす笑わせられる場面もある。

それに対して、ヒジョンもまんざらでもない様子だ。だが、そのままスムーズに恋が進展するほど世の中は甘くない。先輩との飲み会に行く約束をしていたことを思い出したヒジョンは、チュンスを誘ってそこへ向かう。

するとすでに飲んでいた先輩たちは、チュンスに関する世間の様々な噂話を追及し、彼が既婚者であることを白状させる。ヒジョンはそれに大いに傷つき、2人はそれっきり別れてしまう。

その出来事を引きずった不機嫌なチュンスは、翌日の講義で司会者にブチ切れてその場をメチャクチャにしてしまう。

いやぁ~、男ってホントにアホだなぁ~。つくづくそう思わされるドラマである。過去のホン・サンス作品とも共通するテーマだが、あまりにも愚かで、だからこそ憎めない人間の本性が見えてくるドラマといえるだろう。

ただし、この作品はこれでは終わらない。なんと後半は前半と同じドラマをもう一度展開するのだ。ホン・サンス作品にしては上映時間が2時間1分と長いのは、そのせいなのだった。

「今は正しく あの時は間違いだった」と題された後半のドラマも、「あの時は正しく 今は間違い」と題された前半のドラマと全体的な構図は同じ。チュンスはヒジョンに好意を持ち、親しくなろうとする。前半と同様に、名所で出会い、コーヒー店で会話し、ヒジョンのアトリエに行く。だが、細部は微妙に異なっている。

アトリエでチュンスはヒジョンの絵をズバリと批判する。前半のべた褒めとはまったく違う。それによって2人はケンカをする。だが、それでも決定的な亀裂には至らない。

2人は前半同様に寿司屋で酒を飲む。チュンスはヒジョンを口説くのだが、同時に「僕には妻がいるから結婚できない」と告げる。前半とは裏腹に実に正直であけっぴろげなのだ。そのことがかえって2人を接近させたりもする。

その後も前半同様に、2人はヒジョンの先輩の家で酒を飲む。しかも、そこでしたたかに酔っぱらったチャンスは、突拍子もない行動に出る。一歩間違えば犯罪に問われてもおかしくはない醜態だが、これも正直といえば正直。結局、大ごとにならずに済む。

ラストの結末も大いに異なる。ネタバレになるので具体的な事は書かないが、チュンスとヒジョンは前半のようにケンカ別れすることなく、かといってドロドロの不倫に走るようなこともない。

さーて、この似たようでいて相反する2つのドラマ。やっぱり後半のほうがあるべき姿ということなのだろうか? 建前なんか気にせずに、本音で正直に生きろと言うことなのか? とはいえ、実際にはなかなかあんなふうにいかないのも事実。

いずれにしても、ちょっとしたボタンの掛け違いで、その後が大きく変わる恋の行方と、人生の難しさ、面白さが伝わってきたのである。相変わらず、不思議な映画を撮るホン・サンス監督なのであった。

主役の映画監督を演じたチョン・ジェヨンは、本作で第68回ロカルノ国際映画祭主演男優賞、韓国映画評論家協会賞主演男優賞に輝いた。なるほど。基本的なキャラは同じなのに、言動が異なるという難役を見事に演じていた。

その相手役のキム・ミニは、今ではホン・サンス作品のミューズとしてほとんどの映画に出演し、私生活でも恋人を公言している。そのきっかけが2015年の本作だという。そういう意味でも興味深い作品だ。

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◆「正しい日 間違えた日」(RIGHT NOW, WRONG THEN)
(2015年 韓国)(上映時間2時間1分)
監督・脚本:ホン・サンス
出演:チョン・ジェヨン、キム・ミニ、コ・アソン、ユン・ヨジョン、キ・ジュボン、チェ・ファジョン、ユ・ジュンサン、ソ・ヨンファ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ http://crest-inter.co.jp/tadashiihi/

 

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