映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「クレアのカメラ」

クレアのカメラ
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年7月20日(金)午後1時40分より鑑賞(スクリーン1/E-11)。

~カンヌで繰り広げられる韓国人男女の愛憎劇と謎のフランス人

「それから」「夜の浜辺でひとり」「正しい日 間違えた日」と続いた韓国の名匠ホン・サンス監督作品の連続上映。いよいよラストの4作目は「クレアのカメラ」(LA CAMERA DE CLAIRE)(2017年 フランス)。3作目まで観たのだからして、これはやはり最後も観なければなりますまい。

この映画はちょっと特別な状況下で作られた。2016年のカンヌ国際映画祭に出品された「エル ELLE」(ポール・ヴァーホーヴェン監督)と「お嬢さん」(パク・チャヌク監督)。それぞれの主演のイザベル・ユペール(過去にホン・サンス作品に出演経験あり)とキム・ミニ(ホン・サンス監督のミューズ)を起用して、カンヌ滞在中のわずか数日間で撮影した作品だ。登場人物の会話中心で、とりたてて大仕掛けもないホン・サンス作品だからこそ、こんなことが可能だったのだろう。

というわけで、舞台となるのも映画祭開催中のカンヌだ。この地に出張してきた映画会社の社員マニ(キム・ミニ)は、女社長ナム(チャン・ミヒ)から、突然、解雇を言い渡されてしまう。その理由は「正直でないから」という不可解なもの。途方に暮れるマニだが、帰国日の変更もできずカンヌに残ることになる。

このあたりで何となく察しがついてしまった。この一件の裏には男がいる。と思ったら、案の定、ナム社長が男と海辺にいるところが映し出される。映画監督のソ(チョン・ジニョン)。女癖の悪い彼は、酒の勢いもあってマニと関係を持ってしまったらしいのだ。前からソ監督と男女関係にあるナム社長がそれを知って、嫉妬のあまりマニをクビにしたのである。

そこから三者の愛憎劇が始まるかと思いきや、新たな人物が登場する。映画祭で上映される友達の映画を観にパリから来た女性クレア(イザベル・ユペール)である。彼女はカフェで偶然ソ監督と出会い、交流を深める。そこでの、いかにも女癖の悪そうなソ監督の態度に思わず笑わせられる。

ちなみに、ホン・サンス作品には、だらしない映画監督がよく登場するのだが、そこにはホン監督自身が投影されているのかもしれない。

やがてクレアは、ソ監督とナム社長とお茶を飲み、2人を写真撮影する。彼女は常にポラロイドカメラを手にしている。そして「自分がシャッターを切った相手は別人になる」と語るのだ。何ともミステリアスなクレアである。彼女は音楽の教師で詩も書くという。

その後、クレアはマニとも知り合い、韓国料理をご馳走になるなど交流する。もちろんマニの写真も撮る。

はたして、クレアのカメラは本当に被写体を別人に変えるのか。まるでファンタジーの世界に突入しそうな前フリだが、そうはならない。基本はいつもと変わらないホン・サンス映画だ。食事をしたりお茶を飲んだりしながら会話する登場人物を長回しで映す。そこから様々な人間心理のあやや独特のおかしみが伝わってくる。

ただし、いつもは登場人物がしたたかに酒を飲むのに比べて、今回はいつもより飲酒が控えめなのが特徴かも。そして、イザベル・ユペールが演じるだけに、クレアが登場するシーンは英語での会話が繰り広げられる。

ファンタジー的な展開には至らないものの、クレアのカメラがドラマに微妙な変化をもたらすのは事実だ。ソ監督はナム社長に「仕事で長く付き合うために男女関係を解消しよう」と提案する。それをきっかけに修羅場が展開か? と思ったのだが、2人の会話が意外な方向に進むのが面白い。

一方、その後に描かれるマニとソ監督の再会場面では、ソ監督がどうでもいいようなことで感情を爆発させる。

このあたりの屈折した展開も含めて、ホン・サンス映画のテーマの一つである男女の愛憎が独特のタッチで描かれる。さらに、クレアの愛する人とのエピソードもチラリと盛り込まれて、様々な愛のありようを見せてくれる。

終盤、クレアとマニは、マニが解雇を告げられたカフェを訪れ、当時と同じ構図で写真を撮る。そして、その後にある出来事が起きる。明確な結末ではなく、観客の想像力に委ねたラストだが、何らかの変化が訪れたと見ることもできる。クレアのカメラには、本当に不思議な力があったのかもしれない。そう思わせられるラストだった。

それにしても、相変わらずユニークなホン・サンス映画である。過去の作品を観た人なら「なるほど」と納得するだろうが、初見の人はきっと戸惑うだろう。それでも、他に類のない味わいを持つ映画なのは間違いない。それが、この監督の人気の秘密だと思う。

最近はクセのありすぎる役柄の多いイザベル・ユペールが、今回は飄々とした演技を披露しているのも見ものだ。

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◆「クレアのカメラ」(LA CAMERA DE CLAIRE)
(2017年 フランス)(上映時間1時間9分)
監督・脚本:ホン・サンス
出演:イザベル・ユペール、キム・ミニ、チョン・ジニョン、チャン・ミニ、ユン・ヒソン、イ・ワンミン
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://crest-inter.co.jp/sorekara/crea/

 

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