映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「追想」

追想
池袋シネマ・ロサにて。2018年8月10日(金)午後1時20分より鑑賞(CINEMA ROSA 2/D-9)。

~新婚初夜の若い2人の姿が呼び覚ます「もしも、あの時・・・」

シアーシャ・ローナンは、今乗りに乗っている女優の一人といえるだろう。昨年公開の「ブルックリン」に続いて、先日はグレタ・ガーウィグ監督の青春ドラマ「レディ・バード」で見事な演技を披露していた。

そんな彼女の出世作といえば、キーラ・ナイトレイ主演の「つぐない」(2007)。弱冠13歳にしてアカデミー賞助演女優賞をはじめ多くの映画賞にノミネートされた。

その「つぐない」の原作者でブッカー賞受賞作家イアン・マキューアンの小説「初夜」をキューアン自らの脚本で映画化したのが、「追想」(ON CHESIL BEACH)(2018年 イギリス)。主演を務めるのはシアーシャ・ローナンだ。

映画が始まると陽気なロックンロールとともに美しいビーチが映る。そこを一組のカップルが歩いている。バイオリニストのフローレンス(シアーシャ・ローナン)と歴史学者を目指すエドワード(ビリー・ハウル)だ。2人は結婚式を挙げたばかりで、新婚旅行でドーセット州のチェジル・ビーチを訪れていた。

ホテルにチェックインした2人は緊張気味。それでも自然にキスをする。だが、そこでドアをノックする音が。ホテルのボーイが夕食を運んできたのだ。早く2人きりになりたいフローレンスとエドワードだが、ボーイはなかなか帰らない。ようやく2人だけになって食事を続けるが、まもなく初夜を迎える緊張と興奮、不安など様々な感情が押し寄せる。そして、何となく気まずい雰囲気になってしまう。

やがて2人はいよいよ体を寄せ合う。だが、フローレンスの服(スカイブルーのドレスが鮮やか!)のファスナーが、なかなか下りなかったりして、ますます気まずい雰囲気になる。何とも初々しくてじれったい2人の姿がコミカルで、思わずクスクス笑ってしまったのである。

実のところ、現在進行形のドラマは、こうしてホテルの室内で2人が初夜を迎える数時間のみ。そんなもので1本の映画になるのかと思うかもしれないが、そこには仕掛けがある。現在進行形のドラマに、過去の出来事が適宜挟み込まれるのだ。

フローレンスの父親は実業家で厳格な人物。母親ともども保守的な家庭を築いている。一方、エドワードには学校の教師を務める父親と脳に損傷を負った母親がいる。母親は絵には目覚ましい才気を見せるが、それ以外は奇行に走るなど問題を抱える。

そんなまったく環境の違う2人が偶然出会い、恋に落ちる。その輝く日々が描き出される。フローレンスがエドワードの母親と心を通わせる場面は感動的。それに対して、エドワードとフローレンスの父親がテニスをするシーンは苦々しい。

いずれにしても、2人が結婚に至るまでの過程が、絶妙のタイミングで現在進行形のドラマに挟み込まれる。それが、ドラマ全体に説得力を持たせている。

この映画のドミニク・クック監督は、舞台を中心に活躍し、TV「ホロウ・クラウン/嘆きの王冠」でも高い評価を受けたとのこと。本作が長編映画監督デビューだが、繊細な描写力はなかなかのものだ。初夜をめぐる一件ということで、一歩間違えば下世話な話にもなりかねないが、2人の心情がきちんと描かれるのでそうはならない。

さて、問題の2人の初夜はどうなったのか。ネタバレになるので詳しいことは伏せるが、そこである出来事が起きてしまう。それには、フローレンスの心の闇も関係しているようだ。

その後に、ビーチで2人が言葉を交わすシーンが心に染みる。エドワードにある提案をするフローレンス。その提案はまがいもなく愛ゆえのものであり、彼女の心情が痛いほど理解できる。同時に、それを認められないエドワードの心情も、これまたある意味で当然のものであり、それゆえ痛々しくて悲しいのである。

それにしても、邦題の「追憶」というのはどういう意味なのだ? と疑問を持ったところで流れてきたT・レックスの曲。あれ? これって60年代じゃなくて70年代の曲だろう、と思ったら、その後に登場するのは70年代の後日談だった。

今はレコードショップを経営するエドワード。そこに訪れた一人の少女。うーむ、何とも甘酸っぱい後日談ではないか。

おまけに、さらにダメ押しがある。2007年の場面だ。かつてバイオリニストとして自分の楽団を成功させることを夢見ていたフローレンス。そして、かつてはそれを応援していたエドワード。その設定を効果的に使い、またまた甘酸っぱさと切なさを醸し出す。

この後日談の2連発によって、「もしも、あの時、ああしていれば」というエドワードの思いが痛切に胸に響いてたまらなくなってしまった。その思いは多くの観客の思いとも共鳴するのではないだろうか。

このドラマは初夜をめぐる話になってはいるが、それにかかわらずあらゆる恋愛に起きがちな出来事を描いている。どんなに絶対的に思えた関係でも、いともあっさり壊れてしまうことがある。

それを後で思い出して、「もしも、あの時、ああしていれば、違った今があるのではないか」と考えてしまうのは、誰にでもあることだろう。そんな心の中の「if」に見事に共鳴する映画だと思う。

それにしても、心の揺れ動きを繊細に表現したシアーシャ・ローナンの演技が素晴らしい。今後もその演技から目が離せない。

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◆「追想」(ON CHESIL BEACH)
(2018年 イギリス)(上映時間1時間50分)
監督:ドミニク・クック
出演:シアーシャ・ローナンビリー・ハウルアンヌ=マリー・ダフ、エイドリアン・スカーボロー、エミリー・ワトソンサミュエル・ウェスト
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://tsuisou.jp/