映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「タリーと私の秘密の時間」

タリーと私の秘密の時間
TOHOシネマズシャンテにて。2018年8月20日(月)午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/F-12)。

~育児で疲弊する女性の変化を説得力を持って描く

子育てというのは大変なものに違いない。まして母親1人で周囲のサポートがない、いわゆる「ワンオペ育児」となれば、それはそれは過酷なものだろう。子どもを持った経験がないオレにも、そのぐらいは理解できる。

というわけで、そんな状況に陥った女性を主人公にした映画が、ジェイソン・ライトマン監督による「タリーと私の秘密の時間」(TULLY)(2018年 アメリカ)だ。ライトマン監督の過去作「JUNO/ジュノ」「ヤング≒アダルト」「マイレージ、マイライフ」などと同様に、人間に対する温かな視線と、そこはかとないユーモアに満ちたドラマである。

主人公のマーロ(シャーリーズ・セロン)は妊娠中でお腹が大きい。そして彼女には2人の子どもがいる。娘のサラ(リア・フランクランド)は手がかからないものの、息子のジョナ(アッシャー・マイルズ・フォーリカ)は情緒不安定。そのため学校の校長から「サポートする専属教師を自分で雇ってほしい」と言われてしまう。そんな中、夫のドリュー(ロン・リヴィングストン)は家事も育児も妻に任せっきり。マーロもそれが当たり前になっている。

やがてマーロは女の子を産む。するとますます家事が増え、ろくに眠ることもできない過酷な日々が続く。さらに、息子ジョナの件で再び校長に呼び出され、違う学校へ転校してもらうと宣告される。そんな状況下でも、夫のドリューは仕事で忙しく、家にいる時はゲーム三昧で何のサポートもしない。

こうしてマーロが疲弊していく様子を、短いシーンをつないでテンポよく見せる描写が秀逸だ。「JUNO/ジュノ」「ヤング≒アダルト」でもライトマン監督とコンビを組んだ脚本のディアブロ・コディは、彼女自身3度目の出産後にうつ状態になった経験をこの映画に投影させたという。それだけに説得力は抜群で、細かなディテールまで納得できる。

そして何といってもシャーリーズ・セロンの演技力だ。かつての「モンスター」でも体重を大幅に増やした彼女だが、今回は18キロ増というそれ以上の増量で撮影に臨んだという。その見た目に加え、繊細でキレのある感情表現が、マーロの苛立ちや疲弊を見事に表現していく。

こうして限界点に達し、どうにもならなくなったマーロは助っ人を呼ぶことにする。裕福な生活をするマーロの兄のクレイグが、出産前に夜専門のベビーシッターを手配してくれると申し出たのだが、その時は「他人に赤ん坊を預けるのは嫌だ」と断っていた。しかし、もはやそんなことは言っていられないと、ベビーシッターを依頼したのだ。

やってきたのは、タリー(マッケンジー・デイヴィス)という若い女性。その仕事ぶりは完璧で、授乳の時にさりげなくマーロを起こすだけ。しかも、掃除をしたり、パンケーキを焼くなど細かなことまで気を配る。はてはマーロと夫とのセックスについての相談にまで乗るのだった。おかげでマーロは肉体的にも精神的にもゆとりを取り戻し、どんどん輝いていく。

このタリーという女性。どう考えても普通の人間とは思えない(宇宙人をにおわせるセリフもある)。とはいえ、完全にファンタジー的な存在に落とし込むわけでもない。地に足をつけつつ、そこからタリーを微妙に浮遊させる。このあたりのバランス感覚が素晴らしい。おかげで、マーロが輝きを取り戻していくところも、自然に受け止めることができるのである。

タリーの正体が明かされるのは終盤。それ自体はけっして意外なものではない。タリーがチラチラと語る身の上話をよく聞けば、彼女が誰なのか薄々察しがつく観客も多いのではないだろうか。

それでも、そこに至る過程を描く手腕が巧みだ。マーロとタリーが夜の街に繰り出した後で、劇中に何度か登場した鮮烈なイメージショットを生かした事件に遭遇させる。そして、夜の街のシーンを再度流し、マーロの「旧姓」をキーワードに事実を明かす。この巧みな展開には思わずうならされてしまった。

何よりも、タリーという存在がマーロの前に現れる必然性が感じられる描き方だ。彼女の過去の人生も含めて、様々な思いがそこにあり、その結節点としてタリーが出現する。これもまた説得力に満ちた描き方といえるだろう。

だからこそ、マーロの前からタリーが去るのも必然なのだ。それをふまえて、さりげないものの、マーロの確実な前進を示唆するラストの温かさも味わい深い。

タリーの正体を知ったうえで、最初からもう一度見直すと、また違った思いが湧いてくるかもしれない。脚本、演出、演技、いずれも上質で、ワンオペ育児に悩んだ経験のある女性ならずとも、納得・共感できるドラマに仕上がっていると思う。

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◆「タリーと私の秘密の時間」(TULLY)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間35分)
監督:ジェイソン・ライトマン
出演:シャーリーズ・セロン、マッケンジー・デイヴィス、マーク・デュプラス、ロン・リヴィングストン、アッシャー・マイルズ・フォーリカ、リア・フランクランド
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://tully.jp/