映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「英国総督 最後の家」

「英国総督 最後の家」

新宿武蔵野館にて。2018年8月23日(木)午前11時55分より鑑賞(スクリーン1/C-6)。

~インド独立の混乱の中で生まれた多様なドラマ

2002年製作の「ベッカムに恋して」というイギリス映画をご存知だろうか? インド系イギリス人の女の子がプロサッカー選手を目指すドラマ。実に爽やかで瑞々しい作品だった。その映画で監督と共同脚本を担当したグリンダ・チャーダ自身も、インド系移民の女性。そんな彼女がルーツであるインドにまつわる歴史を描いたのが「英国総督 最後の家」(VICEROY'S HOUSE)(2017年 イギリス)である。

1947年、インドのデリーにある英国総督の家に、ルイス・マウントバッテン卿(ヒュー・ボネヴィル)が妻エドウィナ(ジリアン・アンダーソン)、娘パメラ(リリー・トラヴァーズ)とともにやってくる。第二次世界大戦後、イギリスは植民地インドの統治権の返還を決めた。それを受けて主権委譲の任に当たるため、最後の総督として派遣されたのだ。そのマウントバッテン卿と家族のドラマが、この映画の一つの柱だ。

マウントバッテン卿は、インドに寄り添い、インドのために円滑な主権委譲を行おうとする。妻のエドウィナも、夫以上に理想に燃えてインドをより良い方向に導こうとする。識字率の低さや乳幼児の死亡率の高さも、何とか改善したいと考える。当然ながら、2人はインドやインド人を低く見下すようなことはしない。

だが、彼らの思いとは裏腹に事態は思うように進まない。当時のインドでは独立を前にして、統一インドとしての独立を望む多数派のヒンドゥー教徒と、分離してパキスタンの建国を目指すイスラム教徒が激しく対立していた。その対立は全国で暴動や虐殺を巻き起こし、国内は混乱の極致にあった。

こうした状況に頭を悩ませたマウントバッテン卿は、当初は統一インドとしての独立を目指して努力したものの、結局はパキスタンの分離を認めざるを得なくなる。それをめぐる一家の苦悩がリアルに刻まれた映画である。

もちろん歴史的な出来事を描いた実録ドラマの側面もある。ガンジーネルーをはじめ実在の著名人が登場し、独立をめぐって対立や駆け引きを繰り広げる。そこで特に印象深いのがガンジーの苦悩だ。理想主義者の彼は、あくまでも統一インドを追求し、少数派のイスラム教徒のリーダーを首相に据える仰天アイデアまで提示する。だが、周囲に理解されず孤立していく。その姿が何とも悲しい。

それにしても宗教対立の恐ろしさよ。その惨状は背筋が凍るほどひどいものだ。指導者たちは「分離が決まれば暴動は収まる」などとお気楽なことを言うのだが、憎悪の炎はどんどん燃え盛って収まる気配が見えない。

その背景には、こうした対立をイギリスが統治に利用していたという事実もある。そんな大国の身勝手な思惑は、後半でマウントバッテン卿も翻弄する。分離を決意した彼だが、難問は国境線をどう引くのかだ。そこで、イギリス政府のある策略が露見し、マウントバッテン卿に衝撃を与えるのである。

こうして描かれる骨太な歴史ドラマは、宗教対立、民族対立などが絶えない今の時代とも確実につながっているのではないだろうか。

だが、この映画にはまだドラマがある。それは総督の家の使用人たちのドラマだ。総督の家はただの家ではない。500人もの使用人が仕える大邸宅だ。そこでは独立へ向けた関係者の話し合いも行われる。

使用人が500人もいるのだから宗教や出身地も様々だ。当初はそうした差異に関係なく働いていた彼らだが、宗教対立が激化すると彼らもまたバラバラになる。特に分離が決まったのちに、インドかパキスタンか国籍の選択を迫られる彼らの姿が哀しく切ない。邸宅内の備品までインドとパキスタンに分離する光景に至っては、虚しさを越えて愚かささえ漂ってくるのである。

そんな使用人たちの中でも、特にクローズアップされるのがヒンドゥー教徒の青年ジート(マニーシュ・ダヤール)と、令嬢秘書のイスラム教徒の娘アーリア(フーマ・クレシー)だ。かつて投獄されたアーリアの父に対して警官だったジートが温かな心遣いを示したことなどもあって、2人は互いに惹かれあう。だが、これだけ宗教対立が激しい中では、宗教の違いはいかんともしがたく、2人の恋は悲恋へと向かっていく。そんな情感漂う恋愛ドラマもこの映画の魅力の一つだ。

終盤、インドの情勢はますます混乱する。パキスタン独立に際して、マウントバッテン卿が「勝者はいない」といった言葉が重く響く。それを裏付けるかのように、大量の難民が発生する心痛むシーンが描かれる。

だが、悲惨なままでは終わらない。グリンダ・チャーダ監督は、最後の最後にある奇跡を用意する。ここは誰しも感涙必至の場面だろう。どんなにひどい状況でも、希望は必ずあるものなのだ。そう実感させられるラストシーンだった。

マウントバッテン卿を演じたのは、「パディントン」やTVドラマ「ダウントン・アビー」のヒュー・ボネヴィル。コミカルな役柄も多い彼だが、それがステレオタイプな善玉になりがちなマウントバッテン卿に人間味を加えている。

そして、その妻エドウィナを演じたのはジリアン・アンダーソン。そう。かつての大ヒットTVドラマ「X-ファイル」のスカリー捜査官だ。最近は舞台などでも活躍し、実力派女優として鳴らしているという噂は聞いていたが、その噂通りに風格さえ感じさせる演技だった。

歴史ドラマや恋愛ドラマ、ヒューマンドラマなど多面的な魅力を持つ映画だ。インドやパキスタンの歴史に興味のない人も、楽しめるのではないだろうか。

エンドロールの前には、チャーダ監督のファミリーヒストリーが語られる。それを聞いてなぜ彼女がこの映画を作ったのかがよく理解できた。まさに彼女の思いがこもった映画なのである。

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◆「英国総督 最後の家」(VICEROY'S HOUSE)
(2017年 イギリス)(上映時間1時間46分)
監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジリアン・アンダーソン、マニーシュ・ダヤール、フーマ・クレシー、マイケル・ガンボン、タンヴィール・ガーニ、オム・プリ、ニーラジ・カビ、サイモン・キャロウ、デヴィッド・ヘイマン、デンジル・スミス、リリー・トラヴァーズ、ジャズ・ディオール
新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開予定
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