映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「愛しのアイリーン」

愛しのアイリーン
シネクイントにて。2018年9月16日(日)午後1時より鑑賞(スクリーン1/F-6)。

~愛のない結婚が招いた暴走と人間存在の複雑怪奇さ

山下敦弘監督の一連の作品をはじめ、ダメ人間を描いた映画にはつい惹かれてしまう。それはもちろん自分もダメ人間だからである。

新井英樹の漫画を「ヒメアノ~ル」「犬猿」の吉田恵輔監督が映画化した「愛しのアイリーン」(2018年 日本)も、ダメ人間が総登場する映画だ。しかも、ラブコメのようなタイトルとは裏腹に相当に毒々しい映画なのだ。

舞台は地方都市の寒村。主人公は、パチンコ店で働く宍戸岩男(安田顕)。42歳。いまだ独身の彼は、年老いた母・ツル(木野花)と認知症気味の父・源造(品川徹)と暮らしている。

この岩男ときたら見るからにダメ人間だ。ヒゲ面、無表情、無口、内気。「こんなヤツには女の人も近づかないだろうなぁ」と納得してしまう造型なのだ。おまけに、その後の彼の行動を見ていると、ダメ人間というより下衆人間にさえ思えてくる。だから、当然共感などできないのである。

そんな岩男にも気になる女性がいる。パチンコ店の同僚のシングルマザーの愛子(河井青葉)だ。彼女から食事に誘われて、いい感じになったりもするのだが、結局は「本気になられては困る」と言われて失恋してしまう。

それをきっかけに岩男は姿を消す。勤務先からは休暇をもらったのだが、行先は誰も知らなかった。そんな中、父の源蔵が急死し葬儀が営まれる。その場に約2週間ぶりに現れた岩男は、フィリピン人の嫁アイリーン(ナッツ・シトイ)を連れていた。実は、岩男はフィリピンで嫁探しツアーに参加していたのだ。

岩男のお見合いツアーの模様は、フィリピンロケで描かれる。ツアーには岩男のように女っ気のない日本人のオッサンたちが、たくさん参加している。彼らの嫁候補のフィリピン女性は、ほとんどが金目当てである。その背景となるフィリピンの貧困層の暮らしなども垣間見られる。

とはいえ、そうした社会問題をシリアスに描くわけではない。むしろコメディー色が強い映画だ。登場人物の本音丸出しの破天荒な行状が、渇いた笑いを生み出していく。例えば、岩男がアイリーンと出会う場面。ほとんど女性とつきあったことのない岩男は、大量のフィリピン女性と見合いして疲労困憊し、「この人でいい!」とアイリーンを適当に選んでしまうのだ。

というわけで、アイリーンと岩男の結婚は愛のない結婚だ。おまけに彼女を待ち受けていた岩男の母ツルは、岩男を異常なほど溺愛していた。以前から、岩男の嫁候補にああだこうだと難癖をつけていた彼女が、突然現れたフィリピン娘を歓迎するはずがない。なんと源蔵の葬式の場で、ツルは猟銃を持ち出して、「自分かこの娘か、どちらかを撃て!」と岩男に迫るのである。岩男が下衆なら、母は岩男に輪をかけた下衆なのである。

このあたりまでの展開を観て、オレはてっきりこのドラマは、家族が絆を深めていくドラマだと考えた。愛のない結婚をした岩男とアイリーン、嫁を毛嫌いするツル。彼らがやがて一つの家族になる様子をコミカルに描いたドラマ・・・だと思ったわけだが、そんな生易しいドラマではなかった。後半に待っていたのは驚きの展開だ。

後半の鍵を握る存在がヤクザの塩崎(伊勢谷友介)。アイリーンに近づいた彼は、ツルと結託して悪事を働く。そこからは、バイオレンスに満ちた荒々しい展開に突入する。岩男とアイリーンはある種の共犯関係となり、それが二人の距離を縮める皮肉な様相を呈する。やや唐突な場面などもあるが、凄まじいエネルギーが登場人物の暴走を加速させていく。

そして心に闇を抱えた岩男は、欲望のままに暴走を続ける。そこでの岩男は、もはや以前とは別人のような振る舞いを見せる。それを目の当たりにしたアイリーンとの憎しみあいが渦を巻き、ついに衝撃的な出来事が起きる・・・。

後半の展開はまさに毒々しさが全開だ。ただし、暴走の果てに訪れるクライマックスは美しい。「姥捨て」の話を使った雪上でのシーン。アイリーンとツル、それぞれの思いが伝わってきて思わずグッときた。

ダメ男を地でいく安田顕、したたかさとかわいらしさを同居させたナッツ・シトイ。風変わりな夫婦を演じた2人に加え、その他の脇役も印象的な演技を披露している。その中で何よりもすごいのは、銃まで振り回す暴走母役の木野花だろう。その鬼気迫る演技にはただ圧倒されるばかりだった。

観終わって感じたのだが、これは紛れもなく風変わりな夫婦のラブストーリーである。ひたすら女が欲しかった岩男と金が欲しかったアイリーン、お互いの欲望がもたらした愛のない結婚。それが波乱と暴走の果てに、思わぬ形の愛に転化する。岩男の母ツルとアイリーンもまた、憎しみあいの果てに、意外な形で心を通わせる。

そうしたドラマを通じて感じるのは人間存在の複雑怪奇さだ。岩男とツルをはじめダメ人間や下衆人間のオンパレードではあるものの、彼らを簡単に断罪することはできない。なぜなら、いずれの登場人物も多面的な表情を見せるからだ。例えば、岩男のダメさの根底には真面目さや純情さがある。その裏返しが後半の暴走だろう。

岩男に対して異常なほどの愛情を示すツルも同様だ。ラスト近くで、彼女がどうしてそんな母親になったのかが描かれる。それを見れば、ツルが根っからの悪人ではないことがわかる。

ヤクザの塩崎にも、彼を悪事に走らせる過去がある。それ以外の人物も含めて、単純な善悪を超えた多面的な存在としての人間が描かれる。「これでもか!」と人間の暗部を見せつけられても、目を背けることができないのはそのせいだろう。岩男やアイリーン、ツルらに共感はできなくても、「それも人間なのだなぁ」と納得させられるのである。

そういう点で実に観応えのある作品だった。心がざわつき、何とも言えない複雑な後味が残った。

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◆「愛しのアイリーン
(2018年 日本)(上映時間2時間17分)
監督・脚本:吉田恵輔
出演:安田顕、ナッツ・シトイ、河井青葉、ディオンヌ・モンサント福士誠治品川徹田中要次伊勢谷友介木野花
*TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://irene-movie.jp/