映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「判決、ふたつの希望」

判決、ふたつの希望
TOHOシネマズ シャンテにて。2018年9月17日(月)午前11時20分より鑑賞(スクリーン2/D-10)。

レバノンの複雑な社会問題を魅力たっぷりの法廷劇に昇華

レバノンといえば複雑な中東情勢を背景に、様々な混乱を繰り返してきた国・・・というような知識しかない。

レバノンを舞台にした映画「判決、ふたつの希望」(L'INSULTE)(2017年 レバノン・フランス)を観る前には、その程度の乏しい知識で大丈夫かと心配したのだが、そんな心配は無用だった。

ドラマ全体の構図は、キリスト教徒のレバノン人とパレスチナ難民の対立だ。レバノン国内には、キリスト教徒のレバノン人に加え、大量のパレスチナ難民が居住し、そこから様々な問題が生まれているらしい。

パレスチナ難民で現場監督として住宅の補修作業をするヤーセル(カメル・エル・バシャ)は、アパートの住人でキリスト教徒のトニー(アデル・カラム)と工事をめぐってトラブルになる。ヤーセルがベランダの水漏れを修理したところ、トニーは感謝するどころか、排水管を叩き壊したのだ。ヤーセルは悪態をついて去り、憤慨したトニーは執拗に謝罪を求める。翌日、ヤーセルは上司とともにトニーのもとへ謝罪に行くが、トニーの放ったある一言に激怒してトニーを殴ってしまう。

トニーは何を言ったのか。「シャロンに殺されればよかった」という主旨の暴言を吐いたのだ。シャロンとは、レバノン内戦に介入したイスラエルの国防相。その言葉はパレスチナ難民にとって侮辱以外の何物でもない。

暴言を吐いたトニーは、当初は国粋主義者、あるいは人種差別主義者のような描き方がされている。観客の多くが彼を嫌い、憎しみを感じるように仕向けているのだ。一方、彼を殴ったヤーセルは有能な現場監督で、仕事熱心で家族思い。どう考えても、観客はヤーセルに肩入れしたくなるはずだ。

そんな中、トニーの身重の妻は、夫の言動にまゆをひそめ、対立を回避することを望んでいる。それがまた、トニーの偏屈ぶりを浮き彫りにする。

トニーとヤーセルの対立は、一向に解消しないままついに法廷に持ち込まれる。その法廷劇がこの映画の中心になる。最初の裁判で、ヤーセルはトニーが吐いた暴言について語らない。それでも彼は無罪になる。ここまでは当人同士の争いだったが、その後は事が大きくなる。

次なる裁判(第2審)では、トニー、ヤーセル、それぞれに弁護士がつく。トニーについたのはベテランのやり手弁護士で、右派勢力に近い関係にある。一方、ヤーセルについたのは若い女性弁護士。一見、頼りなく見える彼女だが、どうしてどうして。これがなかなかに優秀なのだ。

この個性的な新旧弁護士による白熱した論争が面白い。おまけに、裁判が始まって間もなく、2人の驚愕の関係が明らかになる。これによって、裁判はますます興味深いものになる。全く先の読めないスリリングな展開が続くのである。

当然ながら、このドラマの背景には、複雑なレバノンの国情やパレスチナ問題がある。ヨルダン内戦、ダムールの虐殺といった日本人にはなじみの薄い出来事も登場する。だが、心配はいらない。法廷劇の醍醐味がタップリで予備知識なしでも楽しめる。

この映画のジアド・ドゥエイリ監督はレバノン出身だが、ハリウッドで映画作りを学び、タランティーノの映画のアシスタントカメラマンを務めた経験もあるという。そのせいか、エンタメ的な見せる工夫が随所に散りばめられているのである。

法廷劇は弁護士同士の対決が中心だが、その一方でトニーとヤーセル、それぞれの胸中には様々な思いが錯綜する。ドゥエイリ監督は、アップを多用したカメラワークで、セリフ以外の部分で両者のそうした繊細な心理も描写していく。

トニーとヤーセルの争いは、もはや当人同士の争いの次元を越えてしまう。キリスト教徒のレバノン人VSイスラム教徒のパレスチナ難民というわかりやすい対立構造、そしてレバノンの複雑な社会に対する影響力から、マスコミが大きく裁判の様子を取り上げる。

それに触発されたレバノンの右派勢力やパレスチナ難民が激しく対立し、レバノン全土を巻き込んだ政治問題に発展してしまう。ついには大統領まで仲裁に出てくるが、それでも事態は収まらない。

裁判はいよいよ大詰めを迎える。そこでは、どうしてトニーがパレスチナ難民を憎むようになったのかが明らかになる。彼の言動の背景には、ある悲惨な事件があったのだ。そこに至って、当初は完全な悪役だったトニーの違った顔が見えてくる。同様に、ヤーセルが関わった過去の事件も明らかになり、それが彼の人物像に厚みを加える。両者の対立は単純な善VS悪の戦いではなかったのだ。

この経緯を通して、ドゥエイリ監督は誰かを悪者に仕立てようとはしない。暴力の恐ろしさや人間の狂気といった普遍的なテーマをあぶりだしていく。このあたりのさじ加減も絶妙だ。

そしていよいよ判決。ここもまるでハリウッド映画のように、法廷内外の動きを描いて盛り上げる。ただし、判決そのものはけっして驚くべきものではない。むしろ重要なのは裁判所を後にするトニーとヤーセルの表情だ。それは間違いなく希望感じさせるものだ。そこに至るまでに、トニーとヤーセルがほんの微かに心を通わせる場面が描かれているだけに、なおさら説得力を持って明るい光を感じることができるのである。

感情に任せてぶつかり合うのではなく、個人と個人が一人の人間同士として理解し合うことが最も重要ではないか。ドゥエイリ監督は、そんなメッセージを発しているのではないだろうか。

難しい外国の話などと敬遠せずに、気軽に楽しんで欲しい。そうすれば、そこから様々なものが得られるはずだ。

*今回はビジュアルかないので下記ホームページをご覧くださいませ。

◆「判決、ふたつの希望」(L'INSULTE)
(2017年 レバノン・フランス)(上映時間1時間53分)
監督:ジアド・ドゥエイリ
出演:アデル・カラム、カメル・エル・バシャ、カミーユ・サラメ、リタ・ハイエク、クリスティーヌ・シューイリ、ジャマン・アブー・アブード
*TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ホームページ http://longride.jp/insult/