映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「寝ても覚めても」

寝ても覚めても
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。9月20日(木)午後7時より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

~同じ顔を持つ2人の男の間で揺れ動く女の謎だらけの恋愛

濱口竜介監督の前作「ハッピーアワー」には驚かされた。4人の女性の日常と友情を描いた5時間超の長尺映画。それほど起伏のあるストーリーではないし、演じるのは無名の俳優ばかりなのに、すっかり引き込まれてしまった。5時間超があっという間に過ぎたのだった。

その濱口監督の商業映画デビュー作「寝ても覚めても」(2018年 日本)は、芥川賞作家・柴崎友香の恋愛小説の映画化である。第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも出品された。

主人公は大阪に暮らす泉谷朝子(唐田えりか)。足を運んだ写真展の会場で、偶然出会った鳥居麦(東出昌大)と出会い、運命的な恋に落ちる。友人の「あいつはアカン」という忠告も無視して、麦と楽しい日々を送る朝子。だが、麦は気まぐれな風来坊のような人物。ある日、忽然と姿を消す。

この映画には唐突に思えるところがいくつかある。例えば、朝子と麦の出会い。お互いに名乗り合って、それでいきなりキスって何なんだぁ~~。そういう恋愛もありってことなのか? 恋愛らしい恋愛をしたことのないオレには、謎だらけのドラマの発端なのだった。

そしてドラマは2年後に飛ぶ。場所は東京。朝子はカフェで働いている。彼女がコーヒーを届ける会社に、丸子亮平(東出昌大=二役)という社員がいた。朝子は彼を見て仰天する。麦とそっくりな顔をしていたのだ。麦のことが忘れられない朝子は亮平を避ける。だが、そんな朝子に亮平は好意を抱く。朝子も戸惑いながらも次第に亮平に惹かれていく。

ちなみに麦は「ばく」と読み、彼の妹の名は「米(まい)」という。朝子が思わず「麦」と呟いたのを聞いた亮平が、「動物園の獏?」と誤解するユーモラスなシーンもあったりする。

それにしても、あんなに似た男が現実にいるはずはないし(双子ならともかく)、いたとしても同じ女に出会うはずもないだろう。リアルさには決定的に欠けるドラマである。とはいえ、完全なファンタジーという感じでもない。現実と非現実の間を浮遊しているような不思議な雰囲気のドラマなのだ。

そんな中でも濱口監督らしさは随所に発揮されている。「ハッピーアワー」の醍醐味は、ていねいかつリアルに描かれた会話にある。それを通して、登場人物の揺れ動く心理が手に取るように伝わってきた。だから、5時間超の映画が少しも長く感じられなかったのである。

本作でも、登場人物の会話が印象深い。朝子、亮平、朝子の友人たちとの何気ない会話から、彼らの微妙な心理状態が見えてくる。もしかしたら、濱口監督はストーリーテリングよりも、突然の出来事の渦中に人物を放り込み、彼らがそこでどういう会話、行動をするかに興味があるのかもしれない。だとすれば、これは恋愛ドラマの形を借りた人間観察ドラマということなのか?

本筋とは関係のない会話が延々と続く場面もある。朝子のルームメイトで女優のマヤが、亮平の同僚で元演劇青年の岡崎と、芝居や演技についてバトルを展開する場面だ。なかなかに興味深い会話で、「ああいう人たちなら、ああいう会話をするよなぁ」と納得させられるのだが、本筋の恋愛ドラマとはあまり関係がない。これもまた人間観察ドラマならではのことかもしれない。

そしてドラマは5年後に飛ぶ。5年後、朝子は亮平と共に暮らしていた。穏やかで幸せな生活だ。「亮平が大好きだ」という朝子。そんな中、朝子は麦がモデルとして売れっ子になっていることを知る。それでも心は亮平にあると確信していた朝子だが……。

終盤で驚かされたのは、朝子の唐突な変心だ。「え? まさか」という場面があり、それからしばらくして「ええ? まさかまさか」というさらなる変心がある。普通の映画なら、そこに至る朝子の心根の変化をじっくりと説得力を持って描くと思うのだが、それがまったくないのだ。

うーむ。これもまた恋愛の一つの形ということだろうか。恋愛とは何でもアリなのか。恋愛音痴のオレだから、理解できないだけなのか?

いや、むしろ濱口監督はわざとそうしているのかもしれない。朝子の決意に至る経緯をじっくりドラマとして描くのではなく、会話や表情などのほんのわずかなヒントから、観客に推察させようとしているようにも思える。

朝子の変心の根底には、劇中に登場する東日本大震災が関係している可能性もある。朝子と亮平が強く結びついたきっかけは震災直後の混乱。被災地にも何度も2人で足を運んでいる。そして朝子が2度目の変心をする場所は被災地近くだ。これまた謎に満ちた展開といえるだろ。

とまあ、いろいろと謎が多いし、観る人によって様々な解釈や感想が湧いてきそうな作品である。個人的に、恋愛ドラマとして今ひとつ理解できないところはあったものの、ある種の人間観察ドラマとしてはそれなりに面白かった。濱口監督らしさは見て取れたし、今後の作品に注目したいところである。

役者では、二役を演じた東出昌大は、ほぼ同時期に「菊とギロチン」で全く違う役柄を観ただけに、幅の広い演技のできる俳優になってきたことを実感。朝子役の唐田えりかは、表情もセリフも平板に見えるところが多いのだが、あれは濱口監督の指示で意図的にやっているのだろう。何を考えているかよくわからない、ミステリアスな女性という設定だとすれば、それにふさわしい演技といえる。瀬戸康史山下リオ伊藤沙莉渡辺大知、仲本工事田中美佐子といった脇役陣も存在感のある演技だった。

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◆「寝ても覚めても
(2018年 日本)(上映時間1時間59分)
監督:濱口竜介
出演:東出昌大唐田えりか瀬戸康史山下リオ伊藤沙莉渡辺大知、仲本工事田中美佐子
テアトル新宿ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.netemosametemo.jp/