映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「純平、考え直せ」

純平、考え直せ
シネ・リーブル池袋にて。2018年9月22日(土)午後3時10分より鑑賞(スクリーン1/G-9)。

~SNSの声とリンクして深まるチンピラヤクザとOLの恋

ヤクザ者とカタギの女性との恋は、映画の世界では昔からよく描かれる素材だ。2人の前に平凡な幸せなどない。待っているのは奈落の底だ。そこに葛藤や苦悩が生まれ、ドラマに深みが加わるのだ。

直木賞作家・奥田英朗の小説を映画化した「純平、考え直せ」(2018年 日本)も、若いヤクザとOLとの関係を描いた作品である。監督は「子猫の涙」「女の子ものがたり」「上京ものがたり」などの森岡利行

主人公は21歳の下っ端ヤクザの坂本純平(野村周平)。新宿・歌舞伎町で「一人前の男」を夢見ながらも、雑用に追われる日々を送っている。そんな彼に、ある日、組長が直々に「鉄砲玉」になるように命じる。対立する組幹部を殺害しろというのだ。見事にやり遂げれば、一人前の男になれると信じた純平はその命令に従い、意気揚々と拳銃を手にする。

そんな中、純平は偶然出会ったOL加奈(柳ゆり菜)とホテルで一夜を共にする。その最中に純平は鉄砲玉の話を加奈に漏らしてしまう。加奈は不思議な高揚感を覚えて、決行までの3日間を純平と過ごすことになる。

この映画には古風と今風が同居している。純平は、今どきのヤクザには珍しく、義理、人情を大切にする硬派のヤクザ。困った状況にあるショーパブの外国人の女の子を助けるために、不動産会社に直談判に行ったり(加奈はそこのOLだった)、ホームレスに焼肉をおごるなど優しい心も持っている。

一方、加奈はいかにも今風の女の子。好奇心で純平を追いかけて、鉄砲玉の話を聞いたり、拳銃を見せてもらって、面白半分で純平と行動を共にするようになる。古風な純平と今風な加奈。そんな異色の2人の道行きを描いたのがこの映画だ。

ただし、最初のうちは、どうにも浮ついた感じがしてドラマの世界に入り込めなかった。純平の言動には高揚感こそあるものの、刑務所に入ったり、下手をすれば殺されるかもしれないという苦悩や葛藤が、まったく見えないのだ。それに寄り添う加奈にしても、ただの軽~い女にしか見えなかった。

だが、ドラマの進行とともに、それが少しずつ変化してくる。そのカギを握るのが、今風の極みであるSNSだ。なんと加奈は、純平が鉄砲玉であることをはじめ、自分たちの行動を頻繁にSNSに投稿するのである。そんな彼らに対してSNSの住人たちがレスをする。真剣に2人の行く末を案じる者、冷ややかに見つめる者、「どうせ作り話」だと決めつける者など様々だ。そうした書き込みが頻繁にスクリーンに映し出される。

その書き込みを背景に、最初はただの行きずりだった純平と加奈の関係は、少しずつ深いものへと変わっていく。組からもらった金で新宿を見降ろす高級ホテルに泊まり、好きなものを食べ、踊り、SEXをする2人。さらに、純平の故郷へ行き、疎遠だった彼の母と会ったりもする。

それらを通して、2人はお互いを理解し惹かれあっていく。それによって2人に苦悩や葛藤が生まれる。純平が鉄砲玉になる日が目前に迫る中、彼を止めて2人で逃げることを考えるようになる加奈。一方、純平も心に迷いが生じてくる。

さらに、そこにSNS上の声がリンクしてくる。純平を止めようとする声だ。もちろん相変わらず悪意に満ちていたり、冷ややかだったりする書き込みもあるのだが、2人の幸せを願う善意の声が圧倒するようになる。「純平、考え直せ」というタイトルは、まさにそうしたSNS上の声なのだ。

SNSの住人たちの何人かについては、それぞれの境遇が示唆される。学校でいじめられているらしい女の子、思い描く人生が送れずにホストクラブでアルバイトする男、ホームレスの男などである。それが「純平、考え直せ」という彼らの思いを、より説得力のあるものにする。実際に歌舞伎町に足を運んで、純平を止めようとする者まで現れる。

その様子を見ているうちに、観客もまた次第に純平と加奈に肩入れし、どうにかして2人が幸せになる方法はないものかと思い始める。つまり、純平と加奈の愛の深まりと、SNSの声、そして観客の思いの3者がリンクして一つの方向を向くわけだ。このあたりはなかなかに見事な仕掛けである。

そんな中で、いよいよ決行の日を迎えた純平。はたして、彼はどんな道を選ぶのか……。

結末はそれほど驚くべきものではない。だが、新宿の神社(たぶん花園神社)で待つ加奈の願いを映像化して、余韻を残したラストは鮮烈で心を揺さぶる。最初は何だか浮ついていた2人の関係が、次第に深化して、やがて純愛へと昇華していった。そのことを実感させられる切なすぎるラストシーンである。

主演の野村周平は、ヤクザ者にしてはやや優等生すぎる風貌だが、純真で優しいヤクザという設定からすれば、意外に合っているのかもしれない。

そして何よりも加奈を演じた柳ゆり菜である。ただの今風の軽い女の子という最初の印象が、最後にはまったく違ってしまう。特にラストシーンの情感をたたえた表情が素晴らしい! 過去にもどこかで見たと思ったら、「チア☆ダン ~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~」に出てた子だったのねぇ。今後も楽しみ。

ヤクザが主人公とはいえ、昔のヤクザ映画のようなドロドロ、ギラギラという感じはまったくない。現代社会を投影させながら、特殊な状況下に身を置いたカップルを描いた危険で切ない青春ロマンス映画である。

f:id:cinemaking:20180925212746j:plain

◆「純平、考え直せ
(2018年 日本)(上映時間1時間35分)
監督:森岡利行
出演:野村周平、柳ゆり菜、毎熊克哉、岡山天音、佐野岳、戸塚純貴、佐藤祐基、藤原季節、日向寺雅人、森田涼花、木下愛華やしろ優下條アトム二階堂智片岡礼子
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://junpei-movie.com/