映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「西北西」

「西北西」
シアター・イメージフォーラムにて。2018年9月26日(水)午前11時より鑑賞(シアター2/D-6)。

~様々な背景を持つ女たちによる「つながり」のドラマ

韓英恵は個人的にお気に入りの女優の1人である。10歳そこそこで鈴木清順監督の「ピストルオペラ」でデビューし、以降映画を中心に数々の作品に出演している。最近でも「菊とギロチン」「霊的ボリシェヴィキ」「大和(カリフォルニア)」「いぬむこいり」など、個性的な監督たちによる作品に次々に出演し、抜群の存在感を発揮している。

一方、サヘル・ローズは、タレントとしてバラエティ番組に出演する傍ら、舞台や映画に出演し女優としても精力的に活動している。最近では、新宿梁山泊の舞台に出演するなど注目度が高まっている。イラン生まれで、幼少時に戦争に巻き込まれて家族を亡くし、8歳で来日した後もいじめにあうなど、過酷な人生を送ってきたことでも知られている。

そんな2人が共演した映画が「西北西」(2015年 日本)だ。中村拓朗監督は長編デビュー作「TAITO」で第33回PFFぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞を受賞。今作が長編第2作となる。

ドラマの主人公はケイ(韓英恵)。レズビアンの彼女は、モデルのアイ(山内優花)とつきあっていた。だが、2人の関係や自身の生き方に不安を抱えている。そんなある日、ケイはイラン人留学生ナイマ(サヘル・ローズ)と出会う。彼女もまた日本での生活や将来に不安を感じていた。ナイマとの出会いによってケイの心は乱れる。アイとの関係もさらに混乱する。同時に、ナイマもケイと親しくなることで、今までにない感情を持つようになる。

タイトルの「西北西」とは、ムスリムのナイマがお祈りを捧げる方角。つまりメッカのある方角だ。主人公のケイの家は磁場がおかしく、磁石が西北西をうまく示さない。それは、現在のケイの不安や苦悩を端的に表現しているかのようだ。

ケイがレズビアンだということで、LGBTをテーマにした映画だと思うかもしれない。確かに、そうした側面は否定できない。彼女とアイとの関係には困難がつきまとう。アイが虫垂炎で病院に運ばれても、ケイは家族ではないため病室に入れない。また、駆けつけた母親からは「2人に将来はない」と別れるように告げられる。

ケイとナイマとの関係にしても、通常の女性同士の友情とは微妙に違う。ナイマが抱える宗教的な背景も含めて、そこにも複雑な様相が見て取れる。このように、LGBTが直面する様々な問題がドラマに織り込まれている。

とはいえ、ことさらにLGBTを強調したドラマではない。むしろ同性間、異性間に関わらず普遍的な恋愛ドラマという視点から描かれているように思える。中途半端な現状に不安を感じたカップルが、新たな人物の出現によってさらなる波乱に直面するというのは、恋愛にはよくあることだろう。

中村監督は、ケイ、アイ、ナイマ、三者それぞれの微妙な心理の揺れ動きを繊細にすくい取っていく。特にセリフ以外のわずかな表情の変化やしぐさによって、彼女たちの心理を映しとる手腕が見事だ。

映像的にも、顔のアップや手持ちカメラを使ったシーン、長回しのシーンなど、その場その場にふさわしい映像が使われている。冒頭とラストで映される都会の俯瞰にも、苦悩を抱えて日々葛藤しながら生きる彼女たちの思いが、投影されているように感じられる。

さて、先ほど「普遍的な恋愛ドラマ」という表現を使ったが、実は本作は恋愛映画の枠さえ超えた作品ではないだろうか。3人の女性たちの関係を通して見えてくるのは、人と人がつながることの難しさ、コミュニケーションの困難さだ。性、国籍、宗教などの背景を抱える彼女たちは、心を通わせあったかと思えば、次の瞬間にはすれ違う。そう簡単に人がつながることなどできないのだ。

コミュニケーションという点で、興味深い場面がある。冒頭近くで、ナイマはカフェで電話をして客の男に注意される。その物言いが何とも荒々しい。ナイマの行為に問題があるとしても、あの言い方は絶対に人を傷つけるだろう。もっと別の言い方はなかったのか。

また、同じくカフェでケイとナイマが2人で会話をする場面がある。その声が大きかったことから店員が「お客様、申し訳ございませんが……」と注意をする。その言い方はていねいだが、紋切り型でケイの心を逆なでする。こうした場面にも、コミュニケーションの難しさが表れているのではないか。

さらに興味深いのは、ナイマが通う大学での講義風景だ。それは、この映画の特別協力としてもクレジットされているアメリカのジャーナリスト、映画監督のジャン・ユンカーマンによる沖縄戦ベトナム戦争に関する講義だ(撮影当時、ユンカーマン監督は早稲田大学で教鞭をとっていたようだ)。コミュニケーションの行き違いが、戦争にまで発展してしまうことの恐ろしさをこのシーンで表現しているというのは、オレの考え過ぎだろうか。

この映画に安直な結末は用意されていない。ケイとアイ、ナイマそれぞれの未来が明確に提示されることもない。これから先も彼女たちは人と人との関係に悩み、傷つき、迷うことだろう。それでも、「つながり」を求めずにはいられないはずだ。それこそが人間であり、そこから生きる喜びも生まれてくるのだから。

混迷と苦悩に満ちた映画ではあるが、観終わった後味は悪くなかった。困難と闘う3人の女たちの未来に、ほんの微かな希望を感じることができたのである。

それにしても韓英恵の美しさが際立つ。「菊とギロチン」とはまた違う演技に魅了された。不機嫌そうなその顔から、チラチラと見える弱さがたまらない。日本映画のミューズの1人といってもよいのではないだろうか。

サヘル・ローズの存在感も際立っていた。おそらく芝居でも舞台映えする演技だろう。猪突猛進で彼女に突っかかっていく山内優花の迫力も印象に残る。

LGBT絡みのドラマだが、先入観なしに観ることをおススメしたい。そうすれば、人生についての「何か」が見えてくるかもしれない。

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◆「西北西」
(2015年 日本)(上映時間1時間42分)
監督・脚本:中村拓朗
出演:韓英恵サヘル・ローズ、山内優花、林初寒、松村龍樹、田野聖子、高崎二郎、中吉卓郎 、大方斐紗子
*シアター・イメージフォーラムにて公開中
ホームページ http://seihokusei.com/