映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「教誨師」

教誨師
池袋シネマ・ロサにて。2018年10月6日(土)午後1時より鑑賞(CINEMA ROSA 2/D-13)。

~牧師と死刑囚との濃密な対話劇。大杉漣最後の主演作

大杉漣という役者を知ったのはいつだったろうか。作品名は記憶していないが、今からはるか以前に、脇役として出演していた映画を観た時だったと思う。すでに日本映画におけるバイプレーヤーとして知る人ぞ知る存在ではあったものの、後年のような知名度を獲得するには至っていなかったはずだ。

その後、映画にテレビドラマにと大活躍し、日本の名優の一人としての地位を築いた大杉漣だが、惜しくも今年2月に急逝してしまった。その大杉の最後の主演作が「教誨師」(2018年 日本)である。本作で彼は自らプロデュースも務めている。監督・脚本は、大杉の出演作「休暇」の脚本を手掛けた佐向大

主人公はプロテスタントの牧師・佐伯保(大杉漣)だ。彼は、教誨師として月2回拘置所を訪れていた。教誨師とは、刑務所や少年院等の矯正施設で収容者の希望に応じて、心の救済に努める宗教家のこと。半数以上は仏教の僧侶だが、キリスト教神道などの宗教家もいるとのこと。

佐伯が担当するのは死刑囚だ。拘置所(死刑囚は死刑が刑罰であり、それまでは刑務所ではなく拘置所に収容される)の部屋で、佐伯は様々な死刑囚たちと向き合う。

というわけで、佐伯と死刑囚6人との対話がこのドラマのほとんどの部分を占める。無言を貫く鈴木(古舘寛治)。気のよいヤクザの組長、吉田(光石研)。年老いたホームレス、進藤(五頭岳夫)。おしゃべりな関西出身の中年女性、野口(烏丸せつこ)。我が子を気にかける気弱な小川(小川登)。大量殺人者の若者、高宮(玉置玲央)。

佐伯は、彼らが罪と向き合い、悔い改め、心安らかに死を迎えられるよう対話を重ねる。そこでは聖書やイエスなどキリスト教に関する会話も交わされるが、それだけでは事は済まない。いや、むしろそれ以外の話の方が多い。佐伯は、個性的な死刑囚それぞれに正面から相対し、彼らの雑多な話に耳を傾け、様々な言葉をかける。深刻な話ばかりではなく、時にはユーモラスな会話などもある。

本作の見せ場は、もちろんこの対話シーンにある。そこでは大杉漣と死刑囚役の芸達者な役者たちによる演技合戦が披露される。烏丸せつこ光石研古舘寛治、五頭岳夫といったベテラン・中堅役者が見事な存在感を発揮している。大杉ともども、セリフはもちろん微妙な表情の変化などで、様々に変化する心の内を繊細に表現する。その演技から目が離せない。

これが映画初出演だという玉置玲央も、底知れぬ不気味さを抱えた男を鬼気迫る迫力で演じている。さらに、かつて佐向監督の自主映画に出演し、現在は会社員だという小川登も、独特の存在感を見せる。大杉の演技と彼らの演技が相乗効果を発揮して、あまりにも濃密な時間を生み出している。それはあたかも演技ではなく、現実ではないかと思わせるほどの演技である。

やがて佐伯との対話を通して、死刑囚それぞれの今までの人生や犯行の様子などが、おぼろげながら浮かび上がってくる。ストーカー殺人や障がい者に対する殺人など、現実の事件を想起させる犯罪なども浮上する。同時に、無学ゆえに犯罪に走ったケースや、ほんの些細な行き違いが事件に発展したケースなども明らかになる。

それを通して見えてくるのは、一見、我々観客には無縁のように思える死刑囚も、けっして遠い存在ではないということだ。もしかしたら、自分たちの隣人が、彼らと同じような運命をたどったかもしれない。いや、我々自身がほんの少しのボタンの掛け違いで、彼らのようになっていたかもしれない。そう思わせられるのである。

このドラマでは、佐伯は教誨師としてのキャリアがまだ浅い人物として設定されている。そうしたこともあって、彼の思いは死刑囚たちになかなか届かずに、歯がゆい思いをする。それどころか、自分が正しいことをしているのかどうかさえ、わからなくなってくる。その葛藤も本作の見どころだ。

大量殺人者の高宮は、佐伯が命の大切さを説いたのに対して、「それなら死刑はどうなんだ?」と問い返す。さらに、「人間の命は大切なのに家畜は殺される」と畳みかける。そうした死刑囚からの様々な反応を前に、佐伯の葛藤はより深まっていく。

実は、佐伯が牧師になった背景には、彼の家族に関する過去の衝撃的な出来事がある。ドラマの中盤で、それが回想シーンとして描かれることで、佐伯の苦悩がますますリアルに感じられるようになる。

劇中では、ある種の超常現象も映像化される。一度目は、死刑囚の鈴木と被害者をめぐって。二度目は佐伯の過去の傷をめぐってだ。そして、この後、本作で最も痛切なシーンが飛び出す。高宮に対した佐伯が、本当の心の内をさらけ出し、自分がすべきことを決意するシーンである。「あなたに寄り添う」「穴を見つめる」。そこでの大杉漣の表情が忘れ難い。

ラストシーンも余韻を残す。佐伯が死刑囚から渡されたあるもの。そこに記された文字。それは、佐伯だけでなく、観客にも、そしてすべての人々にも投げかけられた問いだろう。

牧師と死刑囚との対話を通して、死刑制度の是非だけでなく、人生や生きる意味など根源的なテーマに迫った骨太な映画だ。観応え十分の作品である。

そしてエンドロールで映る、去り行く大杉漣の後姿。それを見て胸がいっぱいになってしまった。まさに名優だったと実感。改めて合掌。

ちなみに、この日は舞台挨拶もあって、佐向大監督、光石研古舘寛治烏丸せつこ、五頭岳夫、玉置玲央、小川登が登壇した。撮影時のエピソードなどに関する彼らの話から、大杉漣の人柄と、その思いが強く伝わってきた。

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◆「教誨師
(2018年 日本)(上映時間1時間54分)
監督・脚本:佐向大
出演:大杉漣、玉置玲央、烏丸せつこ、五頭岳夫、小川登、古舘寛治光石研
有楽町スバル座ほかにて公開中
ホームページ http://kyoukaishi-movie.com/