映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「日日是好日」

日日是好日
シネ・リーブル池袋にて。2018年10月20日(土)午前11時40分より鑑賞(スクリーン1/G-7)。

~茶道を通して一人の女性の人生を描く。樹木希林の圧巻の演技は必見!

大森立嗣監督は、役者としても数々の作品に出演していて、現在全国各地で公開中の「菊とギロチン」では正力松太郎を演じている。

一方、映画監督としては、「まほろ駅前狂騒曲」や「セトウツミ」のような作品もあるものの、どちらかというと「さよなら渓谷」「光」など、人間の暗部をグリグリとえぐり出すような作品のイメージが強い。

その大森監督が、今までとは全く違うタイプの作品を監督した。森下典子のエッセー『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』を映画化した「日日是好日」(2018年 日本)である。

一人の女性の人生を茶道を通して描いたドラマだ。主人公は、真面目で、理屈っぽくて、おっちょこちょいの二十歳の大学生・典子(黒木華)。母から勧められて気乗りしないまま、同い年の従姉妹・美智子(多部未華子)と一緒に茶道教室に通うことになる。“タダモノじゃない”と噂の武田先生(樹木希林)の指導で稽古を始めるのだが……。

映画の冒頭では、10歳の頃の典子が、両親とともに映画館でフェリーニの「道」を鑑賞するものの、まったくつまらなかったと感じたエピソードが語られる。だが、やがて彼女は成長して、「道」が好きでたまらなくなる。それは茶道にも通じる話として描かれている。

武田先生の指導のもと、茶道の稽古をする典子と美智子だが、そこには袱紗のたたみ方など難しい所作がたくさんある。武田先生が言うには「お茶は形から入って、後から心がついてくる」もの。しかも、それぞれの所作の意味や理由は、武田先生にもわからないのだ。これでは2人が戸惑うのは当たり前だろう。

この映画のほとんどは、茶室で典子たちが茶道を学ぶシーンだ。茶道に興味も関心もないオレだが、そこでの様々な所作を見ているだけで単純に面白いと感じた。所作には季節ごとの違いもあり、四季折々様々な行事なども行われる。

そこに登場するお茶やお菓子も、実に美味しそうに映し出される。典子たちのダメっぷりなどで、笑いの種も散りばめられる。だから、けっして飽きることはなかった。

意味や理由がわからなくても、何度も繰り返すうちに自然に茶道が身についていくという。確かに典子もそうした経験をして、茶道の良さを少しずつ理解していく。それどころか、水の音とお湯の音の違いがわかるようになるなど、五感が研ぎ澄まされ、心のありようも少しずつ変化していくのだ。それはあたかも、最初は嫌いだった「道」を好きになったのと同じことなのである。

そんな典子と茶道との関係と並行して、彼女の人生も描かれる。典子は20数年にわたって武田先生の下に通う。その間には様々な出来事が起きる。最初は、就職をめぐる一件。美智子がさっさと就職を決めたのに対して、典子は就職につまずいて出版社でアルバイトをする。

その後、美智子は会社を辞めて故郷に帰り、あっさり結婚してしまう。人生において、常に自分の先を行く美智子に対して、典子は複雑な感情を持つ。そして、典子は婚約者に裏切られる。

そうした出来事を大森監督は劇的に描いたりはしない。あくまでもお茶の稽古シーンの合間にさりげなく挟み込むだけだ。だが、それが実に勘所を押さえた描き方なのだ。例えば、典子が失恋したシーンでは、駅のホームでぼんやり佇む彼女が次の瞬間号泣するシーンを映す。あとは彼女が傷心でしばらくお茶を休んだことを告げるのみ。それ以上余計な描写がない分、典子の心情がより深く心に突き刺さってくる。

そして、そんな人生の節目には、いつも武田先生がそばにいた。といっても、特別なことをするわけではない。直接慰めたり、叱咤激励することもない。ほんのさりげない言葉をかける程度だ。だが、それが実に温かで、ごく自然に典子に寄り添うのである。

何しろ武田先生を演じるのは、本作の公開直前に亡くなった樹木希林である。これまでに様々な役を演じてきた彼女だが、この役はまさに重ねてきた年輪のなせる業といっていい。すべてを包み込み、細かなことに一喜一憂せず、穏やかに相手に対する。わずかなセリフと佇まいだけで、典子に心を寄せる。その絶妙の距離感は、なまじの役者では表現できないだろう。

特に素晴らしいのが、典子が大切な人の死に直面した時だ。自責の念と後悔を抱えた彼女に対して、自らの過去の経験もふまえて、優しく寄り添うその姿にはただ感動するばかりだった。最後の演技にふさわしい、まさに圧巻の演技である。

主役の黒木華の演技も見ものだ。こういう内省的な人物を演じさせたら一級品の彼女。静かな演技の中から、典子の喜怒哀楽が静かに立ち上がってくる。終盤に登場する、空想の中で海辺で雨に打たれて叫ぶ壮絶なシーンなども胸にグッとくる。

大森監督は、茶室を中心に四季の移ろいを丹念に捉え、典子たちの平凡な日常を魅力的に映し出す。だが、その平凡さの中にもささやかな変化がある。人生、すべてが良いことばかりではない。だからこそ、武田先生の茶室に掲げられた「日日是好日」の言葉が重要な意味を持つ。

多くの年月を重ねて、典子がそのことを理解してドラマは終焉を迎える。穏やかで静かで心が洗われるような映画だった。刺激に満ちた作品が多い昨今だけに、なおさらそれを実感した。樹木希林黒木華たちの演技をバックに、大森監督が新境地を開いた作品といえるだろう。

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●「日日是好日
(2018年 日本)(上映時間1時間40分)
監督・脚本:大森立嗣
出演:黒木華樹木希林多部未華子原田麻由、川村紗也、滝沢恵、山下美月、郡山冬果、岡本智礼、荒巻全紀、南一恵、鶴田真由鶴見辰吾
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://www.nichinichimovie.jp/