映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「止められるか、俺たちを」

止められるか、俺たちを
テアトル新宿にて。2018年10月23日(火)午後7時半より鑑賞(H-6)。

~騒乱の時代のエネルギッシュな映画人たちの青春物語

6年前に交通事故で急逝した若松孝二は、伝説的な映画監督だ。学歴もなくヤクザの一員となり刑務所に入ったものの、たまたま知った映画界に魅力を感じてピンク映画の監督に。刑務所での経験から徹底した反権力の立場に立ち、世間を騒がせるユニークな作品を次々に送り出した。後年は、ベルリンをはじめ数々の国際映画祭で受賞するなど世界的な評価も高まった。まさに波乱万丈の映画人生を生きた人物だ。

そんな若松孝二を中心に、彼が率いる“若松プロダクション”に集った実在の映画人たちを描いたのが「止められるか、俺たちを」(2018年 日本)である。監督は「凶悪」「孤狼の血」などで知られる白石和彌。白石監督自身も若松プロ出身で、先輩たちへの取材も綿密に行ったようで、「実録若松プロ物語」といった趣の映画になっている。

ただし、単なる実録物のドラマではない。全体の構成は青春物語だ。主人公に据えたのは、21歳の吉積めぐみ(門脇麦)という女性。1969年の春。新宿でフーテンをしていた彼女は、フーテン仲間の「オバケ」こと秋山道男タモト清嵐)の伝手で、ピンク映画の旗手・若松孝二監督(井浦新)率いる“若松プロダクション”の助監督となる。しかし、そこは過酷な現場。若松監督に怒鳴られ、失敗を重ねるが、それでも映画作りの魅力に魅了されていく。

そんなめぐみの目を通して、若松監督と若松プロに集う様々な人々の姿が描かれる。当時は騒乱の時代。ドラマの背景として、東大安田講堂での学生と機動隊の攻防戦や、三島由紀夫の割腹事件などの出来事も描かれる。そうした時代性もあるのだろうが、この連中、とにかくエネルギッシュで型破りだ。

特にボスの若松監督は、その経歴も含めて破天荒すぎる。やることなすことメチャクチャで、それに周囲は振り回される。みんなが酒を飲み尽くすからと、事務所の冷蔵庫に鍵をかけるなど、ユニークなエピソードもたくさん飛び出す。

それでも一貫しているのは熱い映画への思いだ。若松プロの経営は厳しいが、「自分たちの作りたい映画を作る!」「今の映画界をぶち壊す!」という気持ちは揺るがない。反権力の姿勢も徹底している。同時に、現場での厳しさとは裏腹に、優しさやひょうきんさも持ち合わせている。だから、面倒臭い人だと思っても、嫌いになれないのだ。

それ以外の人々もユニークだ。映画監督で脚本家の足立正生山本浩司)、助監督の小水一男(毎熊克哉)、助監督で脚本家の沖島勲岡部尚)、脚本家の大和屋竺大西信満)、カメラマン志望の高間賢治(伊島空)、助監督の荒井晴彦(藤原季節)。さらには、あの大島渚監督(高岡蒼佑)や当時のインディーズ映画の雄ATGの葛井欣士郎奥田瑛二)なども登場する。マンガ家の赤塚不二夫までチラリと顔を出すのだ。

個人的に多少は日本映画の歴史を知るものとして、それらの人々の言動は実に興味深かった。例えば荒井晴彦は、インテリ評論家気取りの人物として描かれている。のちに脚本家、映画監督として数々の名作を生み出した荒井だが、今でも映画雑誌で他人の作品をこき下ろしたりしている。それを知っているだけに、思わずクスクス笑ってしまった。

足立正生も興味深い人物だ。難しい理論を並べる人物として描かれている彼は、この映画の後半で重信房子率いる日本赤軍に関心を持ち、若松監督とともにレバノンへ渡って「PFLP世界戦争宣言」という映画を撮影している。さらに、なんとその後、自ら日本赤軍に合流してそのまま20年近く日本に帰ってこなかったのだ。そういう経歴を知って見ると、なおさら彼の言動が興味深く感じられるのである。

というわけで、日本の映画界、特にインディーズ映画界に興味があるオレのような者には、なおさら面白いドラマである。当時の映画界の様子がリアルに伝わってきて、それを見ているだけでも飽きなかった。まあ、あまりにもたくさんの人物が出入りするので、詰め込み過ぎの感は否めないのだが。

とはいえ、ドラマの肝は、あくまでも吉積めぐみを中心とした青春ドラマだ。若松孝二はじめ個性的な人物に囲まれて、めぐみはどんどん映画の世界にのめり込んでいく。紛れもないキラキラの青春だ。だが、同時にそこには悩みや葛藤もある。「自分でも映画を撮りたい!」という強い思いを抱えるめぐみだが、何を表現したいのかがわからずに焦りと不安が募っていく。

そんな中、若松監督と足立は、「PFLP世界戦争宣言」の上映運動を始め、若松プロには政治活動に熱心な若者たちが出入りするようになる。そうした周囲の変化もあって、めぐみの葛藤は深まっていく。個人的なある出来事も彼女を疲弊させていく。

実のところ、この吉積めぐみという人物は、架空ではなく実在の人物だ。そして、その最後は哀しいものだった。それゆえ、本作のラストも哀切が漂う。本作は彼女に対するレクイエムといってもいいのではないだろうか。あの時代に光り輝き、もがき苦しみ、旅立っていった一人の女性の青春ドラマとして、十分に観応えがある。それは彼女だけでなく、いつの時代のどんな若者にも通じる普遍的な青春ドラマでもある。

不思議な魅力を持つヒロインを演じた門脇麦、若松作品への出演も多い井浦新をはじめ、出演者の気持ちも伝わってくる。若松監督にゆかりの深い人物が多いスタッフともども、若松監督への愛を感じさせる映画である。

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◆「止められるか、俺たちを
(2018年 日本)(上映時間1時間59分)
監督:白石和彌
出演:門脇麦井浦新山本浩司岡部尚大西信満タモト清嵐、毎熊克哉、伊島空、外山将平、藤原季節、上川周作、中澤梓佐、満島真之介、渋川清彦、音尾琢真、吉澤健、高岡蒼佑高良健吾寺島しのぶ奥田瑛二
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.tomeore.com/