映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「鈴木家の嘘」

「鈴木家の嘘」
シネスイッチ銀座にて。2018年11月19日(月)午後7時より鑑賞(シネスイッチ1/E-8)。

自死した青年と遺族たち。笑いをまぶして家族を問う

引きこもりだった青年が自死してしまう。遺された家族はどうなるのか……。とくれば、暗く重たい映画になるのは必至だ。だが、その予想を見事に裏切ってくれるのが、「鈴木家の嘘」(2018年 日本)である。

舞台になるのは鈴木家だ。父・幸男(岸部一徳)、母・悠子(原日出子)、長男・浩一(加瀬亮)、長女・富美(木竜麻生)の4人家族。だが、光一は長年引きこもり生活を送り、部屋からほとんど出てこない。

いきなりショッキングなシーンから映画は始まる。光一が自分の部屋で首を吊るシーンだ。これ以上ないほどの暗く重たいシーンである。しかも、まもなく悠子がその場面を目撃してショックのあまり意識を失ってしまう。現場には彼女が持ち出した包丁が落ちており、後追い自殺を試みたらしいことも示唆される。

悠子は入院するが眠り続けたままだ。ところが、何を思ったか幸男はソープランドへ行く。そして、支払いをめぐって店側とトラブルを起こし、慌てて富美が飛んでくる。幸男はショックのあまり錯乱したのか? 

このあたりから、ドラマは意外な方向へと滑り出す。悲劇の真っただ中にいるはずの鈴木家と周辺の人々が、ユーモラスに描かれるのである。幸男、富美、そして悠子の弟でアルゼンチンのエビを扱うビジネスをしている吉野博(大森南朋)、幸男の妹の鈴木君子(岸本加世子)。特に君子のあけすけで強烈なキャラと、博のいかにもお気楽な天然キャラが、数々の笑いを生み出していく。

二度と意識が戻らないことも懸念された悠子だが、光一の四十九日の日に突然、目覚める。その目覚め方も爆笑モノだ。入院患者の孫の男の子が見ている中でベッドから転がり落ち、床を這って男の子の元まで行く。まるでホラー映画のようなシーン。と思ったら、男の子が手に持っていた食べ物(お菓子? バナナ?)をパクリ。これを笑わずして、何を笑おうか。

ただし、悠子は倒れる直前の記憶を失っていた。つまり、光一の自殺のことも何も覚えていなかったのだ。「光一はどこ?」という悠子の問いに、富美はとっさに言ってしまう。「お兄ちゃんは引きこもりをやめて、アルゼンチンでおじさんの仕事を手伝っている」と。幸男もこの嘘に乗る。博も同様だ。医師も、「当分お兄さんのことは内緒にしておいた方が……」とアドバイス。かくして、鈴木家や親戚の人々は嘘をつきとおすことにして、必死にアリバイ作りを始めるのだった。

昏睡状態から目覚めた母に嘘をつくという構図は、2003年に公開されたドイツ映画「グッバイ、レーニン!」と共通している。あちらはベルリンの壁崩壊を知らない母親に対して、息子が必死で東ドイツ社会主義体制に変化がないことを偽装する映画だった。それが様々な笑いを生み出していた。

鈴木家のアリバイ工作も文句なしに笑える。幸男はチェ・ゲバラのTシャツを調達し、光一がアルゼンチンから送ってきたように装う。また、富美は光一からの手紙をでっち上げ、それをアルゼンチンにいる博の会社の駐在員が葉書に書いて送ってくる。何とも手の込んだ偽装工作である。これまた思わず笑ってしまう。

とはいえ、この映画、ただ笑えるだけではない。笑いの中から、次第にテーマがくっきりと浮き上がってくる。それは、自死によって遺された家族の苦悩を通して、家族というものの実像に迫ることである。

富美は兄と不仲で、兄が首を吊ったそばで母が倒れている現場を目撃したこともあって、心に大きな傷を負っている。自分と同じく近しい者が突然亡くなった人々の集まりにも参加するが、何も話せない状態が続く。その代わり、そこでは他の遺族の生々しい証言が観る者の胸をグサリとえぐる。

ただし、この集会でも強烈なキャラのおばさんを登場させて、笑いを誘うあたりの心憎いバランス感覚が、この映画の真骨頂と言えるだろう。

一方、悠子から「光一に無関心だった」と非難される父の幸男も、実はある行動を起こし、それが光一を苦しめた過去を持つことが明かされる。幸男もまた心に大きな傷を抱えていたのだ。

相変わらず母に嘘をつきとおすストレスも加わって、富美はどうしようもないところまで追い込まれる。新体操の練習中に大声を出し、遺族たちの集まりでは初めて手紙の形で痛切にその心情を吐露する。

そして、悠子に対する嘘は終わりを迎える。そこからは家族の苦悩と葛藤が描かれる。悠子、幸男、富美、いずれもが後悔を抱えている。「あの時ああしていれば」と。悠子は「あの日、買い物で留守にしなければ」と悔やみ、富美は兄にひどい言葉をぶつけたことに強い自責の念を持つ。その2人が川で絡み合うシーンは、思わず涙せずにはいられなかった。

というわけで、終盤はシリアスなタッチが強まるのだが、それでもところどころに笑いが挟まれる。何という展開の妙だろう。そして、最後には家族の再生を無理なく印象付け、幸男のソープ通いの謎にも決着をつけて、ドラマは終幕を迎える。温かく優しい余韻を残して……。

野尻克己監督は橋口亮輔石井裕也、大森立嗣などの数多くの作品で助監督を務めてきた。本作は野尻監督のオリジナル作品。今年の第31回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞した。シリアスと笑いの絶妙なブレンド加減が素晴らしい。劇場映画初監督作とは思えない見事な手腕だ。そこには、兄を亡くした自身の体験も投影されているとのこと。

役者たちも見事である。岸部一徳原日出子らの貫禄の演技に加え、コメディー要素を盛り上げる岸本加世子、大森南朋宇野祥平らのはじけた演技が印象的だ。そして何よりも、瀬々敬久監督の「菊とギロチン」で主演の女相撲の力士・花菊を演じた木竜麻生が、身体の奥からにじみ出してくるような演技を見せている。東京国際映画祭では本作と「菊とギロチン」の演技で、期待される若手俳優に贈られる東京ジェムストーン賞に輝いた。今後も要注目!

しかしまあ、何度も言っているが、今年の日本映画は本当に充実しまくっています。ぜひぜひ劇場へ!!

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◆「鈴木家の嘘」
(2018年 日本)(上映時間2時間13分)
監督・脚本:野尻克己
出演:岸部一徳原日出子、木竜麻生、加瀬亮吉本菜穂子宇野祥平、山岸門人、川面千晶、島田桃依、金子岳憲、政岡泰志、岸本加世子、大森南朋
新宿ピカデリーシネスイッチ銀座ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.suzukikenouso.com/