映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ヘレディタリー/継承」

「ヘレディタリー/継承」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年11月30日(金)午前11時30分より鑑賞(スクリーン2/E-9)。

~巧みに仕掛けられた怖くておぞましい正統派ホラー映画

子供の頃に、お化け屋敷から逃走したほどの恐がりのオレだが、ホラー映画は意外に好きだったりする。特に最近は、「クワイエット・プレイス」のようなヒネリを加えたホラー映画が多く、なかなかに楽しかったりするわけだ。

そんな中、久々に正統派ともいえるホラー映画が登場した。低予算ながらアメリカでヒットしたという「ヘレディタリー/継承」(HEREDITARY)(2018年 アメリカ)である。

ドラマの発端はグラハム家の祖母エレンの死。彼女は相当に変わった人だったようで、娘のアニー(トニ・コレット)とは微妙な関係にあった。それでもアニーは夫のスティーブ(ガブリエル・バーン)、高校生の息子ピーター(アレックス・ウォルフ)、13歳の娘チャーリー(ミリー・シャピロ)とともにエレンの葬儀を無事に終える。

だが、その後、チャーリーは異常な行動をとり始める。鳩の首を切り落としたり、はだしのまま家を出て森に行ったりするのだ。生前の祖母と最も親しくしていた彼女に、いったい何が起きたのか?

このチャーリー、見るからに不気味な雰囲気の少女だ。常に舌打ちする癖も気色が悪く、他人をイラつかせる(そういえば、「検察側の罪人」に登場した酒向芳演じる容疑者も、舌打ちをして不気味さを増幅させていたっけ)。

そして、まもなくチャーリーの身にとんでもないことが起きる。ピーターがパーティーに行きたいと言い、アニーはチャーリーも連れていくことを条件に許可する。ところが、そこでトラブルがあって・・・。

ここはネタバレにはならないと思うのでバラしてしまってもいいのだが、まあやめておくか。とにかく衝撃的な出来事が起きて、ある人物が死んでしまう。ただし、それがかなりエグい死に方なのが、いかにも正統派のホラー映画っぽい。この映画には、こうしたスプラッター風のエグい映像が何度も登場する。

だが、そればかりではない。中盤は家族の心理ドラマが前面に出る。前述の惨劇をめぐって、アニー、スティーブ、ピーターはそれぞれ心に傷を抱える。特にアニーの嘆きようは尋常ではない。心の奥には惨劇の要因となったピーターへの複雑な思いが、チラリチラリと垣間見える。

一方、ピーターにしても母アニーに対して複雑な思いを抱えている。実は、アニーにはある病気があって、そのことによって過去にとんでもない出来事を引き起こしかけたことがあるのだ。そのことで、母子の間には抜き差しならない溝ができている。それがこの一件で一気に噴出する。

こうした家族たちの苦悩と葛藤のリアルな描写があるからこそ、その後の恐怖と狂気がズンズンと増幅していくのである。

映像も出色だ。映画の冒頭では、グラハム家の住宅の部屋に据えられたカメラが外を映す。その後、部屋の内部にカメラを転じ、部屋に置かれた精巧なミニチュアに焦点を当てる。その模型がそのまま現実の世界に転化するのだ。

このシーンだけで、この物語がある種の異界の物語であり、そこでは人間が無力であることを示唆しているように感じられる。ちなみに、このミニチュアはミニチュア作家であるアニーが制作したもの。これが随所で効果的に使われ、恐怖の増幅に一役買っている。

それ以外にも、寒色系の寒々しい映像が観客の心を凍てつかせる。いかにもホラー映画らしく不協和音を巧みに使った音楽も、恐怖と不気味さを煽っていく。

その後、ドラマは霊にまつわる話へと展開する。心が乱れ、いたたまれないアニーは、謎の女と知り合い、あらぬ方向へと暴走していく。このあたりは、オカルトもののホラー映画の様相を呈する。

ドラマの進行とともに、次第にこの世のものとは思えない様々な要素が出現する。それらはアニーやピーターの悪夢の形で登場したりするのだが、現実との境界線は曖昧だ。なぜか聞こえてくるチャーリーの舌打ち、怪しい人影、謎の光、ハエがたかりまくった死体などなど。そうした中でアニーやピーターはどんどん憔悴していく。

終盤は、祖母エレンの遺体をめぐる話や、アニーが知り合った謎の女の正体をめぐるミステリー風の展開も飛び出す。そこはまさに恐怖と不気味さ、エグさの連打である。

はたして着地点はどこにあるのか。「エクソシスト」のように悪魔祓い師が登場して一家を救うのだろうか。いやいや、そんな生易しいラストではない。まったく予想外のところに話は向かう。冒頭からたびたび映る奇妙なログハウス風の建物。祖母の「私を憎まないで」というメモ。そうした伏線がラストで見事に一つにつながる。邦題にある「継承」というフレーズがピッタリの結末である。

エンドロールに流れるのは名曲「青春の光と影」。あまりにもおぞましい映画の直後に流れるジュディ·コリンズの爽やかな歌声。何なんだ? この落差は。これもまた独特の雰囲気を醸し出す。最後の最後までよく考えられた映画である。

役者ではアニー役のトニ・コレットの恐怖顔が凄すぎる。あんな顔は普通の人には絶対にできない。名優はこういう演技も半端ないのだ。ピーター役のアレックス・ウルフ(この映画の日本のクレジットでは、ウォルフと表示)も、「ライ麦畑で出会ったら」とは全く違うタイプの熱演ぶり。そしてミリー・シャピロの怖すぎる存在感。よくもまあこんな子を見つけてきたものだ。今後が心配、いや楽しみである。

基本は悪魔絡みの定番ホラーだが、スプラッター、オカルト、幽霊など様々なホラー映画の要素を巧みに織り込み、さらに家族の苦悩と葛藤のドラマも付加し、ハイレベルな映像や音楽で綴った充実のホラー映画だ。本作が長編デビューとは思えないアリ・アスター監督の巧みな手腕が光る。ホラー映画好きなら見逃す手はないだろう。

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◆「ヘレディタリー/継承」(HEREDITARY)
(2018年 アメリカ)(上映時間2時間7分)
監督・脚本:アリ・アスター
出演:トニ・コレット、アレックス・ウォルフ、ミリー・シャピロ、アン・ダウド、ガブリエル・バーン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://hereditary-movie.jp/