映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「台北暮色」

台北暮色」
ユーロスペースにて。2018年12月4日(火)午後2時45分より鑑賞(スクリーン1/C-9)。

~台湾の大都会とそこに住む人々の息遣いをビビッドに見せる

長いこと東京に暮らしていて、日常でことさらに孤独を感じることはないのだが、たまたま何かの瞬間にそんな感情に襲われることがある。例えば、それは渋谷のスクランブル交差点を歩いている時だったりする。

台湾映画「台北暮色」(強尼・凱克/MISSING JOHNNY)(2017年 台湾)は、大都会の風景と、そこで暮らす人々の心情がリアルかつビビッドに描かれた作品だ。これがデビュー作となる女性監督ホァン・シーは、台湾の名匠ホウ・シャオシェン監督のアシスタントを務めた経験を持つ。そのホウ・シャオシェンが製作総指揮を務めている。

台湾の大都会の台北に暮らす3人の人々を中心にした群像劇だ。冒頭に登場するのは中年男のフォン(クー・ユールン)。乗っていた車がエンストしてしまう。彼はその車の中で生活しているらしい。

続いてリー(ホァン・ユエン)という少年が映る。彼は地下鉄の中でシュー(リマ・ジタン)という若い女性を見つけて声をかける。2人は同じ集合住宅に暮らしている。シューは箱を持っていて、リーは「鳥が入っているんだろう」と聞くのだが(確かに鳥が入っている)、なぜかシューは否定する。

このフォン、リー、シューがドラマの中心だ。とはいえ、さしたる事件は起きない。劇的なことは何もない。苦悩や葛藤のドラマもない。彼らの日常が淡々とスケッチされるだけだ。

シューはヨガ講師や民泊の受付係などをしている。フォンは便利屋として様々な仕事をしている。リーは自閉症らしく、物忘れが激しく母から行動を指示するメモを渡されるが、それが気にいらないようだ。

彼らの日常にはいくつもの謎がある。フォンはある家庭でしばしば食事をする。彼らは誰なのか? シューには恋人がいるようだが、どこかぎこちなく感じられる。はたしてその関係は? さらに、彼女には「ジョニーはそこにいますか?」という同じ男あての間違い電話が何度もかかってくる。ジョニーとは誰なのか?

この映画には説明的なところはほとんどない。したがって、観客は3人の日常のスケッチから、様々なことをすくい取っていくことになる。

都会に暮らす彼らの孤独や生きづらさが明確に提示されるわけでもない。序盤でシューのインコが逃げ出してしまうが、それとて悲しいエピソードとして描かれるわけではない。フォンの車中生活のつらさなどもストレートには描かれない。

それでも、彼らの生活ぶりがビビッドに描かれることで、そこから日常の光と影が少しずつ伝わってくる。彼らの等身大の姿が自然に見えてくるのである。例えば、リーの母親の疲れたような表情が映し出された時。そこには人と交われないリーの孤独が、如実に感じ取れるのだ。

等身大の姿が見えるのは、人間だけではない。台北の街の表情も等身大に描かれる。その映像は実に叙情的で、みずみずしい。特に陽の光を効果的に使った映像が魅力的だ。シューが鳥たちとくつろぐシーン、リーが水たまりで戯れるシーン、フォンの車越しに見える地下道など、どれもが鮮烈で印象に残るショットだ。

この映画は、人も街もその息遣いがリアルに聞こえてくる映画なのである。

先ほど挙げた謎がすべて明らかになるわけではない。ただし、そのいくつかはおぼろげながら実相が見えてくる。そして、終盤には彼らが抱えた過去の傷が見えてくる。

ある事情から街に飛び出したシューは、フォンの車に乗り込む。その後、コンビニの前で2人はそれぞれの家族にまつわる過去を告白し合う。そして、街を全力疾走する2人。走り疲れて並んで座る2人をとらえた長回しのショットも、心に染みるシーンだ。

シューとフォンは、過去を振り切るために大都会に出てきたのだろう。だが、そこには様々な生きづらさや孤独がある。「距離が近すぎるとケンカする。愛し方も忘れる」というフォンの言葉は、そうした都会の特質を的確にとらえているように思える。

シューとフォンだけでなく、リーにも家族にまつわる過去の傷があることが、ラスト近くで明らかにされる。

だが、けっして暗い余韻を残す映画ではない。夕暮れの中でインコを肩に乗せたシューのショットからは、すべてを抱えつつ前を向こうとする彼女の姿勢が見えてくる。

エンドロール前のシーンも味わい深い。シューとフォンの乗った車がエンストする。必死で車を動かそうとする2人と、後続の車の運転手たち。そこからカメラは無数の車が行き交う道路へと移動する。おそらく、シューもフォンも、そしてリーも、困難な中でも前向きさを失わずに生きていくのだろう。そう感じさせられて、温かな余韻に浸ることができたのである。

シューを演じたリマ・ジタンのたくましさも、この映画をポジティブにしている源泉だろう。レバノン人と台湾人の両親を持ち、モデルで映画はこれが初出演とのこと。まあ、何よりもスゲェー美人です。

フォンを演じたクー・ユールンは、かつてエドワード・ヤン監督の「カップルズ」で主人公を演じた。だからというわけでもないだろうが、ホウ・シャオシェン監督よりも、エドワード・ヤン監督の作品に近いテイストを感じさせる映画だった。

この映画は、2017年の第18回東京フィルメックスコンペティション部門に出品され、「ジョニーは行方不明」のタイトルで上映されている。今回、邦題を「台北暮色」としたのはなかなかのセンスだと思う。

台北を鮮やかに活写した映画であり、そこから東京をはじめ世界中の都会と共通する表情を感じ取ることができそうだ。

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◆「台北暮色」(強尼・凱克/MISSING JOHNNY)
(2017年 台湾)(上映時間1時間47分)
監督・脚本:ホァン・シー
出演:リマ・ジタン、クー・ユールン、ホァン・ユエン
ユーロスペースほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://apeople.world/taipeiboshoku/