映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「来る」

「来る」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年12月7日(金)午後3時より鑑賞(スクリーン5/G-14)。

~ケレンたっぷり。中島哲也ワールド全開のホラー・エンターテイメント映画

中島哲也監督といえば、もともとは気鋭のCMディレクター。映画監督としても2004年の「下妻物語」でブレイクした。その「下妻物語」は、オレにとって、その年の日本映画のベスト級の作品だった。

その後も、中島監督は「嫌われ松子の一生」「告白」「渇き。」などの個性的な作品を生み出してきた。いずれも、相当に面白い作品だった。多作ではないものの、新作が出るたびにオレが注目している監督の一人だ。

それらの作品に共通するのは、CGやアニメなども駆使したケレン味あふれる映像。人間の闇をあぶりだした作品も多い。そして何よりも、いずれの作品もエンターテイメントとして、観客の目を惹きつける工夫がたっぷり施されているのだ。

その中島監督の「渇き。」から4年ぶりの新作が登場した。「来る」(2018年 日本)である。第22回日本ホラー小説大賞の大賞受賞作、澤村伊智の『ぼぎわんが、来る』が原作。というわけで、この映画はホラー映画なのだが、そこには中島監督らしさがたっぷり詰まっている。

映画の滑りだしは典型的なホラー。幼い少女が少年に、自分が何者かに連れ去られることを予言する。その通り、その子はまもなく行方不明になってしまう。

そこから一気に時間が飛ぶ。田原秀樹(妻夫木聡)という青年がパニックに陥っている。彼こそが冒頭の少年が成長した姿である。秀樹は、電話の指示により水の入った器を並べ、家中の鏡を叩き壊す。いったいどうしてそうなったのか。そこから再び時間が巻き戻る。

それより数年前、秀樹と婚約者の香奈(黒木華)は揃って秀樹の実家の法事に顔を出す。その宴席の様子が奇妙だ。強烈な個性の人々が、人さらいに関する地元の伝承などについて言葉を交わし、飲み、食い、ケンカをする。さらに、その夜、秀樹は悪夢を見る。土着的な不気味さを通り越して、もはやカオス状態である。

続いて、いきなり秀樹と香奈の結婚式に場面が映る。その模様を延々と映し出す。2人のなれそめをコント仕立てで紹介する余興なども描かれる。ここもカオス状態だ。ホラー的な怖さとは無縁。思わず笑ってしまう。こんなふうに、この映画は通常のホラー映画の枠を軽々と超えた作品なのだ。

とはいえ、ホラー的な要素は当然出てくる。秀樹と香奈は結婚して幸せな新婚生活を送る。そんなある日、秀樹の会社に「知紗さんの件で」と謎の来訪者が現れる。「知紗」とは、まもなく誕生する秀樹と香奈の娘につける名前だった。来訪者がその名を知っていたことに恐怖を憶える秀樹。秀樹が会いに行くと、その人物は姿を消していた。おまけに、来訪者を取り次いだ後輩が変死してしまう。

ほらほら、ちゃ~んホラー映画になってるでしょ。本作の核になるのは、子供を連れ去る謎のバケモノをめぐる恐怖のドラマなのだ。

それから2年後、周囲で不可解な出来事が起こり不安になった秀樹は、友人の民俗学者の津田(青木崇高)を通して、オカルトライター・野崎(岡田准一)を紹介してもらう。野崎は、知り合いの霊能力を持つキャバ嬢・真琴(小松菜奈)のところに秀樹を連れて行き相談する。ちなみに、真琴の姉は日本最強の霊媒師・琴子(松たか子)である。

そうするうちにも、バケモノの影は次第に秀樹の家に忍び寄る。襲来の兆候は様々な形で現れるのだが、バケモノそのものの姿は見えない。そのことで得体の知れない恐怖が高まっていく。そして、ついに惨劇が起こる!!!

このあたりはスプラッター風の映像も含めて、いかにもホラー映画らしい展開が続く。ただし、そこでも独特の映像美やそこはかとない笑いなどがあって、単純な怖さとは違った雰囲気が漂っている。

その後のドラマは主人公が変わる。それまでの主人公は秀樹だったが、ここからは香奈の視点でドラマが描かれる。娘・知紗を抱えて大変な日々を送る香奈だが、その心の奥にはどす黒い思いが渦巻いている。赤裸々な欲望も見えてくる。

そうなのだ。中島監督の映画でしばしば描かれるのが、人間の二面性やふだんは見えない陰の部分だ。今回も、香奈の言動から彼女のそうした部分をあぶりだすとともに、最初のパートの主人公だった秀樹の闇もあぶりだす。

理想的なパパの姿をブログで綴っていた秀樹だが、家での生活ぶりはそれとは全く違うもの。外面の良さとは裏腹の闇を抱えていたことがわかる。彼らが演じるおどろおどろしい人間ドラマは、ある意味、バケモノよりも怖いかもしれない。

中島監督らしいケレン味あふれる映像は今回も健在だ。あの手この手で観客の目をスクリーンに惹きつける。様々な怪奇現象はもちろん、CGを使った鮮烈なイメージショットなども駆使した巧みな映像で見せていく。映画の内容そのものよりも、この映像に惹きつけられてしまう人も多いのではないだろうか。

そんな中でも、バケモノの影はますます濃くなっていく。そして、またしても惨劇が起きる!!!

その後はまたしても主人公が変わる。今度の主人公はライターの野崎だ。彼には子供にまつわる忘れたくても忘れられない過去があった。さらに、キャバ嬢・真琴にも子供に関する複雑な思いがある。その2人が知紗と深くかかわることで、バケモノに翻弄されることになる。

そこで大きな存在感を発揮するのが、真琴の姉で日本最強の霊媒師・琴子である。演じるのは松たか子。なんだ? この不気味な演技は。こんな松たか子は初めて観たぞ! ただし、不気味さの反面、野崎が買ってきたビールを「いただくわ」と気風良く飲んで笑いを取るあたりもまた、中島映画らしいところだろう。

そして訪れるクライマックス。これがまあ、壮大かつ壮絶なものなのだ。詳しいことは伏せておくが、簡単にいえば「お祓い」である。お祓いといえば、オカルトホラーにはよくあるパターン。「エクソシスト」や「コクソン」の例を挙げるまでもないだろう。だが、こちらは、そんじょそこらのお祓いではない。日本を挙げての総がかりでのお祓いなのだ。

一歩間違えば、荒唐無稽なただのおバカ映画になりそうなシーンだが、そんな心配はいらない。中島監督は強烈なビジュアルで「これでもか!」と畳みかける。虚実なんてもはやどうでもよい。観客を有無を言わせずにスクリーンに引きずり込むのだ。ここまでぶっ飛んだ映像を見せられたら、もはや何も言えません。降参です。

戦いの後、野崎が血だらけでコンビニで買い物をするシーンで笑いを取り、さらにその後には「オムライスの歌」のMVまで登場させる。いやぁ~、中島監督、相変わらずスゴイわ。いろんな意味で。

松たか子以外にも、岡田准一黒木華小松菜奈妻夫木聡青木崇高柴田理恵など、役者がすべて中島ワールドにどっぷりつかって、ふだんならあり得ない怪演を披露しているところも見ものだろう。

ホラー映画らしい恐怖はそれほどでもない。そこに過度に期待して観ると裏切られるかもしれない。その代わり、中身はぎっしりと詰まった濃い映画だ。どす黒い人間ドラマやケレン味あふれる映像、あちこちに散りばめられた笑いなど、いかにも中島監督らしい世界が展開する。これぞホラー・エンターテイメント映画!!!

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◆「来る」
(2018年 日本)(上映時間2時間14分)
監督:中島哲也
出演:岡田准一黒木華小松菜奈松たか子妻夫木聡青木崇高柴田理恵、太賀、志田愛珠、蜷川みほ伊集院光石田えり西川晃啓松本康太、小澤慎一朗
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://kuru-movie.jp/