映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「斬、」

「斬、」
ユーロスペースにて。2018年12月21日(金)午後1時50分より鑑賞(ユーロスペース2/D-9)。

~「人の命を奪うこと」を問う塚本晋也監督の異色の時代劇

塚本晋也監督を一躍有名にしたのは、全身が金属に変化していく男の恐怖を描いた1989年の「鉄男」だろう。今観ても何とも凄まじい映画だ。それ以降、多作とはいえないものの、インディーズ畑を中心にコンスタントに作品を送り出している。

その一方で、役者としても数々の作品に出演している。もともとのきっかけは、低予算の自作のコスト削減のために自ら出演したようなのだが、いまやそんなことに関係なく、様々な作品で独特の存在感を発揮している。

その塚本監督の前作は、大岡昇平の原作を映画化し、戦争の狂気を暴き出した「野火」(2014年)。きな臭い日本の状況とも相まって、大きな衝撃を残す問題作だった。塚本監督の映画が、新たなステップに突入したことを実感した。

その「野火」に続く新作が、初の時代劇に挑んだ「斬、」(2018年 日本)である。ただし、時代劇といっても痛快娯楽時代劇などでは断じてない。今の時代に通じる深いテーマ性を持つ作品なのだ。

冒頭に映るのは真っ赤な炎。それは刀の鍛冶、つまり刀の製造場面だ。それを迫力満点に見せる。この映画で大きな位置を占めるのが、刀=人の命を奪う道具であることを強く印象付ける。

それに続いて、剣の稽古をする2人が映し出される。こちらも手持ちカメラを使った迫力満点の映像だ。本物の戦いではなく稽古であることを忘れさせるような、ド迫力のシーンだ。

この2人のうちの1人が、本作の主人公、若い浪人の杢之進(池松壮亮)である。詳しい説明などはないが、どうやら時代は開国か否かで大きく揺れ動く江戸時代末期のようだ。杢之進は貧窮して藩を離れ、農村で農家の手伝いをしている。

杢之進は、武士としての本分を果たす願いを持ちつつも、隣人のゆう(蒼井優)やその弟・市助(前田隆成)たちと穏やかな日々を送っていた。杢之進と稽古していたのは、その市助だった。市助は農民でありながら武士に憧れていた。一方、姉のゆうはそんな市助の考えに眉をひそめ、杢之進が彼に稽古をつけることを嫌っていた。

そんな中、剣の達人である澤村(塚本晋也)が村にやって来る。彼は腕の立つものを集めて、京都の動乱へ参戦しようとしていた。そして、杢之進の剣の腕を見込んだ澤村は、彼を仲間に誘う。ついでに市助も2人に加わることになり、彼らは出立しようとする。だが、その直前に村にならず者たちが流れてくる……。

そこから先の細かな展開は伏せるが、タイトルにある「人を斬ること=暴力」が、彼らの眼前に突き付けられる。そこでは、あれほど暴力を嫌っていた平和主義者のはずだったゆうが、逆に杢之進を焚きつけて人を殺させようとする。それに対して杢之進は、暴力の連鎖を恐れて平和的に物事を解決しようとする。だが、ギリギリの局面に追い込まれて、苦しい決断を迫られる。

ドラマが進むにつれて、冒頭からおぼろげながら浮かび上がっていたこの映画のテーマが明確になる。人の命を奪うとはどういうことなのか。暴力の連鎖とはどういうものなのか。そして暴力を前にして人間はどう変化するのか、だ。そうしたことを観客にグリグリと突きつける作品なのである。

つまり、この映画は時代劇でありながら、戦争、テロなど今の時代に通じる映画なのだ。平和的解決を訴えていた人々が、リアルな危機を実感して正反対の主張をするという展開は、まさしく今の日本の、そして世界の状況を連想させる。ゆうに象徴される農民たちが武力を頼りにし、武士の杢之進がそれを嫌いというのも、何とも意味深な構図である。

思えば塚本監督は「野火」で戦争のリアルを描き出し、現在の日本に警鐘を鳴らした。今回は、江戸時代の武力のリアルを描いて、同じく日本の現状に警鐘を鳴らしているのではないだろうか。

この映画のセリフは極端に少ない。その分、映像で多くのことを示していく。刀の触れ合う「カキン」という音が印象的な鮮烈でダイナミックな斬り合いのシーンは、特に印象深い。その一方で、杢之進が気配を感じて指を壁から外に突き出し、その指をゆうが口に含む艶めかしいシーンなどもある

映像の色調は暗くて重たい。時々「これはモノクロ映画か?」と錯覚するような色調である。その色調で無残に斬られた死体を映した映像は、なまじのホラー映画よりもおぞましく見える。それとは対照的に、時折映される美しい朝の陽光、農村の田園風景や山の中の木々、真っ赤な血の色などの鮮烈な色彩も心をとらえる。

役者の演技も素晴らしい。池松壮亮は、当初は若者の純真さを漂わせつつ、やがてどんどん狂気を見せていく。「人を殺せるようになりたい」とうわごとのように繰り返し、錯乱していく姿が壮絶だ。

塚本晋也の底知れぬ不気味さや、中村達也の憎々しすぎる悪党ぶり、前田隆成の若々しい演技なども見応えがある。

そして何よりも蒼井優である。池松に引けを取らない堂々の存在感。様々に変化するゆうの心理をキッチリと見せる。特にラストの彼女の慟哭は、この映画のハイライトと言ってもよいだろう。そこに込められた悲痛な思いが、観客の胸にグサリと突き刺さる。塚本監督が突きつける様々な問題提起も、そこに集約されていく。

ノイジーな金属質の音楽も含めて、「鉄男」から「野火」に至る塚本作品のエッセンスがギッシリ詰まった映画だ。そういう意味で、塚本作品を初めて観る人にもおススメだろう。そして、何よりも、ますますきな臭さを増す今の日本にとって、重要な意味を持つ映画だと思う。

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◆「斬、」
(2018年 日本)(上映時間1時間20分)
監督・脚本・撮影・編集・製作:塚本晋也
出演:池松壮亮蒼井優中村達也、前田隆成、塚本晋也
ユーロスペースほかにて公開中。
ホームページ http://zan-movie.com/