映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」

「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」
シネマ・ロサにて。2018年12月29日(土)午後3時30分より鑑賞(シネマ・ロサ1/D-9)。

~笑いと押しつけがましさのない感動。難病患者と周囲の人々のドラマ

いよいよ年末。今年もたくさんの映画を鑑賞したのだが、鑑賞ペースは以前に比べて落ちている。大口の仕事を失くして新しい仕事を獲得したかったのだが思うようにいかず、「暇はあるが金がない状態」がエスカレートしてしまったのだ。来年は何とかしないとなぁ~。

さて、今年最後の鑑賞となった作品は「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」(2018年 日本)である。北海道札幌市で自立生活を送り2002年に亡くなった筋ジストロフィー患者とボランティア、家族の姿を描いたノンフィクション『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(文春文庫刊)の映画化だ。ちなみにこの本は、大宅壮一ノンフィクション賞講談社ノンフィクション賞をダブル受賞している。監督は「陽気なギャングが地球を回す」「ブタがいた教室」などの前田哲。

北海道札幌市。34歳の鹿野靖明(大泉洋)は幼い頃から難病の筋ジストロフィーを患い、今では体で動かせるのは首と手だけ。そのため24時間体制の介助が必要だった。ところが彼は医師の反対を押し切って、病院ではなく市内のケア付き住宅で、大勢のボランティアに囲まれて自立生活を送っていたのだ。

難病患者が主人公のドラマといえば、お涙頂戴の情感過多のドラマかお説教臭いドラマを思い浮かべがちだが、この映画にはそんなところがまったくない。それというのも主人公の鹿野が強烈キャラだからだ。

鹿野のボランティアに対する振る舞いは、わがまま放題だ。その端的な例が、タイトルにあるように深夜にバナナを買って来いという要求。その犠牲になるのが美咲(高畑充希)だ。恋人でボランティアの一人の医学生の田中(三浦春馬)を訪ねてきた彼女は、鹿野から新人ボランティアと誤解され、バナナを買いに走らせられることになる。

こんなふうだから、最初のうち鹿野はとんでもない人間にしか見えない。だが、その印象が少しずつ変わってくる。その大きな理由は、やはり大泉洋が演じているからだろう。何をやっても、どこか憎めない感じが漂うのは、彼の演技によるところが大きい。そんな鹿野の言動をコミカルに描くものだから、腹立たしさや嫌悪感を越えて、ついつい笑ってしまうのである。

そして何よりも、ドラマの進行とともに彼の言動の背後にあるものが、チラチラと見えてくる。一見ただのわがままな障がい者にしか見えない鹿野だが、その裏では様々な苦悩や葛藤を抱え、それでもそれを乗り越えてポジティブに生きようとしていることがわかるのだ。

障がい者も健常者と同じように生きたい」という強固な意志を持ち、英検2級を取ってアメリカに行きたいと希望する鹿野。そのポジティブさは、ボランティアたちにも影響を与える。それが彼らの人生を少しずつ動かしていく。

医学生の田中は劇中で恋人の美咲に対して優柔不断な態度をとり、進路に迷う。一方、美咲は大学生だと偽って、田中とつきあっている。そんなふうに素直に生きられない人々が、鹿野と触れ合うことで少しずつ変化していく。田中に対して鹿野が「健常者が生きるのも大変だな」と同情するシーンが何とも面白い。

そこには鹿野のロマンスも絡んでくる。美咲はわがままな鹿野に反発するが、鹿野はそれが「グッとくる」と好きになってしまう。その後、2人は衝突しながらも心を通わせていく。それを見ている田中は気をもむ。そのあたりの紆余曲折のロマンス劇も、このドラマの見どころの一つだ。

とにかく本音全開で生きる鹿野だが、実はそれができないこともある。それは両親、特に母親(綾戸智恵)との関係だ。鹿野はひたすら母親を邪険に扱い、遠ざけようとする。観ていて違和感を禁じ得なかったのだが、中盤になってその裏にある親子それぞれの愛にあふれた感情が明らかになる。幼い頃からの経緯をケレンたっぷりに見せて、観客の涙を誘う。このあたりの展開もなかなか巧みな作劇である。

後半は、鹿野のさらなる奮闘が描かれる。病状の進行とともに人工呼吸器をつけざるを得なくなるのだが、そこで彼は奇跡のような出来事を起こす。ここまでくると、もはや無条件に「凄い奴だ」と感服するしかない。同時にボランティアたちの奮闘ぶりにも頭が下がる(とはいえ、思うようにいかない現実もちゃんと見せるのだが)。その一方で、その後のパーティーで波乱を起こし、彼の人間臭さを見せる。

それにしても気になるのはエンディングだ。結局のところ、実際の鹿野氏はすでに亡くなっているわけで、はたしてそれをどう見せるのか。そこがとても気になったのだが、心憎いエンディングが用意されていた。両親の姿を通して親子の絆の強さを示すとともに、田中と美咲のその後を描いて温かな余韻を残す。特に劇中で何度か登場していた「カラオケ」に関するエピソードを、ここに持ってきたのにはうならされた。

大泉洋以外の役者も充実した演技だ。個人的に高畑充希の演技力の高さは以前から評価していたが、今回も美咲の変化を見事に体現していた。その相手役の三浦春馬、ボランテイア役の萩原聖人渡辺真起子宇野祥平、両親役の竜雷太綾戸智恵、医師役の原田美枝子、看護師役の韓英恵などもすべて存在感を発揮している。

いわゆる難病もののイメージとは全く違うドラマだ。楽しく笑い、押しつけがましくない感動を味わい、人生や人と人とのつながりなどについてもちょっぴり考えさせられる。今年の締めくくりとしては、なかなか味わい深い映画だった。

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◆「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」
(2018年 日本)(上映時間2時間)
監督:前田哲
出演:大泉洋高畑充希三浦春馬萩原聖人渡辺真起子宇野祥平韓英恵、宮澤秀羽、矢野聖人、大友律、中田クルミ、古川琴音、爆弾ジョニー、竜雷太綾戸智恵佐藤浩市原田美枝子
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://bananakayo.jp/