映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「22年目の記憶」

「22年目の記憶」
シネマート新宿にて。2019年1月7日(月)午後2時35分より鑑賞(スクリーン1/F-13)。

~笑いにまぶして描く金日成の代役にさせられた男と息子との絆

2019年の新年1本目に鑑賞した映画は「22年目の記憶」(MY DICTATOR)(2014年 韓国)。2014年製作の韓国映画がなぜに今頃? という思いはあるのだが、お蔵入りにならなかっただけでも喜ぶべきことかもしれない。何しろこれが予想以上に面白い映画だったのだ。

朝鮮半島の南北分断をネタにした映画である。この手の映画は数々あるが、どれもなかなかの作品揃いだ。本作もヒネリのきいた設定と役者の熱演を中心に、いかにも韓国映画らしい充実した娯楽作品に仕上げている。監督は「ヨコヅナ・マドンナ」「彼とわたしの漂流日記」のイ・ヘジュン。

物語の出発点は1972年。北朝鮮と韓国との間で南北共同声明が発表される。これを受けて近いうちに初の南北首脳会談が実施されることが予想された。そこで韓国は会談に備えた予行演習を行うことを計画した。

どうやら、このあたりまでは歴史的事実に基づいているらしい。だが、そこから先はフィクションを交えて大胆で奇抜な設定を繰り出す。韓国の情報部は南北首脳会談の予行演習のために、なんと北朝鮮の最高指導者・金日成の代役を仕立てようと考えるのだ。そこで白羽の矢が立ったのが、売れない役者のキム・ソングンソル・ギョング)だった。

南北分断を背景にしたドラマというと、何やら社会派のお堅い映画を連想するかもしれないが、そんなことはない。本作は、全編に笑いが満ちた映画なのだ。まずは、金日成の代役候補の役者たちを集めたオーディションで笑わせる。登場する役者たちは、いずれも珍妙な演技を披露して笑いを誘う。

このオーディションによって抜擢されたソングンの訓練風景もユーモラスだ。演劇の教授と反体制派の青年の指導のもと厳しい訓練を受けるのだが、「ジャージャー麺!」と叫びながら金日成を演じるソングンの姿は爆笑モノだ。

その一方で、拷問まがいの態度でソングンに接する情報当局の様子からは、国家権力の恐ろしさも伝わってくる。当時の韓国は、まさに独裁的な政権に向かおうとしているところだけになおさらだ。

ただし、この映画の大きな肝は父子の絆のドラマにある。ソングンはなぜ必死でこの代役にしがみつき、理不尽な訓練にも耐えるのか。それは、ひとえに息子のためなのだ。彼の幼い息子のテシクは、父のことで友達からバカにされていた。おまけに、ようやくつかんだ舞台「リア王」の代役で大失敗し、テシクを落胆させてしまう。だから、「今度こそは」と金日成の代役で名誉挽回を図ろうとしたのだ。

ソングンは必死で役作りに取り組む。ひたすら金日成になり切ろうとする。その挙句に、金日成が乗り移ったような振る舞いを見せるようになる。それはほとんど人格破壊に近いような状況で、観ているうちに背筋が寒くなってくる。だが、会談は幻に終わり、ソングンの努力は水泡に帰すのだった。

後半は、それから22年後のドラマが描かれる。年老いたソングンは過去の記憶を失い、自分を金日成と思い込んでいた。一方、成長した息子テシク(パク・ヘイル)はマルチ商法を展開中。だが、思うようにいかないらしく借金まみれで、取り立て屋に追われる毎日だ。

そんなテシクは当初、父のソングンを完全に無視していた。それには過去のある出来事が関係しており、それが後々明らかになる。だが、ある時、彼はソングンを老人ホームから引き取り、同居生活を始める。それには金にまつわるある目的があったのだ。そこにはテシクの恋人も絡んでくる。

というわけで、後半もユーモア満載だ。言動が金日成そのままの父と、資本主義にどっぷりつかった息子との同居生活は、摩擦だらけの破天荒なもの。父は自給自足を説いて息子にヤギを飼わせたり、スーパーに乗り込んで店長に説教したりする。息子はそれに振り回されて右往左往しながらも、目的達成のために金日成の息子・金正日(今の金正恩の父ちゃんね)のふりをする。これまた無条件に笑えるシーンの連続である。

ソングンを演じた実力派ソル・ギョングの演技は必見だ。外見はまったく似ていないのに、金日成らしさを全身から醸し出す怪演ぶりである。

だが、ただ笑えるだけではない。父ソングンの姿からは、息子への思いが空回りして国家に翻弄された男の悲哀が漂うし、息子テシクの姿からは、親子の断絶を抱えたまま身動きできない男の孤独が感じられる。

はたして2人が絆を結び直す日は来るのか。終盤、テシクは父のことをそれまでとは違った目で見始める。となれば、ストレートに絆の再生を描くのかと思いきや、そこには粋な仕掛けが用意されていた。

クライマックスでは、かつて日の目をみなかったソングンの役者としての花道が用意され、そこから幼き日のテシクと父とのある記憶へとつながっていく(邦題の「22年目の記憶」とはこのことなのだろう)。一世一代の熱演で、あまりにも壮絶な役者魂を息子に示すソングン。それを受け止めるテシク。ここは誰しも感動必至の場面である。

こうして父子の絆の再生を描いてドラマは大団円・・・かと思いきや、その後には後日談も用意されている。そこではもう一つの父と子の絆が提示される。多くの観客が温かく心地よい気持ちになれるエンディングである。

南北分断という悲劇をネタにしながら、笑いにまぶして父と子の絆を描き、涙と感動、そして温かな心持ちを与えてくれる映画だ。やや強引な展開や非現実的な描写などもあるのだが、それもあまり気にならない。払ったお金の分はきっちり元を取らせてくれるのだから、さすが韓国映画である。

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◆「22年目の記憶」(MY DICTATOR)
(2014年 韓国)(上映時間2時間8分)
監督:イ・ヘジュン
出演:ソル・ギョング、パク・ヘイル、ユン・ジェムン、イ・ビョンジュン、リュ・ヘヨン
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.finefilms.co.jp/22nenme/