映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「迫り来る嵐」

「迫り来る嵐」
新宿武蔵野館にて。2019年1月8日(火)午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/B-9)。

~時代に翻弄され破滅へと突き進む男の哀しみ

毎年開催される東京国際映画祭。だが、その上映作品が必ず日本公開されるとは限らない。映画祭の花形のコンペティション部門で賞を獲得した作品でさえ、日本公開されないケースも珍しくない。

そんな状況だから、2017年の第30回東京国際映画祭コンペティション部門に出品された「迫り来る嵐」(暴雪将至/THE LOOMING STORM)(2017年 中国)も、はたして公開されるのか心配だったのだが、このほど無事に公開の運びとなった。

本作は、東京国際映画祭で最優秀男優賞(ドアン・イーホン)と芸術貢献賞をW受賞。アジア・フィルム・アワードでも新人監督賞を受賞するなど高い評価を得ている。それもうなずける秀作である。東京国際映画祭に続いて今回2度目の鑑賞となったが、超ヘヴィー級の作品であることを再確認した。

映画の冒頭、ある男が刑務所を出所する。いったい彼は何をしたのか。その過去が描かれる。

1997年。中国の小さな町の国営工場で働くユィ・グオウェイ(ドアン・イーホン)。彼は保安部の警備員として、工場内で起きる小さな犯罪を取り締まって実績を挙げてきた。その一方で、秘かに本物の刑事になる夢を抱き、知り合いの警部の手伝い(といっても、現場の交通整理みたいなことだが)までしていた。

そんなある日、近所で若い女性の連続殺人事件が発生する。どうやら同一犯の仕業らしい。現場を訪れたユィは、それをきっかけに勝手に捜査に首を突っ込み始める。警部から捜査情報を手にいれたユィは、頼まれもしないのに自ら犯人を捕まえようと奔走するのだ。

この映画でまず目を引くのは、ほとんどが雨の中のシーンだということだ。それが陰鬱な雰囲気を醸し出し、フィルム・ノワール的な世界がスクリーンに展開する。

とはいえ、前半のユィは多弁で軽妙さも感じられる。自分のことを「師匠」と呼ぶ若者を相棒に、前のめりに捜査に首を突っ込む姿からは、バディムービー的な魅力も感じ取れる。

ドラマが大きく動くのは、中盤以降である。そのターニングポイントになるのが、工場から操車場へかけての追跡劇だ。自己流の捜査を続けるうちに、ユィは怪しげな人物と遭遇してその男を追跡する。降りしきる雨。ぬかるみの中を逃げる男。必死で後を追うユィ。スリリングな攻防が展開する。ここでも雨が緊迫感を煽る。

だが、この追跡劇の中でユィは事故で相棒を失ってしまう。そこから先は映画全体のトーンが一気に暗く重たくなる。ユィは次第に事件にからめとられ、そこから逃れられなくなる。それとともに彼の口数は極端に少なくなる。そんな寡黙になったユィの心情を、新人のドン・ユエ監督が繊細に描き出していく。とても新人監督とは思えない手腕だ。

このドラマの背景には、当時の時代の変化が刻み込まれている。それまでの共産主義的な世界から、資本主義へと舵を切る中国経済。各地の工場では経済合理性が優先され、大規模なリストラが行われる。劇中では、それをきっかけに夫婦関係が険悪になり、殺人事件に発展したエピソードも飛び出す。

その波は当然ながら、ユィの工場にも押し寄せる。彼もまた多くの工員たちとともに首を切られてしまう。こうした時代の波が、独特の哀愁や切なさを生み出して、ユィのその後の行動に大きな影を落とす。このあたりの描き方が実に良い。

後半は、ある女性が大きな役割を果たす。ユィがチンピラから助けたことで知り合ったというイェンズ(ジャン・イーイェン)という女性だ。過去の暗い影を背負っているような彼女にユィは惹かれ、2人は距離を縮めていく。そして、ユィは彼女に美容院を開かせる。だが、イェンズが殺人事件の犠牲者に似ていることを知ったユィの行動によって、事態は思わぬ方向に進んでいく……。

終盤に向かうにつれて、ユィの心は狂気を帯びてくる。もはや殺人犯を捕まえることしか彼の頭にはないのだろうか。それともそこに何がしかの愛はあるのだろうか。その心理を余すところなく描くのではなく、余白を残しながら観客の想像力を刺激する描写が見事だ。重厚さと繊細さを併せ持ったタッチである。

だが、いずれにしてもユィの行動はイェンズを絶望させてしまう。それをきっかけにユィの暴走が始まる。一瞬、唐突にも思える暴走だが、実はその直接的な原因となった悲劇が存在したことが提示される。ユィ、イェンズ、それぞれの心情が心に突き刺さって息苦しささえ感じてしまった。

最後に描かれるのは冒頭からつながる後日談だ。時代は2008年。かつての工場が爆破されることが決まる。そんな中、ユィの運命を狂わせた殺人事件の真相が明かされる。あまりにも切なく残酷な事実だった。

ちょうど、その頃、かつてユィが模範工員として表彰された事実を、否定するような証言が飛び出す。あれはすべて幻だったのだろうか。あの一連の事件さえも夢の中の出来事だったのだろうか。そんなことまで思わせられる展開だった。

2008年の大寒波の襲来を告げてドラマは終幕を迎える。重く、苦い余韻が残る映画だった。ほんのわずかなボタンの掛け違いから、若さゆえの野心、愛、そして時代に翻弄されてしまったユィとイェンズ。その哀しみが上映の終わったスクリーンに漂っていた。

前半と後半、さらに老境の主人公の変化を演じ分けたドアン・イーホンに加え、ファム・ファタール的な妖しい魅力を振りまいたジャン・イーイェンの演技も見事だった。

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◆「迫り来る嵐」(暴雪将至/THE LOOMING STORM)
(2017年 中国)(上映時間1時間59分)
監督・脚本:ドン・ユエ
出演:ドアン・イーホン、ジャン・イーイェン、トゥ・ユアン、チェン・ウェイ、チェン・チュウイー
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://semarikuru.com/