映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夜明け」

「夜明け」
新宿ピカデリーにて。2019年1月18日(金)午後2時より鑑賞(シアター7/E-7)。

~過去の傷を抱えた青年と中年男の交流と破綻を繊細に

是枝裕和監督と西川美和監督といえば、たいていの映画ファンなら知っている有名監督だが、その2人が「文福」という制作者集団を起ち上げていたことはまったく知らなかった。その分福に所属し、是枝、西川作品で監督助手を務めた経験を持つ広瀬奈々子監督のデビュー作が「夜明け」(2018年 日本)である。企画協力には、分福とともに是枝、西川両監督の名前もクレジットされている。

映画の冒頭、明け方の橋の上で1人の青年(柳楽優弥)が朦朧とした状態で、河に花束を投げている。それから間もなく、釣りをするためにやってきた哲郎(小林薫)が、河辺に倒れていた青年を見つけ、自宅に連れ帰って介抱する。

やがて回復した青年は、東京の渋谷から来たといい、自らを「ヨシダシンイチ」と名乗る。河辺で足を滑らせたというが、どうやらワケありらしい。哲郎は、特に行く先のあてもないらしいシンイチを引き留め、自分が経営する木工所に連れて行く。哲郎はシンイチに技術を教え、2人は次第に心を通わせていく。

この映画の最大の特徴は繊細な心理描写にある。冒頭から手持ちカメラを多用して、シンイチや哲郎をはじめとする登場人物の心理を、セリフに頼りすぎずに見せていく。手持ちカメラというと、被写体と接近した映像を連想するが、そればかりではない。1人の人物の背中越しにもう1人の人物を映し出すなど、その場に応じた映像を繰り出していく。それがとても効果的だ。

映画の序盤から、哲郎はシンイチを実の息子のように扱う。それもそのはず、彼には暗い過去があったのだ。8年前に彼の妻と息子は交通事故で亡くなっていたのである。青年が名乗った「シンイチ」という名前は、哲郎の今は亡き息子「真一」と同じ名前だった。哲郎はシンイチを息子が使っていた部屋に住まわせる。

哲郎の心には悔恨の思いがある。妻に対しても、息子に対してもわだかまりを抱えたまま、2人は突然目の前から消えてしまった。それゆえ彼の心には、「もっと違う行動をとっていれば・・・」という痛切な思いがあるのだ。だからこそ、息子と同じ名前のシンイチに過剰なほどの愛情を注ぐのである。

一方、シンイチは家族とのトラブルを抱えていることが示唆される。自立できない彼は、哲郎と疑似家族のような生活を送る。髪を真一と同じ色に染め、彼が残した服を着るなど、シンイチは哲郎の息子になり切ろうとする。

ありがちなドラマなら、シンイチと哲郎との絆が次第に強まり、やがてそれぞれが再生していく展開が予想される。だが、本作はそうはならない。待ち受けているのは安易な大団円ではない。

シンイチには過去のまつわる大きな秘密があった。それが噂となって身近な人々の間に流れるようになる。それでも哲郎は徹頭徹尾シンイチに愛情を注ぐのだが、シンイチはその愛情を十分に受け止めきれなくなる。おまけに、シンイチは自らの過去が暴かれる恐怖も抱える。

中盤から後半にかけても、繊細な心理描写が冴えわたる。広瀬監督の演出ももちろんだが、柳楽優弥小林薫の演技が、それに大きく貢献している。ベテラン小林の演技は貫禄タップリだし、柳楽の演技も進境著しい。どちらも、セリフ以外のところで様々な心情を表現する演技であり、彼らなしに本作は成立しなかったといってもいいだろう。

ドラマの大きなポイントの一つは、哲郎の再婚話にある。彼は木工所で事務員をしている子連れの宏美(堀内敬子)と交際しており、結婚も間近だった。だが、その一方で哲郎の心の中では、死んだ妻子のことがいまだに大きなウエイトを占めている。宏美にとってそのことが不安でならない。

そこには当然ながらシンイチも絡んでくる。哲郎はシンイチに息子の影を見て、本物の息子のように接している。それもまた過去にしがみつく哲郎の姿である。

クライマックスは、木工所での哲郎と宏美の結婚パーティーだ。様々な思いを抱えつつも、何とか絆を保ったまま終わるかと思えたドラマだが、突如として大きな破綻を迎える。哲郎とシンイチの思いがすれ違う。

はたして、シンイチはどうしてああした行動を取ったのか。偽物の自分に耐えられないという思いによる行動なのは間違いない。だが、それだけではないような気がする。シンイチがそばにいる限り、哲郎は過去にしがみつくことをやめないだろう。それは哲郎にとって、宏美にとってどういう意味を持つのか。シンイチはそれを考えたのかもしれない。

その後のシーンも鮮烈だ。ひたすら歩くシンイチ(もうそこではすでに彼はシンイチではないのだが)。海に向かって見せる彼の表情があまりにも切ない。

結末は明確ではない。だが、個人的にはけっして暗澹とした結末ではないように思えた。「夜明け」というタイトルも含めて、これから新たな何かが始まることを予感させるラストだった。

正直なところ、これといった驚きや新味のある脚本ではない。物語的にはもうひとヒネリあったほうがよかったとも思う。だが、演出、映像、演技などすべてにおいて、デビュー作としては上々の作品と言えるだろう。今後の広瀬監督に注目したい。

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◆「夜明け」
(2018年 日本)(上映時間1時間53分)
監督・脚本:広瀬奈々子
出演:柳楽優弥、YOUNG DAIS、鈴木常吉堀内敬子、芹川藍、高木美嘉、清水葉月、竹井亮介、飯田芳、岩崎う大小林薫
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ http://yoake-movie.com/