映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「バハールの涙」

「バハールの涙」
新宿ピカデリーにて。2019年1月20日(日)午後1時25分より鑑賞(シアター10/D-9)。

~ISと闘う母の苦悩とたくましさをリアルに見せる

2018年のノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさんは、過激派組織イスラム国(IS)の性暴力から生還し、その非道さを世界に告発した。彼女と同様にISの犠牲者となりながら、脱出後には自ら戦闘に参加してISと闘った女性たちがいる。

そんな女性たちをモデルに描かれた映画が、「バハールの涙」(LES FILLES DU SOLEIL)(2018年 フランス・ベルギー・ジョージア・スイス)である。物語自体はフィクションだが、実際にあった出来事をもとにしているうえに、エヴァ・ウッソン監督が相当に念入りな取材をしたようで、描かれていることすべてにリアリティがある。

物語の語り手は戦場記者のマチルド(エマニュエル・ベルコ)だ。彼女は同じく記者の夫を戦場で亡くし、小さな娘と離れ、戦地で取材を続けている。自らも戦場で爆弾の破片で片目を失い、そのトラウマを抱えている。

そんな彼女が見た戦場らしきシーンが冒頭に登場する。埃まみれになった女性の顔、高く舞い上がる煙など鮮烈な映像だ。そこから一気にスクリーンに引きずり込まれた。それ以降も、印象的な映像が次々に飛び出す。

まもなくマチルドは、イラククルド人自治区に入る。そこで彼女はISと闘う女性部隊のリーダーのバハール(ゴルシフテ・ファラハニ)と出会う。彼女は元弁護士で、夫と息子と幸せな日々を送っていたが、ある日突然ISの襲撃を受ける。男性は皆殺しとなり、バハールの息子は人質としてISに連れ去られ、バハールは妹とともに捕らわれる。やがて脱出に成功したバハールは、女性部隊を結成して戦いの最前線に身を投じたのだ。

ちなみに、ISの戦闘員たちは「女に殺されたら天国に行けない」と信じている。バハールたち女性部隊は、それを逆手にとって闘っているわけで、単にISの犠牲者というだけでなく、たくましさを感じさせる存在でもある。

前半は、戦場での緊迫した場面が描かれる。いつ敵であるISが襲ってくるかわからない中、バハールたちは待機する。本当は、今すぐにでも敵の拠点に向かって進撃したいのだが、男性の司令官は「連合軍の空爆を待て」と反対する。このあたりの男女の対立劇も興味深いところだ。いずれにしても、スクリーンに異様な緊迫感が漂い、観ているこちらもジリジリしてくる。

そうした場面の合間に挟まれるのは、過去にバハールの身に起きた出来事だ。ISの襲撃、夫の殺害、息子の連れ去り、そしてバハールと妹は性奴隷にさせられる。ただし、このあたりの回想場面の描き方は比較的控えめだ。残虐さや非道さを「これでもか!」と煽るようなことはしない。だが、それでも十分に胸をえぐられるような出来事だ。どんな理由付けがあろうと、許されるはずがない。そう実感させられる。

中盤はようやく司令官の許しが出て、バハールたちは地下道を通って敵の拠点に向かう。そこには地雷が仕掛けられている。バハールたちは、捕虜にしたIS戦闘員を先頭に立たせて進んでいく。暗闇の中わずかな光を頼りに進む彼女たち。ハリウッド映画のサスペンス大作も真っ青のとびっきりスリリングな場面が続く。

その後は敵の拠点での銃撃戦が展開する。ここもまた手に汗握る攻防だ。そうなのだ。この映画は、世界の過酷な現実を取り上げたメッセージ性のある作品であるのと同時に、エンターティメントとしての魅力も十分な備わった作品なのである。

スリリングな場面はまだ続く。今度は過去の回想シーンだ。性奴隷となったバハールたちの脱出劇が描かれる。自分を買った男たちの目を盗んで、携帯電話を駆使し、外部とコンタクトを取り脱出を試みる姿は、これまたハリウッド映画顔負けのスリリングさである。しかも、そこでは1人の女性の出産劇も巧みに絡ませる。

その後に描かれるのは親子の情愛だ。はたして、バハールはどうして戦闘員になったのか。そこには大きな目的が存在していた。それは、幼い娘と離れて暮らす女性記者マチルドの境遇とも重なり合う。

それを胸に臨む最終決戦。こここまた破格のスリリングさである。冒頭のシーンとリンクするケレンにあふれた場面には、誰しも感動してしまうはずだ。過酷すぎるバハールの運命だが、そのたくましい生き様と温かな親子愛に触れて、最後は清々しい気持ちになることができた。

とはいえ、この映画はやはりただのエンタメ映画ではない。エンドロールでは、マチルダがバハールについて記した文章が読み上げられる。どうしようもない世界の現状、それを見て見ないふりをする大衆、それでも抗い続ける人々……。「これが今の世界だ!」と叫ぶエヴァ・ウッソン監督が叫ぶ声が聞こえてきそうなエンディングだった。

バハールを演じたゴルシフテ・ファラハニは、アスガー・ファルハディ監督の「彼女が消えた浜辺」で注目され、最近ではジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」でアダム・ドライヴァー演じる主人公の奥さん役を務めていた。今回は、その瞳の奥から悲しみ、怒り、愛情など様々な感情を表現する演技が印象的だった。

一方、女性記者マチルドを演じたエマニュエル・ベルコは、カンヌ国際映画祭女優賞受賞歴のある演技派女優。今回も、深みのある演技で過去の傷を背負いつつ前に進もうとする女性記者を演じていた。

過酷な「世界の今」を活写しつつ、エンタメ性にも配慮した見応えある作品である。

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◆「バハールの涙」(LES FILLES DU SOLEIL)
(2018年 フランス・ベルギー・ジョージア・スイス)(上映時間1時間51分)
監督・脚本:エヴァ・ウッソン
出演:ゴルシフテ・ファラハニ、エマニュエル・ベルコ、ズュベイデ・ブルト、マイア・シャモエビ、エビン・アーマドグリ、ニア・ミリアナシュビリ、エロール・アフシン
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ http://bahar-movie.com/