映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「赤い雪 Red Snow」

「赤い雪 Red Snow」

テアトル新宿にて。2019年2月4日(月)午前11時50分より鑑賞(C-12)。

~鮮烈な映像美で綴る心に傷を負った人々のもつれた糸

ことさらに性別を言い立てるのもどうかと思うが、かつての日本映画で女性監督がめったに活躍できなかったのは事実。しかし、最近は優秀な女性監督が次々に登場している。

そんな中、新たに登場したのが「赤い雪 Red Snow」(2017年 日本)の脚本・監督を担当した甲斐さやかだ。過去に、CMやPV、短編映画などを監督してきたが、長編劇映画は本作がデビューとなる。

少年の失踪事件をめぐるサスペンス・ドラマだ。ある雪の日、一人の少年が姿を消す。その少年を見失った兄の白川一希は、自分のせいだと思いこみ、心に傷を負う。彼の記憶は曖昧で捜査は難航する。その後、近所に住む江藤早奈江(夏川結衣)が容疑者として浮上するが、完全黙秘を貫いた早奈江は無罪となる。

それから30年後、事件の真相を追う記者・木立省吾(井浦新)は早奈江の一人娘・江藤早百合(菜葉菜)を見つけ出し、一希(永瀬正敏)のもとへとやってくる。被害者の兄と容疑者の娘。それぞれ心に傷を持つ2人の出会いによって、運命の歯車が大きく動き始める……。

滑り出しは、比較的オーソドックスな謎解き映画の趣で始まる。ただし、オープニングから鮮烈な映像が飛び出す。白い雪の中をあちらこちらに移動する赤い色。どうやら赤い服を着た誰からしい。赤い色はその後も印象的に使われる。タイトルにもある赤い雪(血?)、主人公の白川一希が漆職人であることから漆の赤い色も登場する。そうしたシーンを中心に映像美が際立つ映画なのである。

全体の構成は、30年後の現在進行形のドラマを描きつつ、事件当時の過去のパートを随所に織り込むというもの。しかも、それは一希と早百合、それぞれの視点から見た過去だ。一希の事件当時の記憶は曖昧で、今もすべてが明確にはなっていない。では、小百合の記憶はどうなのか。そこで、「記憶」という本作のテーマの一つが浮上する。人の記憶の曖昧さが、ドラマの大きなバックボーンとなる。

事件の真相を追うドラマとともに、一希と小百合の心の内も描かれる。2人は事件に翻弄され、今も暗い闇の中をさまよっている。そんな2人の心理をセリフ以外の表情や行動によって、繊細に見せていく。

スクリーンを包む空気のつくり方も巧みだ。降り続く雪、どんよりと垂れこめた低い空、日本海を思わせる荒々しい海。それらが、寒々しく、荒涼とした雰囲気を生み出していく。まるで、一希と小百合の心の内を表現しているかのようである。

後半、一希と小百合が初めて対面することによって、ドラマは大きく動く。それは、謎解きの形を取りつつも、より激しく、深い世界へと入り込んでいく。2人が雪山で、それぞれの情念をぶつけ合うシーンが壮絶だ。

この映画ではすべてが明確に描かれるわけではない。観客の想像力に委ねた部分も多い。おまけに、本作には児童虐待やDV、家庭崩壊、保険金殺人など、様々な要素がテンコ盛りで組み込まれている。時々挟まれる短いショットの中には、何を意味しているのか、一度観ただけではわからなかったものもある。

甲斐さやか監督の脚本は、重厚で力強く魅力的だとは思うのだが、2時間弱という尺を考えたら、もう少し要素を刈り込んでもよかったかもしれない。単に功名心にはやる記者に思えた木立にも、実は深い裏があった・・・などというのは、さすがに十分に描き切れないネタだと思うのだが。

というわけで、やや詰め込みすぎだったり、演出的に十分にこなれていないところもあるのだが、それ以上に甲斐監督の才能を十分に感じさせる作品なのは間違いない。新人監督のインディーズ作品にもかかわらず、大物俳優が出演しているのはそのためだろう。

永瀬正敏はこういう陰のある役がよく似合う。セリフのほとんどない中で、多くのことを表現した菜葉菜の演技も素晴らしい。井浦新夏川結衣なども納得の演技だし、小百合の情夫役の佐藤浩市の半端でないゲスぶりも見事だ。

ラストも心をざわつかせる。誰にでもわかりやすい明確な結末ではなく、観客それぞれの想像力を刺激するラストだ。深い霧の中の一艘の老船。そこに立つ人物。はたして、あれは何を意味するのか。事件とその記憶に翻弄され、彷徨い続けた人物たちの新たな旅立ちを象徴しているのだろうか。それとも・・・。それは観客一人ひとりが考えるしかない。

謎解き映画の形を取りながら、奥深く深遠な世界を展開して見せた甲斐さやか監督。無名の女性監督がこれだけの作品を撮って、それが無事に公開されたのだから、日本映画界も捨てたものではないだろう。甲斐監督の次回作にも期待したい。

 

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◆「赤い雪 Red Snow」
(2017年 日本)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:甲斐さやか
出演:永瀬正敏菜葉菜井浦新夏川結衣佐藤浩市、吉澤健、坂本長利、眞島秀和、紺野千春、イモトアヤコ、好井まさお
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://akaiyuki.jp/