映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ビューティフル・ボーイ」

「ビューティフル・ボーイ」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2019年4月15日(月)午前11時50分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

~果てしなき薬物との戦いを続ける父子の絆のドラマ

日本でも顕在化しつつある麻薬問題だが、アメリカの比ではないだろう。あちらは、まさに深刻な社会問題となっている。映画「ビューティフル・ボーイ」(BEAUTIFUL BOY)(2018年 アメリカ)は美しいタイトルの作品ではあるが、中身は麻薬映画である。もちろんピエール瀧は出ていない。

などと、つまらないジョークを言っている場合ではない。本作は、薬物依存症になった息子と父親の実体験をもとに描かれた回顧録の映画化だ。面白いのは、父親目線と息子目線、それぞれの回顧録をもとにしているところ。ドラマの中心は父親目線だが、息子目線の描写もリアルな映画に仕上がっている。

監督は「オーバー・ザ・ブルースカイ」(すいません。未見です)を手がけたベルギー出身のフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン。そして、製作は「ムーンライト」「それでも夜は明ける」を手がけたブラッド・ピット率いるプランBエンターテインメント。脚本は「LION ライオン 25年目のただいま」のルーク・デイビスが担当している。

優等生で心優しい青年が、ふとしたきっかけからドラッグに溺れ、治療と再発を繰り返した8年の日々を描く。父デヴィッド(スティーヴ・カレル)にとって自慢の息子だったニック(ティモシー・シャラメ)。だが、やがてドラッグに手を出してしまい、気づいたときには依存症で抜け出せない状態に陥っていた……。

映画の冒頭で父親が相談相手に語る。「息子が別人になったみたいだ」と。もちろんこれは麻薬に溺れた状態を指してはいるのだが、成長とともに変化する子供に対して、親が一般的に抱く戸惑いでもある。このことからもわかるように、本作は麻薬映画ではあるのだが、それを越えてより一般的な親子の関係にも広がりを見せる。それが観客の共感につながるのではないだろうか。

前半は、施設に入所したり出たり、治ったかと思ったらまた再発したりと苦難の道を歩むニックと、更正を信じて彼を懸命にサポートするデヴィッドの姿が描かれる。そこで特徴的なのが、時制を行き来して、かつてのニックの姿を効果的に挿入しているところ。

幼い頃は素直な良い子だったニック。デヴィッドはもちろん、その再婚相手のカレン、そして2人の間に生まれた幼い弟と妹とも仲良く暮らしていた。お互いに別れる時には「すべて」と言い合うなど父子は強い絆を結んでいた。その一方で、ニックは軽い気持ちで麻薬に手を染め、どんどんのめり込んでいく。

ニックが麻薬に手を出した原因が明確に示されるわけではない。「こうあって欲しい」という父親とのギャップ。両親の離婚。思春期らしい繊細な感情。様々な要素が描かれているが、けっしてどれかが決め手になるわけではない。まあ、早い話が誰でも下手をすればそうなってしまうということなのだろう。麻薬とはそれほど恐ろしいものなのだ。

それにしてもセリフ以外の部分も含めて、父子の感情の揺れ動きをリアルに見せていくところが見事である。麻薬の迷路から何とか抜け出そうとするものの、どうしても脱出できないニック。懸命に支えるが、そのたびに裏切られて疲弊していくデヴィッド。それぞれの心中が伝わってきて思わずグッとなってしまう。

父のデヴィッドを演じるのはスティーヴ・カレル。コメディー出身ということもあり、もともとは「フォックスキャッチャー」「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」などアクの強い役が似合っていたが、最近は「30年後の同窓会」や今回の役のような抑制的な演技にも磨きがかかっている。

そしてニックを演じるのは「君の名前で僕を呼んで」のティモシー・シャラメ。まさしく美形の彼が、麻薬によってどんどん落ちて苦悩する青年をきめ細かく演じている。麻薬以前と麻薬以降の対照的なたたずまいが、何とも切なく感じられる演技である。

効果的に使われる音楽も2人の感情描写をより際立たせる。タイトルにもなっているジョン・レノンの『ビューティフル・ボーイ』、ニール・ヤングの『孤独の旅路』など、どれも場面度面に合った使われ方だ。麻薬という魔物にとりつかれるニックの背景に流れる重低音の効果音なども印象的だ。

中盤、実母などの支えによって本当に立ち直ったかに見えるニック。デヴィッドや継母、妹弟とも再びキラキラした日々を送る。だが……。

ふとしたことで再び転落してしまうニックの姿から、またしても麻薬の恐ろしさが伝わってくる。それも明確な理由によるものではない。ほんのちょっとした寂寥感などがきっかけで、彼を再び奈落の底に突き落としてしまうのである。脳の欠損などについての言及もあり、この手の薬物依存症が意志の強さなどと関係のない、明らかな病気であることが理解できる。

終盤、デヴィッドはもはやどうしようもなくなり、ついにニックに対するサポートをあきらめる。はたして、その先に待つのは何なのか。

ラストはけっして暗いばかりではない。ほんの薄明かりを灯して終わる。そしてエンドロール前に、実際のニックがどうなっているのかが語られる。恐ろしい薬物依存だが、けっして絶望してはいけないということなのだろう。

同時に、アメリカの薬物依存の過酷な現状も語られる。それに対する危機感こそが、製作者たちがこの映画を作った動機かもしれない。

過酷な薬物依存の現実をあぶりだしつつ、それにとどまらない親子の対立と絆まで描いたドラマである。子供のいないオレでもけっこうグッときたのだから、子供がいる人ならさらに心を揺さぶられそうだ。

 

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◆「ビューティフル・ボーイ」(BEAUTIFUL BOY)
(2018年 アメリカ)(上映時間2時間)
監督:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン
出演:スティーヴ・カレルティモシー・シャラメモーラ・ティアニー、ケイトリン・デヴァー、エイミー・ライアン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://beautifulboy-movie.jp/