映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ある少年の告白」

「ある少年の告白」
シネマカリテにて。2019年4月22日(月)午前11時15分より鑑賞(スクリーン1/A-8)。

~同性愛に「治療」を施すアメリカの驚愕の事実

昔に比べて同性愛者に対する理解は、ずいぶん進んだはず……。そんな思いを吹き飛ばす映画が登場した。自身の体験を記したガラルド・コンリーの原作を映画化した「ある少年の告白」(BOY ERASED)(2018年 アメリカ)である。監督は、俳優であるジョエル・エドガートン。2016年のサスペンス・スリラー「ザ・ギフト」に次ぐ監督第2作目となる。

映画の冒頭は、幼い男の子を撮影したホームビデオ。これ以上ないほどのかわいらしさだ。いかにもお涙頂戴映画のオープニングのようだが、そうはならない。全体のタッチは抑制的。ショッキングな内容だが、殊更にそれを煽り立てるようなことはしない。

続いて映るのは、冒頭の男の子の成長した姿。アメリカの田舎町に住む大学生のジャレッド(ルーカス・ヘッジズ)だ。だが、どうも様子がおかしい。牧師の父マーシャル(ラッセル・クロウ)と母ナンシー(ニコール・キッドマン)との間に気まずい空気が流れている。

その直後、ジャレッドは母とともにある場所へと向かう。そこは同性愛の矯正プログラムを実施する施設。キリスト教保守派的な思想の下で、同性愛をアル中や薬物依存と同じ罪として扱い、それを「治す」というのだ。同性愛は生まれついてのものではなく、後天的なものだともいう。何じゃ?それ。である。

それにしても、どうしてジャレッドはこのプログラムに参加することになったのか。その経緯はなかなか明かされない。両親との対立や葛藤も序盤では描かれない。そこもまた劇的な要素を極力排そうという意図を感じる。

それに代わって描かれるのは、矯正プログラムの実態だ。それを抑制的に見せていく。口外禁止のプログラムの内容はメチャクチャだ。学問的な裏付けなど何もないことを延々と続ける。自己の体験を洗いざらい語るよう強要し、男性には肉体改造トレーニングも課す。はては、体罰まがいのことも平気で行う。個人の尊厳や人権などかけらもありはしない。しかも、やっかいなのは、実施者たちが完全なワルとは言えないことである。

施設の所長であるヴィクター(監督を務めたジョエル・エガートンが自ら演じる)は、入所者たちを本当に病気だと思い、それを救おうと熱心に行動する。明らかに間違いだらけの行動だが、動機に不純さや悪意はあまり感じられない。

一方、ジャレッドの両親も息子を救おうと思い行動する。父のマーシャルには、牧師としての体面を重んじる背景もあるにはあるが、当然ながら息子への愛も主要な動機として存在する。息子に付き添ってホテル住まいをする母のナンシーに至っては、まさに無償の母の愛である。

そしてジャレッドはじめ入所者たちも、当初は「自分は病気だ」「絶対に治るんだ」と信じている。抑制的な描写だからこそ、そんな入所者たちや親たちの苦悩がよけいにリアルに見えてくる。劇中には、「同性愛は病気ではない」と語る女医も登場するが、彼女もそれ以上のことは何もできない。そこがどうにも切ない映画なのである。

中盤以降は、現在進行形で矯正プログラムの実態を暴露するのと並行して、ジャレッドの過去が挟まれる。高校時代に親公認の彼女がいたものの、うまくいかなかったこと。大学でゲイの男との間である出来事が起き、そこから自身の同性愛が露見したこと。それがプログラム参加のきっかけとなったこと、などなど。

当初は、矯正を信じていたジャレッドだが、やがて大きな疑問を感じ始める。プログラムの内容もどんどん過激化してくる。そして、ついに破たんを迎える。

終盤は、親の愛と家族のドラマの色合いが強くなる。ナンシーの圧倒的な愛がジャレッドに注がれる。また、4年後の後日談では、父のマーシャルとジャレッドの葛藤と、絆の再生に向けたささやかな光が見える。

このあたりは、マーシャルの変化がやや唐突にも思えるし、無理やり感動に持っていくあざとさも感じないではないが、そこはかとない感動と余韻が残るのは確かである。

ジャレッドを演じたのは、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたルーカス・ヘッジズ。主人公の葛藤をリアルに演じている。すっかり貫禄が出た父マーシャル役のラッセル・クロウ、相変わらず美しい母ナンシー役のニコール・キッドマンも、抑制的ながら存在感のある演技を見せている。最近はもっぱら監督として評価の高いグザヴィエ・ドラン、シンガーソングライターのトロイ・シヴァン、「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」のフリーら脇役の演技も光る。

そして、この映画で絶対に見逃していけないのがエンドロール前の字幕だ。途中までオレは「いったいこれはいつのドラマなのだ? 30年ぐらい前かしらん」と思っていたのだが、そんな考えをぶっ飛ばす事実が明かされる。思わずオレは叫んでしまった。「ダメだ。こりゃ」。

劇中でジャレッドは何度も車から手を出して、ナンシーに「危ない」と叱られる。それは、周囲の呪縛から自由になって、本当の自分をさらけ出したいという彼の思いを象徴した行動だったのだろう。「自分自身」であることはけっして誰にも曲げられない。そんな当たり前のことを再認識させられた映画である。

 

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◆「ある少年の告白」(BOY ERASED)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間55分)
監督・脚本:ジョエル・エドガートン
出演:ルーカス・ヘッジズニコール・キッドマンジョエル・エドガートン、ジョー・アルウィングザヴィエ・ドラン、トロイ・シヴァン、テオドール・ペルラン、チェリー・ジョーンズ、フリー、ラッセル・クロウ
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://www.boy-erased.jp/