映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「荒野にて」

「荒野にて」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2019年4月29日(月・祝)午後2時5分より鑑賞(シアター3/A-2)。

~馬と荒野を旅する少年の苦難と成長の記録

ドラマを盛り上げる意味では、キャラクターはシンプルでわかりやすいほうが良いのかもしれない。だが、それによって深みがなくなってしまうこともある。実際の人間は複雑でわかりにくい存在なのだから。

「荒野にて」(LEAN ON PETE)(2017年 イギリス)は、シャーロット・ランプリングトム・コートネイが共演し、第65回ベルリン国際映画祭銀熊賞をダブル受賞(最優秀女優賞、最優秀男優賞)した「さざなみ」のアンドリュー・ヘイ監督による作品。少年の成長を描くロードムービーだが、そこに登場する主要キャラはいずれも様々な側面を持つ。けっして単純な人物像は提示されない。それが、この映画に深みと味わいを加えている。

原作は、アメリカ・オレゴンを拠点に活動する作家・音楽家のウィリー・ヴローティンの小説。だからというわけではないが、まさに良質の小説を読んだような気持ちになれる映画だった。

主人公の15歳の少年チャーリー(チャーリー・プラマー)は、幼い頃に母が家出して、父と2人暮らし。孤独な日々を送っている。などというと、父親は愛情のかけらもないヒドイやつだと思うかもしれないが、そうではない。父はチャーリーを心から愛している。だが、その一方で女癖が悪く、その日暮らしの生活をしていた。そのせいか、たびたび転居している。だから、チャーリーには友達もいない。

ある日、チャーリーは家の近くに競馬場があるのを知り、そこの厩舎のオーナー、デル(スティーヴ・ブシェミ)と知り合う。そして、家計の助けになればと競走馬リー・オン・ピートの世話を始める。

このデルも一筋縄ではいかない人物だ。口うるさく、馬に薬物を与えてレースに勝とうとするなど汚いこともやる。その反面、チャーリーに約束以上の報酬を与えたりもする。どうやら複雑な過去を持つ人物のようである。

また、デルの知り合いの女性騎手ボニー(クロエ・セヴィニー)も、様々な過去を抱えているらしい。彼女はチャーリーに温かく接し、母親のような存在になる。だが、こと競馬になれば非情になる。リー・オン・ピートを溺愛するチャーリーを「競走馬はペットじゃない」といさめるのだ。

この2人を通して、チャーリーは人生を学ぶ。2人は人生の温かさと同時に、それが簡単なものではないこと、時には思い通りにならないことを身をもって教えるのだ。デルを演じるスティーヴ・ブシェミ。ボニーを演じるクロエ・セヴィニー。いずれもインディーズ映画を中心に活躍する個性派俳優だ。そんな2人が演じるから、その役柄にますます説得力が生じる。

ただし、チャーリーが本当に成長するのは、中盤に訪れる大きな転機がきっかけだ。女癖が悪かった父親が、愛人の夫に殺されてしまう。このままでは身寄りのないチャーリーは施設に送られてしまう。さらに、デルは勝てなくなったリー・オン・ピートの殺処分を決める。ボニーに助けを求めるものの、彼女はそれを拒否する。

そこでチャーリーは、リー・オン・ピートをトレーラーに乗せて旅に出る。目的地は唯一の親戚である伯母がいるはずの土地だった。だが、伯母はそこにはいないことがわかる……。

後半は、馬連れで旅するチャーリーによるロードムービーとなる。そこでは様々なことが起きる。ろくな金も持たないチャーリーは、レストランで無銭飲食をして捕まる。また、車が故障して馬と徒歩で旅するはめになってしまう。謎の家族と出会ったりもする。はては悲しい別れもある。それらを通してチャーリーは成長していく。

邦題の「荒野にて」というのは、まさにチャーリーが旅する荒野のことだろう。その雄大かつ厳しい風景が、圧倒的な映像で描かれる。それがチャーリーの成長を印象深いものにする。

とはいえ、「事件→成長」というようなわかりやすい図式はない。描き方は抑制的で、チャーリーの変化も明確に刻まれるわけではない。だが、その表情一つ一つから、彼が何を思い、どう変化していったかが自然に伝わってくる。

終盤チャーリーは、荒野から都会に足を踏み入れる。そこもまた過酷な場所だった。そして、ここでも思いもよらない体験をする。それまでにはなかった激しい感情を抱く場面もある。

はたして、チャーリーは叔母とめぐり合うことができるのか。詳しい結末は伏せるが、ラストもまたチャーリーの心情がよく伝わってきて、切なさと温かさが同時に感じられた。そこはかとない感動と余韻が残るエンディングである(展開としてやや出来過ぎの感もないではないが、それほど違和感はなかった)。

チャーリーを演じたのは、「ゲティ家の身代金」にも出演したチャーリー・プラマー。あの時はそれほど印象に残らなかったのだが、今回は繊細な演技が光る。セリフはもちろん、その一挙手一投足から主人公の心の内面が伝わる演技だった。この映画で、第74回ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞したとのこと。今後が要注目の若手俳優だ。

 

f:id:cinemaking:20190502214544j:plain

◆「荒野にて」(LEAN ON PETE)
(2017年 イギリス)(上映時間2時間2分)
監督・脚本:アンドリュー・ヘイ
出演:チャーリー・プラマー、クロエ・セヴィニー、トラヴィス・フィメル、スティーヴ・ザーンスティーヴ・ブシェミ
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/kouya/