映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「轢き逃げ 最高の最悪な日」

「轢き逃げ 最高の最悪な日」
ユーロスペースにて。2019年5月12日(日)午後2時より鑑賞(スクリーン2/D-9)。

~轢き逃げ事件を巡る心理ドラマとサスペンス。水谷豊監督のオリジナル作品

テレビドラマ「相棒」シリーズでおなじみの俳優・水谷豊は、2017年の「TAP THE LAST SHOW」で監督デビューを飾っている。それに続く監督第2作が「轢き逃げ 最高の最悪な日」(2019年 日本)である。今回は脚本も自ら担当している。

実のところ「TAP THE LAST SHOW」は未見。本作も最初は観る予定ではなかったのだが、インディーズ系を中心に秀作を上映する東京・渋谷のユーロスペースでの公開というので、興味を引かれて足を運んだのである。

ネタとしてはかなり重く暗い話だ。タイトルを見ればわかるように「轢き逃げ」を巡るドラマ。とはいえ、ただ重く暗いばかりではなく、エンタメ性も担保した作品だ。人間ドラマに加え、サスペンスの要素を前面に押し出している。

冒頭、ある地方都市の俯瞰から一人の青年にフォーカスする。全力で街を走る森田輝(石田法嗣)。彼が向かったのは、大手建設会社の同僚で親友の宗方秀一(中山麻聖)が待つ車。慌てて輝が助手席に乗り込み、車はスタートする。秀一(中山麻聖)は、勤務先の副社長の娘である白河早苗(小林涼子)との結婚式を目前に控え、その打ち合わせへ向かうのだ。輝は式の司会を務めることになっていた。

だが、輝の遅刻が原因で約束の時間に遅れそうになったことから、2人は抜け道を通ることにする。慣れない道をかなりのスピードで飛ばす秀一。次の瞬間、車は若い女性をはねてしまう。周囲に誰もいなかったことから、秀一と輝はその場を立ち去り、そのまま打ち合わせへと向かう。この轢き逃げ事件がドラマの発端だ。

前半は、犯罪の露見を恐れる秀一と輝の心理を中心に見せる。いつバレるかと気が気でない動揺が巧みに描かれ、緊迫感が漂う。罪の意識に苦しみつつ目の前の幸せを捨てられずに、目前の結婚式に集中しようとする秀一の心理もきっちりと描かれて、見応えがある。映像的にも細かな工夫があちこちに施され、人間ドラマを盛り上げる。

その一方で、秀一の結婚に関連して、勤務先の建設会社の勢力争いを描く構図は、ありきたりでつまらない。その後の展開に深くかかわるようなこともないし、もっとあっさり描いてもよかったのではないか。

その後、秀一と輝の周辺では謎の脅迫状や結婚式での電報など、不思議な出来事が相次ぎ、事件は複雑な様相を呈し始める。それを背景に、2人はどんどん追い詰められていく……かと思いきや、秀一と輝はベテラン刑事の柳公三郎(岸部一徳)と新米刑事の前田俊(毎熊克哉)によってあっさり捕まってしまう。

あれまあ、こんなに早く事件が解決して、この先いったいどうするのだろう。と思ったところで、今度は被害者の両親である時山光央(水谷豊)と千鶴子(檀ふみ)が登場する。当然ながら2人は悲しみに暮れていた。特に光央の憔悴ぶりはひどく、その胸中には犯人に対する怒り、絶望、復讐心などが渦巻いている。事件現場の地面を手で触れる光央の姿からは、彼の心理がダイレクトに伝わって切ない。

ここでオレが考えたのは、被害者家族VS加害者という構図だ。それを通して、罪と罰、復讐と許しなどの深淵なテーマを追求したのが瀬々敬久監督の「ヘヴンズ ストーリー」だが、それと似たような展開を予想したのだ。だが、実際は予想とはかなり違う展開に突入していく。

いや、もちろんそうした要素もあるにはある。だが、それと同時に大きな要素を占めるのが事件に隠された謎を探るサスペンスだ。

光央と千鶴子は、刑事の柳と前田から遺品を返却される。その際、「娘さんの携帯電話が見あたらない」と報告を受ける。いったい携帯電話はどこに消えたのか。光央はその行方を探すとともに、娘の日記なども手掛かりに、なぜ彼女が当日あの現場にいたのかという謎に迫っていくのだ。

もはや娘は生き返らない。それでも彼女に関する謎を追うしかない。それしか自分にできることはない。そんな光央のやるせない心理がひしひしと伝わってくる場面が続く。そして、その果てに驚愕の事実と、轢き逃げ事件の背後にいる人物が浮上する。

この人物については、個人的には途中で予想がついてしまったのだが、それでも意外性はそれなりにあるだろう。よくよく考えれば、その人物の過去の言動がここに至る伏線になっているあたりも、よく組み立てられていると思う。

ただし、全体的に心理ドラマ、人間ドラマとしてのツッコミの浅さも感じてしまった。この映画には、深いテーマがいくつも横たわっている。すでに述べた罪と罰、復讐と許しなどに加え、終盤では「嫉妬」というテーマも加わる。そこにエンタメ的な要素もたくさん盛り込んでいるので(光央が真相を突き止める場面などではアクションシーンまで登場する)、それらを余すところなく描くのは、さすがに難しかったのかもしれない。

とはいえ、けっしてただのエンタメ作品に終わらせないという意図は、ラストにも明確に表れている。千鶴子と秀一の新妻・早苗を対面させ、罪や嫉妬に関する様々な問いを観客に投げかける。そこで披露される秀一の手紙が秀逸だ。

脚本的にはやや物足りなさを感じたものの、さすがに監督第二作ということで水谷豊の演出は見事だと思う。特に役者を十二分に活かす演出が光る。主役の中山麻聖石田法嗣に加え、水谷自身も含めて、檀ふみ(久々に見たが、その佇まいが実に良い!)、岸部一徳などの脇役が、いずれも味のある演技を披露している。

何よりも、原作ものの映画全盛のこの時代に、オリジナル脚本の作品を送り出した水谷豊の気概が素晴らしい。そこに素直に拍手したい。

 

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◆「轢き逃げ 最高の最悪な日」
(2019年 日本)(上映時間2時間7分)
監督・脚本:水谷豊
出演:中山麻聖石田法嗣小林涼子、毎熊克哉、水谷豊、檀ふみ岸部一徳
有楽町スバル座新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.hikinige-movie.com/