映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「リトル・フォレスト 春夏秋冬」

「リトル・フォレスト 春夏秋冬」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2019年5月18日(土)午後12時25分より鑑賞(スクリーン3/D-3)。

~美味しい料理と美しい自然の風景と若者たちの迷い

2006年の日本映画「かもめ食堂」をはじめ、料理に焦点を当てた映画はたくさんある。そのどれもが、いかにも美味しそうな料理が映し出されて、観る者の目を楽しませてくれる。日頃の食事をインスタントや出来合いの惣菜に頼っているオレのような人間にとっては、なおさらである。

「リトル・フォレスト 春夏秋冬」(LITTLE FOREST)(2018年 韓国)は、五十嵐大介の同名人気コミックスが原作。すでに日本では、森淳一監督、橋本愛主演による2部作として2014年と2015年に公開されている。それを韓国で1本の映画として再映画化した。

舞台となるのは自然に囲まれた田舎の村。ある冬の日、主人公のヘウォン(キム・テリ)が、故郷であるこの地に戻ってきたところからドラマが始まる。だが、彼女は自分が戻ってきたことを誰にも明かさずにいる。実は、大都会のソウルで暮らしていたヘウォンは、就職にも恋愛にもつまずき、逃げるようにして帰郷したのだ。

とはいえ、そこは小さな村。幼なじみのジェハ(リュ・ジュンヨル)とウンスク(チン・ギジュ)は、すぐにヘウォンの帰郷を知る。2人はたびたびヘウォンの家を訪れるようになる。そんな3人の交流を、季節の移ろいの中で描いたのが本作である。

この映画で最も特徴的なのが料理だ。ヘウォンはジェハ、ウンスクとともに農作物を育て、旬の食材を使って一食一食を丁寧に作る生活を始める。蒸し餅、パスタ、はてはマッコリ酒まで、新鮮な食材から作られる数々の料理の美味しそうなことといったら、まさに垂涎もの。そんな料理を見ているだけで、楽しい心持ちになってくるのである。

そして、この映画のもう一つの特徴が、四季折々の美しい風景だ。冬にヘウォンが帰郷し、春、夏、秋へと季節が移り、再び冬を迎えるまでを、鮮烈な映像で綴っている。自然の豊かさと美しさ、そしてちょっぴり怖さも織り交ぜつつ映し出される。特に光を効果的に使った映像が印象深い。

ただし、料理や自然の風景だけが魅力の映画ではない。人間ドラマもきちんと描かれる。日本版は未見だが、聞くところによると本作は日本版よりも、人間ドラマを前面に押し出しているらしい。いったいどんなドラマなのか。それはヘウォンを中心に、ジェハ、ウンスクも含めた3人の若者の迷いと成長のドラマである。

都会で就職にも恋愛にもつまずいて帰郷したヘウォンは、これからどう生きるべきか迷っていた。当初は「すぐにソウルに戻る」と言っていたが、なかなか踏み出すことができない。恋人との関係も宙に浮いたままだ。

そしてヘウォンには、もう一つの大きな迷いがある。それは母親との確執だ。父の死後、母と共に暮らしていた彼女だが、大学進学を前に母は姿を消して、音信不通となってしまった。そのことに対するわだかまりが、彼女の心を大きく支配していた。

ヘウォンにとって母親との思い出の多くは、料理に関係している。そこで料理を切り口に、かつての回想を織り交ぜつつ、現在の彼女の心の揺れをリアルに見せていく。全体の構成は、ヘウォン自身の独白によって進行されるが、自らの感情を全て吐露するような野暮なことはしていない。余白を残した演出になっている。

一方、幼なじみの青年ジェハは、大学を出て会社勤めをしていたものの肌に合わず、故郷に戻って農業をしていた。また、同じく幼なじみの女性ウンスクは、ずっとこの地で暮らし、地元の農協で働いていた。2人もまた、自分の生き方や恋愛に悩みを抱えている。

そんな3人を見つめる視線はとても温かい。ウンスクのひょうきんなキャラを活かした笑いなど、ユーモアも全編に散りばめられている。ジェハをめぐるヘウォンとウンスクによる恋のさや当てのような場面もある。

やがてヘウォンの母に対する思いは変化していく。そして、再び冬を迎える頃に彼女は、新たな一歩を踏み出す……。

ヘウォンの成長を示しつつ、余白を残したラストも後味がよい。はたして、あの開いた窓の向こうには、何があるのだろうか。あれこれと想像させるラストである。

それにしても、これだけたくさんの要素を詰め込みながら、窮屈さがまったくないのだから感心する。日本版が2部作なだけに、なおさらその鮮やかな手際が目立つ。料理、自然人間ドラマ、笑いなどが過不足なく配されたエンタメ度の高い作品になっている。

ヘウォンを演じたキム・テリは、パク・チャヌク監督の「お嬢さん」にオーディションで起用され、一躍注目された若手女優。今回は等身大の女性を生き生きと演じている。幼なじみの2人を演じたリュ・ジュンヨル、チン・ギジュ、母親役のムン・ソリも味のある演技である。ついでにヘウォンが世話する白い犬も好演!

ただの癒し系映画と思うなかれ。突出した部分や驚きがあるわけではないが、クスクス笑って、若者たちに共感し、最後には温かな気持ちで映画館を後にできるはず。

ただし、美味しそうな料理が空腹感を増幅させることは確実なので、そこはぜひご注意を。

 

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◆「リトル・フォレスト 春夏秋冬」(LITTLE FOREST)
(2018年 韓国)(上映時間1時間43分)
監督:イム・スルレ
出演:キム・テリ、リュ・ジュンヨル、ムン・ソリ、チン・ギジュ
*シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ http://klockworx-asia.com/little-forest/