映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「嵐電」

嵐電
テアトル新宿にて。2019年5月31日(金)午前11時40分より鑑賞(C-11)

~リアルとファンタジーを行き来しながら描く電車と3組の男女の恋愛模様

色々と忙しくて1週間ぶり以上の映画館。それがまたミニシアターというのが、いかにも……なのだが。

鉄道を素材にした映画はたくさんある。列車や駅は、それだけで画になるから魅力的な素材なのだろう。今回鑑賞した「嵐電」(2019年 日本)は、京都市四条大宮、嵐山、北野白梅町を結ぶ路面電車京福電鉄嵐山線嵐電=らんでん)を舞台にした作品だ。

同じく関西地区の鉄道を舞台にした映画といえば、「阪急電車 片道15分の奇跡」(2011年)あたりを思い浮かべるが、本作は実にユニークな作品になっている。もちろん電車や駅、さらには嵐山などの周辺のスポットの様々な表情が見られる映画なのだが、けっして単純な電車映画でも、観光映画でもないのである。

ドラマは3組の男女の恋愛模様を描く。鎌倉からやって来た作家の平岡衛星(井浦新)は、嵐電の線路のそばに部屋を借りて、嵐電にまつわる不思議な話について取材を始める。彼と妻・斗麻子(安部聡子)は、かつて一緒に京都を旅行したことがある。だが、現在の夫婦関係には何やらギクシャクしたものがあるようだ。

一方、電車を8ミリカメラで撮影する地元の少年・有村子午線(石田健太)は、修学旅行で青森から来た女子学生・北門南天(窪瀬環)に好意を寄せられる。子午線がいくら邪険に扱っても、南天はあきらめようとしない。

そして、太秦撮影所の近くにあるカフェで働く小倉嘉子(大西礼芳)は、撮影所に弁当を届けたことをきっかけに、東京から来た俳優・吉田譜雨(金井浩人)に京都弁の指導をすることになる。譜雨は嘉子を嵐山に誘うのだが……。

鈴木卓爾監督は役者としても活躍しており、最近では瀬々敬久監督の「菊とギロチン」で、韓英恵扮する女相撲の力士に入れあげる魚売りを好演していた。監督としては、「私は猫ストーカー」「ゲゲゲの女房」などの作品がある。

本作は、ありふれた日常を描きつつも、そこに留まらない自由なタッチが印象的な作品だ。現実と非現実、過去と現在の境界が曖昧な独特の世界が展開する。

例えば、平岡が鎌倉に残してきた斗麻子からの電話を受けていると、いきなり斗麻子がその部屋に出現する。どうやら、かつて2人で京都旅行した時の回想のようだが、現在と過去の間にまったく境界線はない。

あるいは、嘉子と譜雨が電車で隣り合って座っていると、次の瞬間、譜雨が目の前から消えてしまう。終盤近くでは、嘉子の肉体から心が離脱してしまうような場面まで登場するのである。そんなふうに全編に渡って、リアルとファンタジーの境目が曖昧な作品なのだ。

路面電車が舞台ということもあり、全体がノスタルジックで温かな空気感に包まれた映画だ。その一方で、恋愛絡みでドキッとさせられたり、ハッとするほど美しいシーン(駅頭でのラブシーンは絶品の美しさ)、そして悲しいシーンなどもある。

思わず笑ってしまうユーモラスなシーンもある。譜雨が出演するのは破天荒なゾンビ映画だし、そこにはなぜかウェイトレス役で嘉子が出演していたりもする。また、嵐電の不思議な話に絡んで登場する謎の電車には、キツネ女とタヌキ男が乗務している。物の怪の妖しさを漂わせると同時に、そこでなぜか夫婦漫才が繰り広げられ、思わず笑ってしまうのだ。

こうして詰め込まれた様々な要素にも、明確な境目はないように思われる。一見、雑多に並べられたようにも思えるのだが、そこから登場人物たちの心の機微がしっかりと伝わってくる。以前とは変わってしまった妻との関係に戸惑う平岡。ほとんどストーカーにも近い南天のアタックにどうしてよいかわからない子午線。

そして何よりも、嘉子の揺れ動く心が繊細に描かれる。明確には語られないのだが、彼女は家族に関して何かを抱えているらしい。そんな中、自分に自信がなくて他人との関係がうまく築けない彼女の前に、突然、不思議な魅力を持つ譜雨が現れる。彼の一挙手一投足に、嘉子の心は千々に乱れ変化する。その思いがヒシヒシと伝わってきて、こちらの心も一喜一憂させられるのである。

嘉子を演じた大西礼芳(あやか)は、前述の「菊とギロチン」でも女相撲の力士として存在感を見せていたが、今回は繊細な感情表現が光る素晴らしい演技だった。

かつての嵐電の風景などの映像も織り込みつつ、ドラマは終幕へと向かう。そこに登場するのは、ある種の後日談だ。3組の男女の恋愛模様に新たな変化がみられる。それがまた驚きの展開だったりするところも、いかにもこの映画らしい。そして、よくよく考えれば、この後日談もまた、現実のものとも非現実のものとも、いかようにも解釈できるように思われるのだ。

本作は、2016年より鈴木監督が准教授を務める京都造形芸術大学映画学科のプロジェクト“北白川派”により製作されたという。だからこそ、これほど自由でおおらかな映画ができたのかもしれない。

日常と非日常を絶妙のバランスで行き来しながら、人々の心の機微を描き出した味のある作品だ。他の作品にはない魅力がある。小品ながら一見の価値はあると思う。

 

f:id:cinemaking:20190601205458j:plain

◆「嵐電
(2019年 日本)(上映時間1時間54分)
監督:鈴木卓爾
出演:井浦新大西礼芳、安部聡子、金井浩人、窪瀬環、石田健太、福本純里、水上竜士
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.randen-movie.com/