映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「エリカ38」

「エリカ38」
池袋シネマ・ロサにて。2019年6月9日(日)午後1時35分の回(シネマ・ロサ2/G-11)。

浅田美代子の好演が光る底知れぬ顔を持つ女の壮絶な人生

浅田美代子といえば、テレビの「時間ですよ」のお手伝い役でデビューして以来、明るく可愛い女の子というイメージが定着した。その後も映画「釣りバカ日誌」の浜ちゃんの奥さん役やバラエティー番組でのトークなどで、明るくひょうきんなイメージは、年をとっても変わらない。そんな中、イメージを覆す悪女役に挑んだのが映画「エリカ38」(2019年 日本)である。

実はこの映画、2018年9月に他界した樹木希林が生前、プライベートでも親交が深かった浅田美代子のためにと、自ら企画を手がけた作品だ。樹木はかねてから、ワイドショーなどで取り上げられる悪女を見て、「こういう役をやればいいのよ」と浅田に勧めていたという。おそらく、浅田の持つ役者としての奥の深さを評価して、それを発揮する場を作ってあげたいと感じたのではなかろうか。

実年齢を20歳以上も詐称し、巨額の投資詐欺に手を染め、最後は異国で逮捕された女の半生を描いた、実話をもとにしたドラマである。タイトルにある「エリカ」とは主人公の聡子が自称した名前。そして「38」は自称した年齢だ。

水商売をしながらネットワークビジネスを手がける渡部聡子(浅田美代子)は、喫茶店で偶然知り合った女性・伊藤(木内みどり)の紹介で、平澤(平岳大)という男と出会う。平澤は国境を超えたビジネスを展開しているという。そして、途上国への支援事業の名目でたくさんの人を集めて、投資話で大金を集めていた。

この平澤の話が面白い。いかにももっともらしい理想を語り、人々の投資の後押しをする。冷静になって考えれば、中身は空っぽで実体のない話なのだが、その場で聞いている者たちはつい引き込まれてしまう。なるほど、実際の詐欺もこうして行われるのだろう。

聡子もそれに引き込まれて、平澤を手伝うようになる。彼と親密な関係にもなる。だが、やがて平澤が複数の女と付き合い、自分を裏切っていることを知ったエリカは、平澤との連絡を絶つ。そして、今度は自ら支援事業の名目で金を集め始める。さらに、金持ちの老人をたらし込んで豪邸を手に入れ、老人ホームに入っていた母(樹木希林)を呼び寄せるのだ。

日比遊一監督の作品は初めて観たが、映像&演出に関して、様々な細かな仕掛けが施されている。何よりも特徴的なのが、ちょっと古びた感じの映像だ。本作のモデルとなった事件の時代性を意識したのかどうかは知らないが、それによってこのドラマの出来事がリアルな出来事というよりも、ある種の非現実的でファンタジー的な要素を持つ出来事に思えてくる。そして、それは主人公・聡子の人物像をより複雑で屈折したものに見せる効果も発揮しているのである。

終盤に用意された仕掛けも面白い。架空の投資話が行き詰まり、被害者たちから糾弾されながら、聡子がのらりくらりとそれをかわそうとする場面。そこを長回しの舞台劇のような構成で見せる。聡子の人生の破たんの前兆にふさわしい緊迫感に満ちた場面である。聡子の多面性もさらに際立つ。

本作の全体の構成は、ジャーナリストの男(窪塚俊介)による事件の関係者へのインタビューが随所に挟み込まれる形を取っている。それを通して、聡子の得体の知れなさを印象付ける狙いがあるのだろう。できれば「羅生門」のように、それらの証言が食い違っていたりすればなお効果的だったのだろうが、そこまで徹底されてはいない。

とはいえ、聡子の得体の知れなさはハンパではない。彼女は本当の悪女なのか、それとも憐れな女なのか。少女時代の彼女の家庭のエピソードなども盛り込みつつ、その人物像に迫るのだが、わかりやすい結論にたどり着くことはない。最後まで彼女の内面は複雑で底が知れない。

そんな人物を演じたのが浅田美代子である。これがまあ凄い演技なのだ。タイで愛人としてかこった若い男の前では本当に38歳のような若さと可愛らしさを見せる。一方、最後に逮捕されて接見室に現れたその顔は、老婆といってもよいほど老け込んでいる。そんなふうに場面場面で全く違う表情、たたずまいを見せるのだ。とても同一人物とは思えないほどの多様な姿を、きっちりと演じ切っている。

失礼ながら、浅田美代子がここまで演技力のある俳優だとは気づかなかった。ゴメンナサイ。その演技力にあらためて脱帽である。今頃、天国の樹木希林が言っているかもしれない。「ほーらね。美代ちゃんって本当はみんなが思っているよりもずっと凄い女優なのよ」と。

ついでに言えば、脇役たちもなかなか味のある使い方がされている。特に詐欺師たちを演じた平岳大木内みどりが怪しすぎる!

エンドロールでは、事件の実際の被害者の証言が流れる。そこでは聡子は加害者でありながら、被害者でもあったことが語られる。結局のところ、どちらの側面も持っていたのだろう。いずれにしても、聡子をはじめ加害者も被害者も、金に踊らされ、人生を狂わされてしまったわけだ。いつの時代も、金というものは恐ろしき存在である。

とにもかくにも、浅田美代子の演技が必見の映画だ。彼女の演技を通して、樹木希林の役者としての生き方、考え方も伝わってくる。

 

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◆「エリカ38」
(2019年 日本)(上映時間1時間43分)
監督・脚本:日比遊一
主演:浅田美代子樹木希林平岳大窪塚俊介山崎一山崎静代小籔千豊、WORAPHOP KLAISANG、菜葉菜、鈴木美羽、佐伯日菜子真瀬樹里中村有志黒田アーサー岡本富士太小松政夫古谷一行木内みどり
*TOHOシネマズシャンテ、シネマ・ロサほかにて全国公開中
ホームページhttp://erica38.official-movie.com/