映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「永遠に僕のもの」

「永遠に僕のもの」
渋谷シネクイントにて。2019年9月1日(日)午後2時10分より鑑賞(スクリーン1/D-5)。

~悪魔の心と天使の姿。美少年の凶悪犯が放つ危険な悪の魅力

犯罪者を断罪するのは簡単だが、映画の中ではそう単純な話でもない。数多ある犯罪映画の中には、犯罪者を魅力的に描いた作品も多い。スペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督が製作を務めた犯罪映画「永遠に僕のもの」の主人公も、実に危険な魅力にあふれている。

このドラマは、1970年代のアルゼンチンで12人以上を殺害した連続殺人事件の犯人である少年をモデルにしたものだ。その少年はとびっきりの美少年で、逮捕当時、そのことが大きな話題を集めたという。

1971年、アルゼンチンのブエノスアイレス。17歳の美少年カルリートス(ロレンソ・フェロ)は、遊びを楽しむように窃盗を繰り返し、罪の意識を感じることもなかった。やがて彼は、転校先でからかった同級生に殴られる。ラモン(チノ・ダリン)というその野性的な青年とカルリートスは、すぐに意気投合する。ラモンの父親はヤク中のワルだった。カルリートス、ラモン、そしてその父親は一緒に強盗を繰り返すようになる。

この映画には人間ドラマらしい人間ドラマがない。人間ドラマは登場人物の苦悩や葛藤から生まれる。だが、カルリートスには最初からそれがほとんどない。犯罪に罪の意識はないし、生い立ちが彼を犯罪者にしたわけでもない。金のために犯行を行うのでもない。両親は普通の人だし、裕福とは言えないものの生活の心配のない暮らしだった。犯行をエスカレートさせて人を殺し始めても、何の後悔も持たずにいる。考えようによっては、生まれついての「悪魔」のような男なのだ。

その一方で、彼の外見は実に美しい。ブロンドの髪で白い肌と赤い唇を持ち、中性的な魅力を兼ね備えている。イヤリングを着けたカルリートスの姿を見て、ラモンは「マリリン・モンローのようだ」と評する。まるで「天使」のような外見なのだ。天使のような外見を持つ悪魔。そのコントラストが危険な魅力を振りまいていく。

というわけで、アルゼンチンのルイス・オルテガ監督は、最初から余計な人間ドラマなどは描こうとしない。洗練された演出によって、カルリートスという男の姿を、スタイリッシュかつポップな映像、そして音楽で見せていく。約50年前にアルゼンチンの人々が魅了されたように、現在の観客にもカルリートスの妖しい悪の魅力を体感させようとするかのようだ。

劇中に鮮烈なシーンはいくつもあるが、個人的に最も印象深かったのは、カルリートスが車を処分するシーンだ。炎上する車をバックに、「朝日のあたる家」が流れる。こんなふうに映像と音楽が一体化した魅惑的なシーンが目白押しだ。

映画が進むにつれてカルリートスの悪魔性がより際立って見えてくる。宝石店に押し入った際に相棒のラモンは急いで犯行を行おうとする。それに対してカルリートスは「もっとゆっくり楽しむべきだ」と諭す。ラモンの父親がルールに従うように忠告しても、不満げな反応を見せるばかりだ。

カルリートスとラモンの間には、同性愛的な感情も漂っている。最初の出会いから、ところどころにそれを示唆するシーンが挟み込まれる。それもまた、カルリートスの不思議な魅力を増幅させる。

だが、所詮2人はまったく違う資質を持つ。ラモンはゲイの男に取り入り、芸能界を目指そうとする。彼には間違いなく上昇志向がある。だが、カルリートスにそんなものはない。今を楽しむために犯行を繰り返す。そうした差異が招いたのか、やがて2人の関係はある悲劇的な展開へと向かう。

終盤は波乱が相次ぐ。裏切り、別れ、逮捕、脱獄……。その果てに待ち受けているラストシーンも印象深い。詳細は控えるが、あるシチュエーション下で、カルリートスがダンスを踊る。その手足の揺らめきにも悪魔的な魅力があふれている。

最後の最後まで、ドラマ的には特に観るべきものがない映画だ。カルリートスとラモンの微妙な関係性をはじめ、もっと突っ込んで描くこともできただろうが、そうした努力は最初から放棄している。

だが、その代わり主人公の危ない魅力を十分に伝えることには成功している。だから、ついスクリーンに見入ってしまう。それこそが、作り手たちの狙いだったのではないだろうか。極論すれば、この映画はカルリートスを描くためだけに作られた作品といってもいいだろう。

そんなカルリートスを演じたロレンソ・フェロはこれがスクリーン・デビュー作だそうだが、よくぞこれほどピッタリの新人を見つけてきたものである。その無邪気な悪魔性、美しすぎる外見ともに、存在感は抜群だ。バスタブに浸かってタバコを吸うビジュアルを一見しただけで、ただものではないことが伝わってくる。

もしかしたら恐ろしい新人が登場したのかもしれない。あるいは今回に限って一度だけ咲き誇った仇花か。それは今後のお楽しみ。何にしても飛びっきりの美少年なのは間違いなし。なるほど、観客の9割方が女性だったのは、彼を見たかったからなのね。

 

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◆「永遠に僕のもの」(EL ANGEL)
(2018年 アルゼンチン・スペイン)(上映時間1時間51分)
監督:ルイス・オルテガ
出演:ロレンソ・フェロ、チノ・ダリン、ダニエル・ファネゴ、メルセデス・モラーン、ルイス・ニェッコ、ピーター・ランサーニ、セシリア・ロス
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/eiennibokunomono/