映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「人間失格 太宰治と3人の女たち」

人間失格 太宰治と3人の女たち」
渋谷シネクイントにて。2019年9月14日(土)午後1時10分より鑑賞(スクリーン2/D-8)。

太宰治を媒介に、欲望のままに生き自己を実現した3人の女性を描く

今でも人気の高い作家・太宰治第二次世界大戦前から戦後にかけて、『斜陽』『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『人間失格』など多くの作品を発表した。その『人間失格』をタイトルに冠した映画が、「人間失格 太宰治と3人の女たち」(2019年 日本)である。

ただし、小説の映画化というわけではない。自堕落な生活を送る太宰が、『人間失格』を書き上げ、その後、愛人と入水して死を迎えるまでを描いたオリジナル作品である。

太宰治小栗旬)は、妻の美知子(宮沢りえ)が3人目の子供を身ごもっているにもかかわらず、作家志望の太田静子(沢尻エリカ)と関係を持ち、彼女がつけていた日記をもとに「斜陽」を生み出す。静子は太宰の子供を産む。「斜陽」はベストセラーとなるが、文壇からの評価は芳しくなかった。そんな中、太宰は今度は未亡人の山崎富栄(二階堂ふみ)と知り合い関係を持つ。相変わらず酒と女に溺れ、結核に苦しむ中で、太宰は今度こそ本当の傑作を書こうともがくのだが……。

当然ながら本作の主人公は太宰である。だが、正直なところ太宰の影は薄い。まあ早い話が、ただの寂しがりやで、女と酒にだらしない、いい加減な男にしか見えないのだ。作家としての孤独や苦悩などが、リアルに伝わってくることもないのである。

何しろ太宰の心の源泉が全く描かれていない。どうして彼が苦悩し、ああした自堕落な生活を送るに至ったかが解き明かされていない。蜷川実花監督と脚本の早船歌江子は、最初からそれを放棄しているようにさえ思える。

その代わりに存在感が際立つのが3人の女性たちである。太宰の妻の美知子、愛人で作家志望の太田静子、太宰と心中を遂げる山崎富栄。しょうもない男に惚れ、苦悩する彼女たちの心情がヒシヒシと伝わってくる。心の思うままに生きようとするものの、それぞれの関係性や充たされない思いに心を乱すさまが、リアルに描かれる。本作の真の主人公は、この3人の女性たちと言っていいだろう。

そして、3人とも強くてたくましい。妻の美知子は太宰に傑作を書かせようとして、夫の不貞を見て見ぬふりをする。愛人の静子は太宰との共同作業で作品を生み出し、さらに太宰の子供を産もうとする。富栄は現世ではなくあの世で太宰と永遠に結ばれたいと願う。そして3人とも、結局、その願いを実現してしまうのである。何という強さ! たくましさ!

ラストシーンがすべてを象徴している。太宰が『人間失格』を書き上げ心中した後に、美知子は晴れ晴れとした顔で洗濯物を干す。静子は太宰の子を抱きながら笑顔でインタビューに答える。そして、最後に描かれるのが太宰と冨栄の心中風景。死ぬのを躊躇する太宰を冨栄は優しく説き伏せて、死へと誘うのだ。

このドラマは、一見太宰に翻弄されたかに見える3人の女たちの自己実現のドラマなのである。その姿は、強さやたくましさを越えて怖ろしくさえある。もしかしたら、これこそが蜷川監督の狙いだったのかもしれない。

3人の女たちを演じたのは、宮沢りえ沢尻エリカ二階堂ふみ。いずれもハマリ役だ。それぞれの女性が持つ欲望、嫉妬、悲哀などを三者三様の演技で見事に演じ切っている。3人とも魔性の魅力が全開だ。

元々が写真家だけに「さくらん」ヘルタースケルター」などの蜷川監督の過去作は、いずれもカラフルな色彩感覚などケレンに満ちた映像で知られる。それがあまりにも強烈すぎて、個人的にはドラマに入り込めなかったのだが、本作に関してはそれほど違和感はなかった。

太宰のどん詰まりの状況を示す祭りのシーン、危うく死にかけた雪のシーン、ついに執筆を開始したシーンなど、かなりぶっ飛んだシーンも多いのだが、それらがドラマとマッチしているので、邪魔に感じることはなかった。

藤原竜也演じる坂口安吾高良健吾演じる三島由紀夫など、著名作家と太宰との絡みもなかなかに興味深かった。

さすがに終盤になって結核の病状が進むあたりから、太宰の苦悩は深くなる。ようやく主人公らしい存在感が見えてくる。とはいえ、3人の女性たちには及ばない。やっぱり本作は太宰を媒介とした3人の女性たちのドラマなのである。

そういう点で、太宰ファンをはじめ太宰の生き様を見ようと劇場に足を運んだ観客には、物足りなく映るかもしれない。それでも強烈な個性を持つ3人の女性のドラマとしては、十分に見応えのある作品だと思う。

 

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◆「人間失格 太宰治と3人の女たち」
(2019年 日本)(上映時間2時間)
監督:蜷川実花
出演:小栗旬宮沢りえ沢尻エリカ二階堂ふみ成田凌千葉雄大瀬戸康史高良健吾藤原竜也稲垣来泉山谷花純、片山友希、宮下かな子山本浩司壇蜜木下隆行近藤芳正
丸の内ピカデリーほかにて全国公開
ホームページ http://ningenshikkaku-movie.com/