映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「プライベート・ウォー」

「プライベート・ウォー」
TOHOシネマズ シャンテにて。2019年9月16日(月・祝)午前10時45分より鑑賞(スクリーン1/D-8)。

~実在の破天荒な女性戦場記者を通して問うジャーナリズムの在りよう

ドキュメンタリーと劇映画の壁は高いように見えるが、ドキュメンタリー出身の監督の中には面白い劇映画を撮る監督も多い。例えば「ジェイソン・ボーン」シリーズの「ボーン・スプレマシー」「ボーン・アルティメイタム」「ジェイソン・ボーン」を監督したポール・グリーングラスは、元々テレビや映画でドキュメンタリーを手掛けていて、ジャーナリストとしても活躍していた。

実在の女性記者メリー・コルヴィンの半生を描いた「プライベート・ウォー」(A PRIVATE WAR)(2018年 イギリス・アメリカ)のマシュー・ハイネマン監督も、「カルテル・ランド」「ラッカは静かに虐殺されている」などのドキュメンタリー作品で高い評価を受けてきた。本作が初の劇映画作品となる。

主人公のメリー・コルヴィン(ロザムンド・パイク)は、ベテランの戦場記者だ。アメリカ人女性だが、イギリスのサンデー・タイムズ紙の特派員として活躍し数々のスクープで高い評価を獲得した。しかし、2012年に取材中のシリアで命を落とした。映画の冒頭は、そのシリアから始まる。アサド政権軍の攻撃を受けてコルヴィンたちが命を落とした建物が映し出される。そこにコルヴィンの声がかぶる。

続いて2001年に時間をさかのぼる。コルヴィンはスリランカ内戦の取材に出かけようとしていた。上司は危険だからと止めるが、彼女は意に介さない。そして出かけた現場で戦闘に巻き込まれ、左眼を失明してしまう。それでもすぐに現場復帰を果たし、それ以降彼女は黒い眼帯がトレードマークとなる。

さすがにドキュメンタリー出身のハイネマン監督だけに、戦場などの取材現場のシーンはリアルで迫力に満ちている。コルヴィン目線の映像を見せるなど、映像的にも細かな工夫が施され、観客自身も現場にいるかのような錯覚を起こしそうである。

中でも壮絶なのが、戦争の犠牲になる民間人たちの姿だ。傷ついて病院に運び込まれる人々の悲鳴やうめき声、困難にもめげず治療する医療者たちの苦闘、それでも次々と亡くなっていく人々の凄惨で悲しすぎる姿。それらを余すところなく観客に突きつける。

コルヴィン自身も語っていることだが、彼女の行動の源泉にあるのは、こうした人々のことを世界に伝えたいという強い思いだろう。それをそのまま体現したかのような映像だ。

2003年にコルヴィンは、フリーカメラマンのポール・コンロイ(ジェイミー・ドーナン)とともにイラクで取材をする。その際、検問に引っかかって「あわや!」の場面に遭遇するのだが、そこでコルヴィンは苦肉の策で“あるもの”を使って身分を偽ろうとする。これが実にスリリングで面白い場面なのだ。エンターティメント性の強い映画ではないが、それでもこうした劇映画としての魅力があちらこちらにある。

それ以外にも、リビアの独裁者・カダフィ大佐とのインタビューなど、興味深いエピソードがたくさん登場する。ちなみに、カダフィとは旧知の仲だったようだが、そんな彼に対してコルヴィンは容赦ない批判を浴びせる。権力者に翻弄される市民の立場に立つ姿勢には、いささかも揺らぎがない。

そして上司が予測不能というように、コルヴィンの行動は破天荒そのものだ。ルールを無視し、自らの信念に従い、どこまでも突き進んでいく。その姿からは、いわゆるアウトロー的な魅力も感じられるのである。

前述のイラクで大量虐殺の証拠を見つけるなどスクープをものにして、コルヴィンの名声はどんどん高まっていく。だが、それとは裏腹にコルヴィンの精神は病んでいく。戦場の悪夢が常に頭から離れず、PTSD心的外傷後ストレス障害)に苦しめられるようになる。酒に溺れ、男性関係も不安定で、私生活はボロボロになる。ついにはPTSDで入院するところまで追いつめられる。

ハイネマン監督は、そんなコルヴィンの心の揺れ動きを丹念に追っていく。悪夢の見せ方など実に堂に入っている。とても初めての劇映画とは思えない。こうして、彼女の苦悩や葛藤に大きく焦点を当てているのが本作の特徴である。これは劇映画だからこそできたこと。ドキュメンタリーでは、こうはいかなかっただろう。

そしてコルヴィンを演じるロザムンド・パイクがこれまた素晴らしい。デヴィッド・フィンチャー監督の「ゴーン・ガール」で一躍注目を集め、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた彼女だが、最近は出演作が目白押し。それを裏付けるかのような充実した演技で、取材現場と私生活それぞれに様々な表情を見せるコルヴィンを、奥行きのある演技で表現していた。

終盤、コルヴィンはある男性と親しく付き合う(「Shall we Dance? シャル・ウィ・ダンス?」のスタンリー・トゥッチがいい味出してます)。だが、それでも彼女は戦場へ赴くことを止めない。そして、シリアで砲弾の音に包まれながら、アサド政権軍による民間人攻撃の実態を暴くライブ中継を敢行する。だが、その直後に命を落としてしまう。

この映画の大きなテーマは、なぜそこまでしてコルヴィンは戦場取材にこだわったのかということだ。もちろんその結論は観客一人ひとりに委ねられているわけだが、印象的なのはコルヴィンが自身の記事で世の中を動かせると信じていたことだ。戦争で犠牲になる人のことを世界に伝えたい。そうすれば世の中は絶対に動くはずだ。そのためには現地に行って自分の目で物事を見るしかない。それこそが彼女の信念だろう。

そんなコルヴィンの姿を通して、ジャーナリズムの在りようを提示して見せたのが本作だ。インターネットやSNSが発達し、フェイクニュースが横行する時代だからこそ、この映画が持つ意味はなおさら大きいのではないだろうか。

 

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◆「プライベート・ウォー」(A PRIVATE WAR)
(2018年 イギリス・アメリカ)(上映時間1時間50分)
監督:マシュー・ハイネマン
出演:ロザムンド・パイクジェイミー・ドーナントム・ホランダースタンリー・トゥッチ
*TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ホームページ http://privatewar.jp/