映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ボーダー 二つの世界」

「ボーダー 二つの世界」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2019年10月15日(火)午後2時20分より鑑賞(スクリーン1/D-11)。

~異形の者たちの叫びが心をざわつかせる。北欧のダークファンタジー

大変な被害をもたらした台風19号だが、個人的には直接の被害はなかった。だが、そのおかげでやらかしてしまったことがある。台風が過ぎた13日に映画を観ようと思ってネットで予約したのだが、なんとそれは翌日の14日の回の予約。13日は夕方からの営業だったため、予約ページのトップが14日になっていたのだ。あいにく14日は仕事があり、その時間に映画館に行けない。ということでせっかくの予約を無駄にしてしまったのである。

いったい何の映画を観ようと思ったのか。それは「ボーダー 二つの世界」(GRANS)(2018年 スウェーデンデンマーク)。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門のグランプリ受賞作である。

仕方がない。縁がなかったと思ってあきらめるか……。いやいや、オレはそんな潔い男ではない。案外執念深いのだ。ちょうど近くで会議があったので、そのついでに今度こそちゃんと鑑賞してきたのである。

冒頭でいきなり映る主人公の女性。その容姿は誰が見ても醜いもの。かなり獣がかった顔をしているのだ。彼女の名前はティーナ(エヴァ・メランデル)。人間の感情を嗅ぎわける特殊な能力を持ち、その能力を活かして税関職員として違法な物を持ち込む人間を嗅ぎわけていた。家に帰れば同棲相手と暮らしていたが、孤独と疎外感を抱えていた。同棲相手とも男女関係はないらしい。

そんなある日、ティーナは自分と同じような容貌の旅行者ヴォーレ(エーロ・ミロノフ)と出会う。粗野な感じの謎の男だ。ティーナは本能的な何かを感じ、やがて彼に自宅の離れを宿泊先として提供する。

滑りだしは、異形の者=マイノリティの苦難と希望を描くリアルな映画風。あるいは異形の者同士の切ないラブロマンスのような雰囲気だ。だが、やがてこれは現実の話というよりも、ある種のおとぎ話であることが明らかになる。

ヴォーレは生きた虫を食らう。獰猛な犬が彼に対しては大人しくなる。どう考えても普通の人間ではない。それでも、ティーナは次第に彼に惹かれていく。そもそもティーナにも不思議な側面がある。感情を嗅ぎわけるだけでなく、野生動物が親しげに近寄ってくる。いったい彼らは何者なのか。エイリアン? モンスター?

というわけで、ティーナとヴォーレの正体をめぐるミステリーの色合いもある映画だ。そこにはいろいろと不思議なことがある。実はどう見ても外見は男のヴォーレだが、男性器ではなく女性器を有しているという。性転換? 両性具有? また、ティーナにもヴォーレにも、腰のあたりに手術痕のようなものがあるという。

ティーナとヴォーレの距離は一気に縮まる。そこで登場するのが前代未聞のセックスシーンだ。え!? それってそういうことだったの? 本作がR-18指定なのは、このシーンのせいなのかしらん。何にしても、その直後に、ヴォーレはティーナに自分たちが何者かを告げる。彼らは人間とは違う存在だったのだ。

このあたりまで観て、いかにも北欧らしい寒々とした空気感やヒリヒリするような緊張感、そして何やら神話的な趣のあるストーリー展開に、ある映画を連想してしまった。「ぼくのエリ 200歳の少女」。日本でも話題になった吸血少女の物語である。

それもそのはず、実はこの映画は「ぼくのエリ 200歳の少女」の原作者のヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの同名短編小説の映画化で、リンドクヴィスト自身が共同脚本に加わっているという。ちなみに監督は、スウェーデン在住のイラン移民で本作が長編2作目となるアリ・アッバシ。

自分は何者なのか。アイデンティティーが揺らいでいたティーナは、ついに自らのルーツを探り当てたことで輝きだす。同時にマイノリティである彼女たちには、ある悲しい歴史があることがわかる。それを通して、人間や文明批判、あるいは移民を排斥するような現在社会への批判などのタッチも感じられた。

だが、その後、ドラマは意外な方向に進む。ティーナが捜査に協力した児童ポルノ事件に絡んで、ヴォーレの知られざる一面が露見する。そこからは同じ異形の者でありながら、人間に敵対しようとする者と、そうではないものとに立場が分かれ、対立の構図が描かれる。何やらありがちなロボット映画やアンドロイド映画の趣を示すのである。

ならば、両者の激しいバトルでも展開してくれないものかと期待したのだが、さすがにそこまでケレンのある映画ではなかった。ハリウッド映画じゃないんだから。とはいえ、その後もティーナの出生の秘密なども絡んで、何とも言い難い意味深のラストシーンへとなだれ込む。

あれはいったい何を意味しているのか。ティーナは今まで通り暮らしていくのか。それとも違う生き方を選ぶのか。そもそも、この映画は何を伝えようとしているのか。それは観た人それぞれが勝手に解釈するしかないだろう。

いずれにしても、独特の雰囲気の中で展開される予測不能な寓話には一見の価値がある。邦題通りに、現実と虚構、男性と女性、人間界と別の世界など、様々なボーダー(境界線)の狭間で描かれた作品だ。それが観る者の心をざわつかせる。そのざわつきこそが、この映画の最大の魅力かもしれない。

主演のエヴァ・メランデルの演技が凄い。特殊メイクで動物のような容貌をしているため、普通の感情表現がしにくいにもかかわらず、その心根がしっかりと伝わってくる演技だった。共演のエーロ・ミロノフも同様である。それぞれの荒々しく獰猛な叫びが、いまだに心に残ったままなのである。

 

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◆「ボーダー 二つの世界」(GRANS)
(2018年 スウェーデンデンマーク)(上映時間1時間50分)
監督:アリ・アッバシ
出演:エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ、ステーン・リュングレン、ヨルゲン・トゥーソン、アン・ペトレン、シェル・ウィレルムセン
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://border-movie.jp/