映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブルーアワーにぶっ飛ばす」

「ブルーアワーにぶっ飛ばす」
テアトル新宿にて。2019年10月16日(水)午後12時30分より鑑賞(A-13)。

~荒んだ心のアラサー女の帰郷をユーモアたっぷりに

女優の夏帆は12歳の頃から芸能活動をしているらしい。その後は「三井のリハウス」11代目リハウスガールにも選ばれている。だが、その頃のことはまったく知らない。オレが初めて夏帆を知ったのは、山下敦弘監督、渡辺あや脚本の「天然コケッコー」(2007年)で主役の中学生を演じた時。キラキラ輝く少女で実に可愛らしかった。その後の「うた魂(たま)♪」(2008年)も破格の輝きを見せていた。

最近では、「箱入り息子の恋」(2013年)、「海街diary」(2015年)などで、完全に大人の女優に成長した夏帆ではあるのだが、過去作の多くは明るくて爽やかなキャラ。そんな中、少し違うタイプの女性を演じているのが「ブルーアワーにぶっ飛ばす」(2019年 日本)である。若手映像作家の発掘を目的とした「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016」で審査員特別賞を受賞した企画の映画化で、箱田優子監督はCMの世界で仕事をしているとのこと。

東京で暮らす30歳のCMディレクターの砂田(夏帆)がドラマの主人公(もしかしたら箱田監督自身を投影させているのかも)。冒頭、彼女は男とホテルにいる。砂田には優しい夫がいるのだが、その男は夫ではない。腐れ縁で関係を続けている男である。

砂田の仕事は順調。とはいえ、現場ではひたすら笑顔で元気を装う。わがままな俳優をうまく言いくるめ、酒の席は吐きながらも最後まで徹底してつきあう。家に帰れば優しい夫がいるものの、お互いの生活に立ち入らず本音をぶつけ合うこともない。公私ともに充実しているように見えるが、いろんな意味でグダグダになっている。心が荒みきっているのである。

そんな砂田は病気の祖母を見舞うため、故郷の茨城に帰ることになる。それを聞いた親友の清浦(シム・ウンギョン)は自分の車で一緒に行こうと言う。こうして砂田は清浦とともに、家族の待つ実家へと向かう。

というわけで、ただこれだけのドラマである。ロードムービーというわけではない。故郷までの道中はせいぜい観光地に寄ったり(しかも何だか奇妙な)、食堂でヤンママたちの生態を観察する程度。実に小さい世界だ。こんなもので面白くなるのか?

と思うかもしれないが、これがなかなかに面白い。何よりも砂田と清浦の掛け合いが漫才のようでひたすら笑える。最初に喫茶店でバカップルを横目に繰り広げられる会話を皮切りに、ああ言えばこう言うでポンポンとテンポの良い会話が続く。脚本も担当する箱田監督によるセリフが秀逸だ。

ただし、砂田自身は基本仏頂面である。荒んだ心のままに、口を開けば悪態をつく。しかも、彼女は故郷や実家が嫌いなのだ。それを象徴するかのように、幼い頃のシーンがあちこちに挟み込まれる。そして、よくよく注意すると、そこにある仕掛けがあることがわかる。

CMディレクターである砂田監督らしく、凝った映像も見られる。砂田の顔の極端なアップ、手持ちカメラ、ビデオカメラ越しの映像、あるシーンに突然侵入してくる別のシーンなど、かなり大胆な工夫をしている。また、会話の途中で不思議な擬音を入れて、ユーモラスな雰囲気も醸し出す。

やがて砂田は実家へ着く。そこでは、ユニークな家族が待っている。母(南果歩)はひたすら明るいが、夜台所でテレビを相手にカップ麺を食べる姿に闇を感じざるを得ない。一方、父(でんでん)は底の抜けた骨董マニアで自分勝手。そして教師の兄(黒田大輔)は引きこもりがちで不気味な雰囲気。実力派の俳優が演じていることもあり、そんな家族の姿は笑いを呼ぶのと同時にリアルだ。それが砂田の故郷嫌い、実家嫌いにダメを押す。

それに対して清浦は、素直で明るい。元々天真爛漫な彼女だが、それはここでも変わらない。周囲の何もかもを素直に受け入れ、砂田の家族とも親しく接する。

そんな清浦と砂田が、ブルーアワーに会話するシーンが印象深い。タイトルにもあるブルーアワーとは、1日の始まりと終わりの間に一瞬訪れる空が濃い青色に染まる時間のことだ。

帰省後も取り立てて大きなことは起きない。実家でビールが見つからなかった砂田と清浦が、いかにも田舎にありそうなスナックに出かけるぐらいだ。ただし、その頃には少しずつ砂田の心に変化が訪れ始めている。都会では鎧を身につけて生きる砂田だが、家族の前ではそんなものは役に立たない。そういう中で、今までとは違う自分に向き合うことになる。そして……。

本作のクライマックスは、何といっても祖母と砂田との対面シーンだろう。施設に入っている祖母のもとを母と清浦とともに訪れる砂田。それはぎこちないながらも、実に自然で心温まる場面だ。

かなり年老いているものの、祖母は砂田のことをきちんと理解しているし、普通に会話を交わす。砂田は祖母の爪を切ってあげる。ただ、それだけなのに砂田は涙がこみあげてくる。いや、砂田だけでなく観ているこちらも思わず涙してしまった。無理に泣かせようとしているわけではないのに、この感動は何なのだろう。このシーンだけでも、本作は観る価値があると思った。

祖母との再会によって砂田は何を思ったのか。様々な人生の経験を経て、ありのままに戻ったようなその姿を見て、肩ひじを張り意固地になって生きている今の自分に違和感を持ったのかもしれない。自身の故郷や家族に対するわだかまりや嫌悪が無意味に思えたのかもしれない。いずれにしても、砂田の心情は変化する。

砂田は清浦とともに実家を後にする。その車中では、砂田の変化がより明確になる。彼女は故郷を嫌いだと言う。だが、そこにはまったく逆の「好き」という感情もうかがえる。そうなのだ。嫌いだけれど好き。そんな屈折した思いに共感するのは、自分も地方出身で、それを振り払おうとして生きていた時期があるからだろうか。

そして、最後に信じられない出来事が起きる。詳しくはネタバレになるから言わないが、最初はあまりの唐突な展開に正直意味がわからなかった。だが、よくよく考えれば、砂田と清浦の関係はそういうことなのかと……。本作は砂田の成長、再出発、生き直しのドラマに違いない。だとすれば、最後の出来事も納得がいく。

夏帆の演技はごく自然で無理のないものだった。彼女のキャリアにとって一つの節目になる作品だろう。そして「新聞記者」に続いて素晴らしい演技を見せたシム・ウンギョンも魅力的。箱田監督ともども今後の3人の活躍が楽しみである。

 

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◆「ブルーアワーにぶっ飛ばす」
(2019年 日本)(上映時間1時間32分)
監督・脚本:箱田優子
出演:夏帆、シム・ウンギョン、渡辺大知、黒田大輔、上杉美風、小野敦子、嶋田久作伊藤沙莉、高山のえみ、ユースケ・サンタマリア、でんでん、南果歩
テアトル新宿ユーロスペースほかにて全国公開中
ホームページ http://blue-hour.jp/