映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「楽園」

「楽園」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて2019年10月18日(金)。午後2時25分より鑑賞(スクリーン9/E-9)。

~人間の闇をリアルに突きつける。重たいけれど目が離せない衝撃のサスペンス

良い映画の基準は何か。それは人それぞれ違うだろう。オレの場合は人間がきちんと描けているかどうかが、最大のポイントである。人間の奥底に迫った映画には、心をグイッとつかまれてしまう。

瀬々敬久監督の映画はまさにそんな映画である。「ヘヴンズ ストーリー」「64 -ロクヨン-」「8年越しの花嫁 奇跡の実話」「友罪」「菊とギロチン」……。どの作品でも人間がきちんと描かれている。だから、新作が公開になればできるだけ観るようにしている。昨年公開の自主映画「菊とギロチン」では、ついに製作費をカンパしてしまった。

そんな瀬々監督の新作が「楽園」(2019年 日本)である。吉田修一の短編集『犯罪小説集』の映画化だ。原作は相互に直接かかわりのない短編を集めた作品なのだが、映画ではそのうち2編をピックアップし、同じ土地で起きた出来事として、登場人物も重複させて描いている。

青田が広がる地方都市が舞台。夏祭りの日、偽ブランド品を売る母親(黒沢あすか)が男に恫喝されている。その息子の中村豪士(綾野剛)が、地元の顔役の藤木五郎(柄本明)に助けを求める。藤木は仲裁し、豪士に職を紹介する約束をする。だが、その直後、近くのY字路で五郎の孫娘・愛華が忽然と姿を消する。必死の捜索もむなしく、愛華は見つからなかった。愛華の親友で、Y字路で別れる直前まで一緒にいた紡(杉咲花)は罪悪感を抱えたまま成長する。

それから12年後のある夜、紡はひょんなことから豪士と知り合う。豪士は、紡が夏祭りで使う笛が破損したことに責任を感じ、新しい笛を弁償する。それをきっかけに2人は心を通わせていく。だが、夏祭りの日、再びY字路で少女が消息を絶つ。住民の疑念は豪士に向けられる。追い詰められた豪士は逃げ出すが、そこで悲劇が起きる。

その悲劇を目撃していた養蜂家の田中善次郎(佐藤浩市)は、亡き妻を想いながら、愛犬のレオと暮らしていた。だが、養蜂による村おこしを巡る話がこじれて、村人たちから村八分にされてしまう。どんどん孤立し、追い詰められた善次郎は思わぬ行動に出る。

ここに描かれているのは人間の負の側面だ。豪士も善次郎も、ちょっとしたボタンの掛け違いによって人々の悪意を引き寄せ、追い詰められていく。そんな人間の悪意、集団心理、復讐心、差別などが重厚なタッチで描かれる。

少女失踪事件をめぐる犯人捜しの要素もあるドラマだが、それよりも深く描かれるのが闇を抱えた人間であり、病んだ社会である。舞台となる田園風景はあまりに美しい。だからこそなおさら、人間の持つ闇が心を締め付ける。自らもその闇にとらえられ、追い詰められていくかのようなリアルな痛みや苦しみに襲われる。観ている間中、終始重苦しい感覚が消えず、胸苦しささえ覚えてしまったのである。

だが、それでも一瞬も目が離せなかった。なぜなら、ここに描かれているのは絵空事ではなく、紛れもなく今の日本だからである。本作で起きる出来事は、新聞やテレビ、SNSを賑わせる事件に確実につながっている。いや、もしかしたら日本だけではないのかもしれない。どこに国でも起こり得ることであり、人間の本質にかかわることではないのか。それゆえ、どうしても目を背けることができないのだ。

この映画には何度も夏祭りのシーンが登場する。それはまさしくハレの場面だが、日常であるケには闇もある。両者は表裏一体だ。豪士が起こした悲劇の場面に、祭りの火をダブらせる演出は、まさにそれを象徴するものに感じられた。

時制を行き来し、いくつかのエピソードが絡み合いドラマは終盤を迎える。予想通り、本作に明確な大団円などありはしない。だが、それでもかすかな光がないわけではない。紡に好意を持つ青年・野上(村上虹郎)の存在だ。重い病を抱えつつ前向きに生きようとする。そして紡も前を向こうとする。たとえどんな過去や罪を背負っても、生きていくべきではないか。そんなメッセージを感じ取ることができた。

タイトルは「楽園」。劇中に何度かその言葉が登場する。豪士の母は日本には楽園があると考え、海の向こうから渡ってきた。だが、そこはけっして楽園などではなかった。一方、野上は紡に「楽園を作ってくれ」と言う。はたしてどこかに楽園などあるのか。それは観客一人ひとりに投げかけられた問いだろう。

本作はそれぞれ「罪」「罰」「人」と題された3部構成になっている。そこには過去の瀬々作品と通底するものがある。特に人間の罪と罰を問う「ヘヴンズ ストーリー」と共通点が多いように感じられる。あるいは豪士親子に対する民族差別は、「菊とギロチン」における朝鮮人虐殺を連想させる。瀬々監督が抱く根源的なテーマは常に不変なのだろう。

綾野剛杉咲花佐藤浩市村上虹郎柄本明など、役者たちの演技も素晴らしい。過去の瀬々作品に出演経験のある役者も多い。そんな中、個人的には善次郎を気にかける未亡人役の片岡礼子と、豪士の母役の黒沢あすかの演技が特に印象深かった。いずれも日本映画を支えてきた女優である。

楽しさや爽快感とは無縁。重たい映画だが、人間について、そして今の日本について考えさせられる問題作だ。その重みを、衝撃を体感しにぜひ劇場へ!

 

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◆「楽園」
(2019年 日本)(上映時間2時間9分)
監督・脚本:瀬々敬久
出演:綾野剛杉咲花佐藤浩市村上虹郎片岡礼子黒沢あすか石橋静河根岸季衣柄本明
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://rakuen-movie.jp/