映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「影踏み」

「影踏み」
シネ・リーブル池袋にて。2019年11月23日(土)午後12時55分より鑑賞(シアター2/G-6)。

~ミステリー+ファンタジー。事件の謎に迫る泥棒が抱えた過去の出来事

山崎まさよしといえばミュージシャンして知られているわけだが、実は過去に何度か俳優業を経験している。1996年の「月とキャベツ」、2005年の「8月のクリスマス」では主演も務めている。そのうちの「月とキャベツ」でコンビを組んだ篠原哲雄監督と再びタッグを組んだ主演作が「影踏み」(2019年 日本)である。「64 ロクヨン」「クライマーズ・ハイ」などの映画化作品でも知られる作家・横山秀夫の小説の映画化だ。

冒頭、主人公の真壁修一(山崎まさよし)が野良猫に餌をやっている。彼の優しさと同時に孤独が浮かび上がる場面である。実は、修一は住人が寝静まった深夜の民家に侵入して盗みを働く、通称「ノビ師」と呼ばれる泥棒で、その鮮やかな手口で警察から“ノビカベ”と呼ばれていたのだ。

そんなある日、彼は県議会議員・稲村の自宅に忍び込む。だが、そこで就寝中の夫に火を放とうとする妻・葉子(中村ゆり)の姿を目撃し、思わず止めに入る。すると、すぐに現場に現われた幼なじみでもある刑事の吉川(竹原ピストル)に捕まり、刑務所送りとなってしまう。それから2年後、出所した修一は、彼を慕う若者・啓二(北村匠海)とともに事件当夜のことを調べ始める。そんな中、吉川が死体となって見つかる。

こうして修一は吉川の死をめぐる事件の真相を探る。これがこのミステリードラマの中心的な謎である。そこでは、どうやら葉子の周辺の人物が怪しいことがわかる。稲村家の競売をめぐって暗躍したヤクザ、裁判所の執行官、判事などだ。修一は得意の泥棒の技も駆使しつつ、彼らの身辺を洗う。

その一方、本作にはもう一つの謎がある。それは修一の過去だ。映画の序盤で、燃え上がる住宅の映像が突如として登場する。やがて、それが修一の家であることがわかる。修一が泥棒になったのは、そうした過去が関係しているらしい。そんな修一の過去には、修一を慕う女性・安西久子(尾野真千子)も絡んでくる。

篠原監督の演出はオーソドックスで、奇をてらったところはない。その分、安心して楽しめる作品に仕上がっている。そして、おそらく監督が最も描きたかったのは、2つの謎のうちの後者だろう。

前者については、犯人がわかってしまえば「なぁ~んだ」となってしまう。この手のミステリーにありがちな犯人らしくない人物が犯人なのだが、驚くほどの仕掛けやトリックがあるわけではない。犯行動機も弱い。ミステリーとしての醍醐味はあまり感じられなかった。

一方、後者の謎についてはけっこう深いものがある。特に注目すべきは彼の双子の弟の存在だ。その弟と母はあの業火によって焼死したらしい。いったい何があったのか。

その謎に絡んで、やがて衝撃の事実が明らかになる。出所直後から彼を慕う若者・啓二とは何者なのか。予想もしない正体が明らかになる。原作を読んでいる人なら驚きはないのかもしれないが、未読の身にとってはまさに驚愕の事実だった。本作が「映像化不可能とされてきた作品」とPRされているのは、そこに理由があるのだろう。

いわばミステリーとファンタジーが融合したこの仕掛け。これを素直に受け入れられるかどうかで、この映画に対する評価は変わってきそうだ。個人的には驚きはあったものの、特に違和感はなかった。

そこでポイントになるのは双子という存在だ。劇中にはもう1組の双子が登場する。久子にプロポーズした男と兄である。その2人の間に起きた出来事が、修一兄弟のエピソードに重なり合い、双子の不可思議さ、難しさを浮き彫りにする。この双子にまつわる人間ドラマが本作の肝と言ってもいいだろう。

こうして自身の過去と向き合い、葛藤を乗り越え、過去を清算する修一。そして傍らに寄り添う安子。いかにもハートウォームなエンディングは、篠原監督らしい世界だと思う。

この手の原作ものの映画にありがちな突っ込み不足のところも目立つ。弟と母の事件に至る経緯は描写不足で、特に母と修一との関係性が見えてこない。だから、家族をめぐる悲惨な事件が、修一に与えた影響が今一つリアルに伝わってこない。せっかく母役に大竹しのぶを配しているのだし、そこはもう少し何とかならなかったものか。

それでもミステリー&人間ドラマとして、よくまとまった作品になっていると思う。原作の魅力も伝わってきた。とはいえ、まだ原作を読んでいない人は、読む前に映画を観たほうがいいかも。あの仕掛けが事前にわかっていると興ざめでしょう。

山崎まさよしは、過去を抱えた男という役柄が意外にハマっていた。また、尾野真千子中村ゆり北村匠海滝藤賢一鶴見辰吾らの脇役が存在感を発揮している。鶴見慎吾もそうだが、下條アトム真田麻垂美田中要次ら、過去の篠原作品に出演経験のある役者が多いのも、この映画の安定感につながっているのかもしれない。

 

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◆「影踏み」
(2019年 日本)(上映時間1時間52分)
監督:篠原哲雄
出演:山崎まさよし尾野真千子北村匠海滝藤賢一鶴見辰吾大竹しのぶ中村ゆり竹原ピストル中尾明慶藤野涼子下條アトム根岸季衣大石吾朗高田里穂真田麻垂美田中要次
テアトル新宿ほかにて公開中
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