映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マリッジ・ストーリー」

「マリッジ・ストーリー」
シネ・リーブル池袋にて。12月8日(日)午前10時25分より鑑賞(シアター1/G-10)。

ノア・バームバックが離婚を目前に揺れ動く夫婦の心理を繊細かつリアルに描く

またNetflixかよ!

というわけで、巨匠マーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」に続いて、今度はノア・バームバック監督の「マリッジ・ストーリー」(MARRIAGE STORY)(2019年 アメリカ)がNetflixにて配信。

ノア・バームバック監督といえば、「イカとクジラ」「フランシス・ハ」「ヤング・アダルト・ニューヨーク」など、いわばインディーズ映画を中心に活躍してきた俊英。メジャーからインディーズまで何でも取りそろえるのだから、Netflix恐るべし。

それでも「アイリッシュマン」同様に、配信に先立ってミニシアターを中心に一部で劇場公開してくれたわけで、素直に感謝です。ありがたやありがたや。やっぱり映画は映画館で観ないとね。

タイトル通りに結婚の話……ではなくて離婚の話である。冒頭、女優である妻のニコール(スカーレット・ヨハンソン)と夫で劇作家・演出家のチャーリー(アダム・ドライヴァー)が、それぞれの素晴らしいところを紹介し合う手紙を朗読する。

なるほど、こんなに仲の良かった夫婦が次第に険悪な関係になっていくのね、と思いきや、続いて登場するのは離婚の話し合い中の2人。何のことはない、冒頭の手紙は離婚をスムーズに進めるために調停人の勧めで書かされたものだったのだ。この夫婦、すでにもう駄目なのである。

どうやらニコールは積年の不満が募って離婚を決意したらしい。結婚当時、ニコールはテレビドラマで売り出し中の女優。それがニューヨークでチャーリーと出会い、彼の劇団の舞台に出るようになった。それをきっかけにチャーリーはそれなりに有名になり、一方ニコールは「私の才能が吸い取られ、自分は何者かわからなくなった」と思うように。そんな不満が募っての離婚劇。どこぞの芸能人夫妻で聞いたような話である。

ニコールはテレビ出演の誘いを受けて、幼い息子とともにロスにある実家へ行く。そこにチャーリーが来てのすったもんだが描かれる。離婚を望むのはニコールだが、それでもその心は微妙に揺れている。まだチャーリーへの思いが完全に消えたわけではない。妻から一方的に離婚を切り出されたチャーリーに至っては、心はただ混乱するばかりだ。そんな微妙な2人の関係性がセリフを中心にリアルに描かれる。

このセリフがなかなかに良く書けている。ニコールが弁護士相手に自身のことを述べる件など、長い一人語りのパートなどもあって、まるで舞台劇のような雰囲気さえ漂う。

ただし、どんなに良いセリフでも、演じ手が下手では興ざめだ。しかし、心配はご無用。夫妻を演じているのは、スカーレット・ヨハンソンアダム・ドライヴァーなのだから。それぞれの微妙な心理の絢、すれ違い、微かな触れ合いなどを繊細に表現している。

バームバック監督の過去作の多くは、ユーモアとシニカルさが特徴。本作もけっしてシリアス一辺倒なドラマではない。笑いもたくさんある。2人を取り巻く脇役のキャラが個性的でそれが愉快な笑いを生み出していく。特にニコールの母と姉が絵に描いたようなお調子者で笑えてしまう。チャーリーの劇団の劇団員もユニークだ。

離婚話が出た当初は、弁護士を立てずに円満な協議離婚を望んでいた2人。だが、それまで溜め込んでいた様々な感情があらわになり、ニコールはついに弁護士を立ててしまう。この弁護士が切れ者の女弁護士で(ローラ・ダーンが適役!)、彼女の登場によって何やら雲行きが怪しくなってくる。

それに対してチャーリーも弁護士を立てざるを得なくなる。最初に雇ったロートル弁護士(アラン・アルダ)、それに代わって登場するギラギラ系弁護士(レイ・リオッタ)。この弁護士同士の親権や財産をめぐる対決によって、事態は2人が考えていたのとは全く違う方向へ。お互いを非難し合い、過去を暴露し合う激しい争いに突入する。

そんな中で、2人だけで話し合うことの必要性を感じたニコールとチャーリー。だが、結局、さらに険悪な雰囲気になってしまう。このあたりの2人のジレンマも手に取るように伝わってくる。「こんなはずでは」と思いつつ、もはやどうにもできないのだ。その姿が何とも切なく痛々しい。

切ないといえば、終盤、チャーリーと息子の様子を見るために、裁判所の調査員がやってくる場面も切ない。そこでチャーリーは良き父親を演じるものの、誤って自分の腕をナイフで傷つけてしまう。これまた切なくて物悲しすぎる場面である。

ラスト近く、ニューヨークに戻ったチャーリーは、劇団員とともに行った店で歌を歌う。これが哀切漂う素晴らしい歌声なのだ。アダム・ドライヴァーって、こんなに歌がうまかったのかぁ。

結局、裁判によってある一定の結論が出されるのだが、ドラマの主眼はそこではない。あくまでも2人の感情の移ろいこそが、この映画の本丸なのだ。そこで冒頭に登場した手紙を効果的に再度使い、観客を泣かせる構成が心憎い。いや、観客だけでなく、劇中のチャーリーも、ニコールもまた涙する。

そして見逃せないのがラストである。詳しくは伏せるが、ニコールがチャーリーに取ったある行動が、温かな余韻を残してドラマは終わる。安直な絆の再生など期待しないが、それでもニコール、チャーリー、そして息子は新たな良い関係を築くのでは? と思わせられてしまった。ここは紛れもない名シーンである。

女優と劇作家・演出家の夫婦などというと、特殊なケースに思えるかもしれないが、けっしてそんなことはない。様々な夫婦に共通する要素のある普遍的なドラマだ。結婚した経験のない(もちろん離婚経験もない)自分にとっても、心にグッとくる良質な作品だった。

◆「マリッジ・ストーリー」(MARRIAGE STORY)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間16分)
監督・脚本:ノア・バームバック
出演:スカーレット・ヨハンソンアダム・ドライヴァーローラ・ダーンアラン・アルダレイ・リオッタ、ジュリー・ハガティ、メリット・ウェヴァー、アジー・ロバートソン、ウォーレス・ショーン、マーサ・ケリー、マーク・オブライエン
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