映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「リチャード・ジュエル」

「リチャード・ジュエル」
新宿ピカデリーにて。2020年2月1日(土)午前11時15分より鑑賞(シアター7/B-8)。

イーストウッドが描く、一市民を英雄から奈落に突き落とす権力とマスコミの恐ろしさ

ご存知、クリント・イーストウッド監督の最新作。「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」「15時17分、パリ行き」「運び屋」など、過去にも良質の実話映画を監督してきたイーストウッド監督だが、今作も実際に起きた出来事を取り上げている。

1996年にアメリカ・アトランタで起きた爆弾事件を描いたドラマである。ただし、冒頭はその10年前の1986年にさかのぼる。中小企業庁で備品係をしているリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は、弁護士のワトソン(サム・ロックウェル)がスニッカーズ好きだと察して、何も言われないのに新しいスニッカーズを補充する。それをきっかけに2人は親しくなる。

それから10年後の1996年。オリンピック開催中のアトランタ。ジュエルはコンサート開催中の公園で警備員をしていた。そこで彼は不審なリュックを発見する。その中身は無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾だった。爆弾は爆発し死傷者を出す。だが、ジュエルのおかげで多くの人々の命が救われたことから、マスコミはこぞって彼を英雄として報道する。「本を書かないか」という誘いも受け、その契約に関してジュエルはワトソンに相談を持ちかける。

こうしてあっという間に英雄になったジュエルだが、わずか3日後には今度は奈落の底に突き落とされる。事件の捜査に当たるFBIはジュエルに疑いの目を向け始める。それを地元メディアが実名報道したため、ジュエルは激しいバッシングにさらされるようになる。

ジュエルは警官などの「法執行官」に憧れ、国家を信じ、正義と秩序を重んじる人物だ。かつて大学の警備員をしていた時には、それが災いして暴走し、クビになってしまった過去を持つ。不器用で実直、そして本来なら国家から見ても好ましい、善良極まりない一市民なのである。

そんな人物が、あっという間に英雄となり、その直後に国家の敵として非難を浴びようになる。その構図が何とも皮肉で痛々しい。

ジュエルに襲い掛かるFBIの手口は容赦がない。訓練用のビデオ撮影だと偽って強引に自白を引き出そうとする。その他にも盗聴をはじめ、ありとあらゆる手段でジュエルを追い詰めようとする。さらに、マスコミによる取材攻勢も容赦ない。この間までは英雄として持ち上げていた人物を、さしたる確証もないのに犯人と決めつけて、連日報道し続ける。

それに抗するのがジュエルとワトソン弁護士だ。この2人による戦いには、ある種のバディ・ムービー的な要素もある。

ただし、ジュエルはとても危なっかしい。不器用で実直なところが災いし、FBIに対して話す必要のないことまで話してしまう。ワトソンから「喋るな!」と口止めされても、ついつい喋ってしまうのだ。それを見ている観客は、その危なっかしさにハラハラすることになる。

ジュエルを演じるのはポール・ウォルター・ハウザー。「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」で演じたマヌケなワル役を思い起こさせる今回の役柄だ。同時に中盤で怒りに震える本音を吐露するなど、リチャードの複雑な内面を巧みに演じ切っていた。本来はこの役はジョナ・ヒルが演じる予定だったらしいが(レオナルド・ディカプリオとともにプロデューサーに名を連ねている)、結果的にウォルター・ハウザーが演じて大正解だったと思う。

一方、彼を支えるワトソンもなかなかに人間味あふれる人物だ。口が悪くて皮肉屋。弁護士稼業もうまく行っているようには見えない。それでも旧知のジュエルが国家に翻弄される姿が我慢ならずに、あの手この手でジュエルの無実を証明しようとする。それをサム・ロックウェルが演じるからますます魅力的に映る。「スリー・ビルボード」でトラブルメーカーの警官を演じてアカデミー助演男優賞を獲得。先日の「ジョジョ・ラビット」の演技も素晴らしかったが、今回も見事な芝居を披露している。

そしてもう1人、ジュエルを支えるのが母のボビである。本作はジュエルとボビの母子の絆の物語でもあるのだ。こちらも演じるキャシー・ベイツが素晴らしい。特に終盤での息子の無実を訴える演説は圧巻。誰しもハートを揺さぶられてしまうのではないだろうか。

けっこう重たいテーマを突きつけた作品ではあるものの、ちゃんとエンタメ性も担保しているところがイーストウッド監督らしいところ。事件前のコンサートの模様はド派手だし(当時流行っていた「マカレラ」での全員ダンスなど)、爆弾発見→爆発という一連の展開もスリリングに描き出す。

その一方で、女性記者が肉体を武器にネタを取ろうとしたり、FBIの面々が完全な悪役として描かれるなど、ステレオタイプなところが目立つのが本作の欠点といえば欠点だろうか。

それでも暴走する権力やマスコミの恐ろしさは十分に伝わってきたし、それに翻弄される一市民の姿には「明日は我が身」と戦慄を覚えずにはいられない。特に現在はSNSが発達して、既存のマスコミ以上に人々の暴走を加速させる傾向があるだけに、なおさら恐ろしく感じられるドラマだった。それを90歳になろうというイーストウッド監督が描くのだから恐れ入るしかない。

ちなみに、この映画、小ネタにもしっかり配慮されている。劇中でジュエルが胸のあたりを気にするシーンが何度か出てくるのだが、最後に映るテロップでその理由がわかった。また、ワトソンと秘書役の女性の関係もラストで納得。そのあたりの細かな描写にも感心させられた。

 

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◆「リチャード・ジュエル」(RICHARD JEWELL)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間11分)
監督:クリント・イーストウッド
出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェルキャシー・ベイツジョン・ハムオリヴィア・ワイルド、ニナ・アリアンダ、アン・ゴメス、ウェイン・デュヴァル、ディラン・カスマン、マイク・ニュースキー
丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://wwws.warnerbros.co.jp/richard-jewelljp/