映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「37セカンズ」

「37セカンズ」
新宿ピカデリーにて。2020年2月7日(金)午後1時10分より鑑賞(シアター4/D-9)。

~障がいを持つ女性の成長への軌跡。そのひたむきな姿に共感

5年ほど前に転倒して膝の膝蓋骨を粉砕骨折。1か月入院して1年リハビリに通った。今でこそ日常生活に大きな支障はないが、当時は階段の上り下りも出来ずに往生したものだ。「障がい者の方々は、ふだんからこういう苦労をしているのだなぁ~」とつくづく思ったのはその時である。

とはいえ、日常的に障がい者の方に接する機会があるわけでもなく、彼らの実情を正しく理解しているとは言い難い。そこに見えない壁のようなものがあるのは事実。そんな中、障がいを持つヒロインの姿をリアルに感じ、自然に共感できた映画が『37セカンズ』(2019年 日本・アメリカ)である。

主人公は脳性麻痺車いす生活を送る23歳の貴田ユマ(佳山明)。彼女は出生時に37秒間呼吸ができなかったために、手足が自由に動かない身体になってしまった。タイトルの「37セカンズ」とは、そのことを指す。

ユマは、親友の漫画家のアシスタントをしていた。アシスタントと言えば聞こえはいいが、実際はゴーストライターだ。もちろんその存在も秘密にされていた。一方、家では過保護な母親・恭子(神野三鈴)によって、身の回りのことを全て取り仕切られていた。

そんな日々に息苦しさを感じて独り立ちしたいと願うユマは、アダルト漫画専門誌に自作を持ち込む。だが、女性編集長から「実体験がないと良い作品は描けない」と言われてしまう。その言葉に発奮して、未知の世界に飛び込んでいくユマ。マッチングアプリで様々な男と会い、夜の街で男娼を買うなど性の世界へ踏み出す……。

本作で(特に前半で)特徴的なのは、漫画やアニメなどを使ったポップでカラフルな世界観。ユマが描いた漫画が動き出すような場面もある。これは障がい者や性を扱うことを意識して、暗さや淫靡さを払拭しようとしたものなのだろうか?

それにしても、アダルト漫画専門誌の女性編集長の「実体験がないと良い作品は描けない」という言葉は何とステレオタイプな。むしろ想像の方がイヤらしかったりするわけで、ピントが外れたセリフだよなぁ~。

などと思っていたのだが、観ているうちにどんどん引き込まれていった。確かに現実離れした描写やステレオタイプな部分も目立つ作品だが、それでも基本はリアルなのだ。障がい者の、いや障がいの有無にかかわらず、閉塞状況にある一人の女の子の冒険と成長がリアルに描き込まれているのである。

転機となるのが、ユマと障がい者専門の風俗嬢・舞(渡辺真起子)との出会いだ。公式サイトで瀬々敬久監督も同様のことをコメントしていたが、そこから物語が生き生きと輝き始める。舞という媒介を通して、ユマの新たな人生の扉が開く。そこには舞やユマに自然体で寄り添う介護福祉士の俊哉(大東駿介)の存在もある。

だが、そんなユマの新たな生き方を快く思わない(というか心配でたまらないのだろう)母の恭子は、さらにユマを支配しようとする。そして、ついにユマは家を出る。

障害者の性を扱うというと、何やらセンセーショナルに聞こえてしまうが、それはあくまでもユマの自立と成長に向けた一つの過程でしかない。後半に描かれるのは、彼女の出生と家族を巡る旅だ。

何と、そこでは舞台がタイにまで飛ぶ。そのあたりの展開は唐突で都合がよすぎることも多いのだが(たとえば渡航費用の問題とか、何であいつはタイ語ができるんだ?とか)、それでも現地でのある人物との出会いを静かに抑制的に描き、ユマの成長を示すところに好感を覚えた。全編を通した繊細な心理描写もあって、説得力は十分だった。

様々な経験を経て、新たな一歩を踏み出すユマと母の恭子の姿を、さりげなく描いた結末も心に染みる。

本作は、サンダンス映画祭とNHKが主宰する脚本ワークショップで日本代表作品に選ばれた作品とのこと。日米合作となっているのはそのためだろう。第69回ベルリン国際映画祭でもパノラマ部門で観客賞とCICAEアートシネマ賞を受賞した。HIKARI監督はロサンゼルスを拠点にしているようだが、まだ粗削りとはいえなかなかの才能の持ち主で、今後が楽しみだ。

それより何より、本作の最大の魅力は役者たちの演技だろう。神野三鈴、渡辺真起子大東駿介、芋生悠ら脇役陣の好演も素晴らしいのだが、何といっても白眉は主演の佳山明の演技。実は彼女自身も出生時のトラブルで脳性麻痺になり、今回は約100名の応募者の中から選ばれたとのこと。

障がい者障がい者を演じるのだからリアルなのは当たり前」と思うかもしれないが、そんな次元を超えたリアルで存在感のある演技だった。そして笑顔がとびっきり可愛い。おかげで、悩み苦しみ葛藤し、それでも懸命に前を向こうとするマユのひたむきな姿に、心を揺さぶられてしまった。

障がい者差別や障がい者の性といったテーマも織り込まれているものの、強いメッセージ性や感動の押し売りとは無縁。障がいの有無に関係なく困難を抱えた一人の女の子の成長物語として、とても魅力的な作品だった。ぜひ固定観念や常識を捨てて観て欲しいと思う。

 

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◆「37セカンズ」
(2019年 日本・アメリカ)(上映時間1時間55分)
監督・脚本:HIKARI
出演:佳山明、神野三鈴、大東駿介渡辺真起子熊篠慶彦、萩原みのり、宇野祥平、芋生悠、渋川清彦、奥野瑛太石橋静河尾美としのり板谷由夏
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ http://37seconds.jp/