映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

第33回東京国際映画祭~その4

今年の東京国際映画祭で観た17本の映画を紹介するシリーズ。いよいよ今回が最後となります。
*各作品の予告映像などは東京国際映画祭のホームページにあります。
https://2020.tiff-jp.net/ja/


・13本目
「息子の面影」
2020年11月7日(土)TOHOシネマズ六本木にて。午前12時20分より鑑賞(スクリーン5)

~行方不明の息子を捜す母の衝撃の社会派サスペンス

仕事を求めてメキシコから国境を超えてアメリカを目指す息子。だが、まもなく一緒に行った友人が遺体で見つかる。一方、行方不明になった息子を捜すため母は国境近くへ足を運ぶのだが……。不穏な空気が漂うミステリー・サスペンス。同時に不法移民をはじめ貧困層を取り巻く過酷な状況を映し出す社会派ドラマでもある。様々な情報をもとに息子の行方を追う母と、アメリカから強制退去になった一人の青年がやがて交差し、想像もできない衝撃的な結末へと向かう。荒涼たる自然の風景や悪魔をイメージさせる犯人たちの姿など、鮮烈な映像も印象的。

◆「息子の面影」(IDENTIFYING FEATURES/Sin Señas Particulares)
(2020年 メキシコ・スペイン)(上映時間1時間35分)
監督:フェルナンダ・バラデス
出演:メルセデスエルナンデス、ダビ・イジェスカス、フアン・ヘスス・バレラ
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・14本目
「足を探して」
2020年11月7日(土)TOHOシネマズ六本木にて。午後3時40分より鑑賞(スクリーン5)

グイ・ルンメイの新たな一面が見られるユニークなコメディ

敗血症で足を切断した夫。それでも結局命を落とす。妻は遺体を搬送する段になって、切断した足がないことに気づき、病院内を必死で探すのだが……。そんな現在進行形のドラマと並行して夫婦の過去を描く。社交ダンスを通じて結ばれた2人だが、夫は不祥事ばかり起こして、ついに2人は離れて暮らすようになったのだ。全編笑いが満載のコメディ。最大の見どころは「藍色夏恋」「薄氷の殺人」「鵞鳥湖の夜」のグイ・ルンメイが新たな一面を見せているところ。ヤクザ相手に一歩も引かずしたたかに渡り合い、下ネタを繰り出して笑いを誘う。ダンスシーンもなかなかのもの。最後は夫婦の絆でホッコリさせてくれる。

◆「足を探して」(A LEG/腿)
(2020年 台湾)(上映時間1時間55分)
監督:チャン・ヤオシェン
出演:グイ・ルンメイ、トニー・ヤン

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・15本目
「マリアの旅」
2020年11月7日(土)TOHOシネマズ六本木にて。午後6時40分より鑑賞(スクリーン4)

若い女性との出会いをきっかけに新たな一歩を踏み出す老女

ベルギーで心臓発作で入院した老女マリアが若い女と相部屋になる。最初は傍若無人な彼女を嫌悪するが、同じスペイン出身と知り次第に心を通わせる。やがてその女は難病で命を失う。かわいそうに思ったマリアは遺灰を持って彼女の実家まで旅をする……。マリアは訪問先の村で、変わったバーのオーナーや亡くなった女の元カレなどと出会い、今までの人生では想像もできなかった様々な経験をする。そうするうちに、最初はほとんど無表情で疲れた表情をしていたマリアが、どんどん豊かな表情になり生き生きとする姿が印象的。年齢に関係なく、新たな一歩を踏み出せることを示したロードムービー

◆「マリアの旅」(THAT WAS LIFE/La vida era eso)
(2020年 スペイン)(上映時間1時間49分)
監督:ダビッド・マルティンデ・ロス・サントス
出演:ペトラ・マルティネス、アンナ・カスティーリョ、フローリン・ピエルジク・Jr.

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・16本目
「HOKUSAI」
2020年11月8日(日)TOHOシネマズ六本木にて。午後12時50分より鑑賞(スクリーン6)

葛飾北斎の絵にかける執念に迫る

多くの謎に包まれた絵師・葛飾北斎の伝記映画。1章&2章の若き日を柳楽優弥、3章&4章の晩年を田中泯が演じる。版元の蔦屋重三郎、戯作者の柳亭種彦らとのエピソードを中心に、北斎の絵にかける壮絶な執念を描写。特に病に倒れてもなお絵にすべてを注ぎ込む晩年の姿には、ただ圧倒されるばかり。存在感十分の田中泯の表情やしぐさから、多くのことが伝わってくる。幕府の表現の自由に対する抑圧もドラマの大きなポイント。終盤の柳亭種彦に対する弾圧と、それに対する北斎の憤りは、今の時代にも通底するものがある。来年一般公開予定とのこと。

◆「HOKUSAI」
(2020年 日本)(上映時間2時間9分)
監督:橋本 一
出演:柳楽優弥田中泯阿部寛

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・17本目
メコン2030」
2020年11月8日(日)TOHOシネマズ六本木にて。午後3時30分より鑑賞(スクリーン5)

~10年先のメコン河をテーマにした流域5カ国の若手監督によるオムニバス

「2030年のメコン河」をテーマにした流域の5カ国の若手監督によるオムニバス映画。森林破壊が進んだ森で仏像を発見した男と、その土地の管理人が売却を巡って起こす諍い。貴重な血液を持つ母を取り合う兄と姉の争いに巻き込まれる弟。奥地の村の金山の開発を巡って苦悩する若い村長。個展で上映するメコン河の映像についてのあれこれ。僧侶に不眠の相談をする若いカップルと昔別れた恋人たち。2030年という近未来がテーマだけに、環境問題、貧困問題、金銭欲など様々な素材が取り上げられている。なかには難解ですぐには理解できない作品もあったが、流域の人々にとってメコン河の存在がいかに大きいかはよく伝わってきた。

◆「メコン2030」(MEKONG 2030)
(2020年 ラオスカンボジアミャンマー/タイ/ベトナム)(上映時間1時間33分)
監督:ソト・クォーリーカー、アニサイ・ケオラ、サイ・ノー・カン、アノーチャ・スウィチャーゴーンポン、ファム・ゴック・ラン
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以上が今回鑑賞した17本。例年のようなコンペがないなど、イマイチ盛り上がりに欠けるのも事実だったが、それでも世界から集められた作品だけに、どれもバラエティーに富んでいて見応えがあった。

さて、こうしてまた日常に戻ったわけで、次回からはまた普通に映画館で観た映画の感想を書きます。

 

第33回東京国際映画祭~その3

引き続き東京国際映画祭で観た映画の感想を書きます。
*各作品の予告映像などは東京国際映画祭のホームページにあります。
https://2020.tiff-jp.net/ja/

・7本目
「蛾の光」
2020年11月5日(木)TOHOシネマズ六本木にて。午後2時50分より鑑賞(スクリーン6)

~声を失った女性ダンサーと老芸術家の交流

シンガポールの監督による東京藝大の修了制作。声なき者の代弁者となるべく話すことをやめ、口がきけなくなった若い女性ダンサーが、引退した老芸術家と文通をする。その交流を通じて母を失った過去と向き合う……。女性ダンサーが話すことをやめた設定ということもあり、セリフではなく映像で多くを物語るドラマ。ラストシーンの海辺でのダンスをはじめ、何度か登場するダンスシーンが圧巻。美しい自然美も印象に残る。時制を行き来し、詳しい説明もないためわかりやすいドラマではないが、まるでアートのような魅力を持った作品。

◆「蛾の光」(LIGHT OF A BURNING MOTH)
(2020年 日本)(上映時間2時間)
監督:リャオ・チエカイ
出演:ハ・ヨンミ、あらい 汎、ただのあっ子

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・8本目
「悪の絵」
2020年11月5日(木)TOHOシネマズ六本木にて。午後5時より鑑賞(スクリーン5)

~死刑囚の絵に魅了された画家

服役中の囚人に絵を指導する耳の不自由な画家。ある日、無差別殺人犯の絵に魅了され展覧会を開くが、世間から大きな非難を浴びてしまう。画家はその殺人犯がかつて弟と遊んだという秘密基地へ足を運んでみるのだが……。前半は犯罪に関する社会派ドラマ的な味わいを持つが、途中からは芸術や作家に関する深いテーマ性を持つ作品へと転化。画家が目撃する衝撃のシーンをはじめ、ホラーやサスペンス的な香りも漂う。序盤とは全く違う終盤の画家の表情や作風が何とも意味深。

◆「悪の絵」(THE PAINTING OF EVIL/惡之畫)
(2020年 台湾)(上映時間1時間22分)
監督:チェン・ヨンチー
出演:イーストン・ドン、リバー・ホァン、エスター・リウ

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・9本目
「デリート・ヒストリー」
2020年11月5日(木)TOHOシネマズ六本木にて。午後6時45分より鑑賞(スクリーン4)

現代社会を痛烈に皮肉った社会派コメディ

フランス郊外の住宅地。妻に先立たれカードローンで苦しむ男、ネットの評価が低い女性タクシー運転手、酒癖が悪く夫が息子を連れて出て行った女性。ネット社会に翻弄され、金銭問題で苦しむ彼らは、どんどん追い詰められ、ついに無謀な作戦を決行する……。現代社会が抱える問題を痛烈に皮肉ったユーモアたっぷりの社会派コメディ。ユニークな人々のおバカな行状に終始笑いっぱなし。GAFAに刃を向けるなど、終盤の無謀な報復作戦の顛末にも爆笑。糸電話を使ったラストシーンも秀逸。ベルリン映画祭銀熊賞受賞作。

◆「デリート・ヒストリー」(DELETE HISTORY/Effacer l'historique)
(2020年 フランス・ベルギー)(上映時間1時間46分)
監督:ブノワ・ドゥレピーヌ、ギュスタヴ・ケルヴェン
出演:ブランシュ・ギャルダン、ドゥニ・ポダリデス、コリンヌ・マジエロ、ヴァンサン・ラコスト

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・10本目
「ある職場」
2020年11月6日(金)TOHOシネマズ六本木にて。午前10時30分より鑑賞(スクリーン6)

~実際のハラスメント事件をもとに日本の今を問う

あるホテルチェーンの女性スタッフが上司にセクハラを受け、それを告発したことから大きな騒ぎになる。その後、その会社の社員たちが江の島の保養所に集まり、被害者を励まそうとするのだが……。実際に起きた出来事をもとに日本のハラスメントの根深さを描く。保養所での従業員たちの議論の様子は、まるでドキュメンタリーのようにリアル。「これ以上事を荒立てても」「あなたにも落ち度があるのではないか」といった被害者をさらに傷つける言動をはじめ、ネットの炎上など社会が抱える問題に真摯に向き合う。観ていて辛くなるところもあるがこれはまさに現実。文句なしの意欲作。

◆「ある職場」
(2020年 日本)(上映時間2時間15分)
監督:舩橋 淳
出演:平井早紀、伊藤恵、山中隆史

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・11本目
「オマールの父」
2020年11月6日(金)TOHOシネマズ六本木にて。午後12時55分より鑑賞(スクリーン5)

パレスチナ人の父とイスラエル人の妊婦の心の交流

イスラエルの病院で亡くなった息子。だが、遺体の搬送費用がない。そこでパレスチナ人の父は遺体をバッグに入れて検問所を通ってパレスチナの家に帰ろうとする。だが、あいにく外出禁止令が出て検問所を通過できない。そんな中、見るに見かねたイスラエル人妊婦が手を差し伸べるのだが……。イスラエルパレスチナの対立という厳しい社会状況を背景に、普段なら触れ合うことのない2人の心の交流を描くロードムービー。さりげないユーモアを交えながら2人を温かく見つめる視点が印象深い。ほろ苦さの残るラストも心にしみる。

◆「オマールの父」(ABU OMAR
(2020年 イスラエル)(上映時間1時間53分)
監督:ロイ・クリスペル
出演:カイス・ナーシェフ、シャニー・ヴェルシク

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・12本目
チンパンジー属」
2020年11月6日(金)TOHOシネマズ六本木にて。午後4時45分より鑑賞(スクリーン5)

~鬼才ラヴ・ディアス監督が人間の愚かさを描きだす

鉱山で働く3人の男が孤島に帰郷する。前半は山の向こうの村に向かう一行を、後半はあることから一人だけ生き残った男が、悪や不正が横行する村で過酷な運命に翻弄される姿を描く。フィリピンの鬼才ラヴ・ディアス監督は長尺映画でおなじみだが、本作は2時間半強と彼にしては短めの作品。それでも密度の濃さは半端ない。「人間の脳はチンパンジーから進化しているのか?」という疑問をベースに、人間の愚かさを「これまでもか!」とあぶり出している。宗教や民俗的(黒い馬の伝説が印象的)な要素もある独自の美学に貫かれた作品。フィリピンのみならず世界の人間たちの愚行を想起させる。

◆「チンパンジー属」(GENUS PAN/Lahi, Hayop)
(2020年 フィリピン)(上映時間2時間37分)
監督:ラヴ・ディアス
出演:ナンディン・ジョセフ、バート・ギンゴナ、DMs・ブーンガリ

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第33回東京国際映画祭~その2

今年の東京国際映画祭は昨日9日に終了。今回は新型コロナウイルスの影響でコンペティション部門の賞はなく、唯一存続した観客賞には、日本映画「私をくいとめて」(大九明子監督)が選ばれた。この映画については、劇場公開が近いので今回は鑑賞しなかったものの、会期中に計17本の映画を鑑賞。前回予告したように何回かに分けて、その感想を簡単に書きます。

*各作品の予告映像などは東京国際映画祭のホームページにあります。
https://2020.tiff-jp.net/ja/

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・1本目
「バイク泥棒」
2020年11月1日(日)TOHOシネマズ六本木にて。午後5時5分より鑑賞(スクリーン4)

~移民の苦悩と悲哀をリアルに切り取る

ロンドンでデリバリー業で家族を養うルーマニア移民の男が主人公。妻と娘と赤ん坊と暮らす彼は、ある時商売道具であるバイクの盗難に遭う。店の同僚のアドバイスで警察に行くが、書類の書き方を教えるだけで、すぐには捜査してくれない。店の社長に家庭の話として相談するが、「そうなったら自己責任だ」と宣告され事実を告げられない。どんどん追い詰められた彼は、ついに禁断の手に出るのだが……。移民の苦悩、悲哀をリアルに描いた社会派サスペンスだ。ケン・ローチ作品にも通じるテーマを持つ作品だが、こちらはよりダークでスリリングなタッチ。危険に満ちたロンドンの夜景も印象的。あまりにも皮肉な結末に虚しさがこみあげてきた。

◆「バイク泥棒」(THE BIKE THIEF)
(2020年 イギリス)(上映時間1時間19分)
監督:マット・チェンバーズ
出演:アレック・セカレアヌ、アナマリア・マリンカ、ルシアン・ムサマティ

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・2本目
「恋唄1980」
2020年11月2日(月)TOHOシネマズ六本木にて。午前10時20分より鑑賞(スクリーン5)

~喪失感を抱えた男女の繊細な恋愛劇

舞台は1980年代、改革開放の時代の中国。大学生の兄と高校生の弟。やがて兄は亡くなり、弟は大学に進学。そこで兄の恋人だった女性と再会する……。兄を亡くした弟と、兄の恋人だった女性、そしてもう一人の謎めいた女性による恋愛ドラマ。登場人物は誰もが喪失感を抱え、恋愛の波間を漂う。ベタな恋愛ドラマになりがちな素材だが、ロウ・イエ監督作品の脚本家で、デビュー作「ミスター・ノー・プロブレム」で2016年の東京国際映画祭芸術貢献賞を受賞したメイ・フォン監督が、独特のタッチで男女の微妙な心理状態をあぶり出す。饒舌さとは無縁。観客の想像を促す余白を残す。自然の光景など映像の美しさも魅力的。

◆「恋唄1980」(LOVE SONG 1980/恋曲1980)
(2020年 中国)(上映時間2時間7分)
監督:メイ・フォン
出演:リー・シェン、ジェシー・リー、マイズ
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・3本目
「ティティ」
2020年11月2日(月)TOHOシネマズ六本木にて。午後4時50分より鑑賞(スクリーン4)

~身勝手な物理学者とロマの女性の心のふれあいを

入院中のエリート物理学者と病室清掃係のロマの女性が知り合う。物理学者はブラックホールの謎に関わる数式を紙に書き留めるが、その直後に意識を失う。回復した彼は数式を覚えておらず、どこかに消えた紙の行方を必死で追う。その過程で次第に清掃係の女性と心を通わせるのだが……。ブラックホールの謎、代理出産、超能力(?)など様々なネタを織り込みつつ、2人の関係やそれぞれの心の変化を描くユニークなイラン映画。何よりも他に類を見ないロマの女性のキャラが魅力的。ラストもなかなか粋な終わり方。最初は研究のことしか考えず身勝手だった教授のさりげない変化が描かれ、温かな気持ちになれた。

◆「ティティ」(TITI)
(2020年 イラン)(上映時間1時間42分)
監督:アイダ・パナハンデ
出演:エルナズ・シャケルデュースト、パルサ・ピルーズファル、ホウタン・シャキバ

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・4本目
「皮膚を売った男」
2020年11月3日(火)TOHOシネマズ六本木にて。午前10時25分より鑑賞(スクリーン4)

~大胆な発想で移民の波乱の運命を描く風刺寓話

シリアで不法逮捕され脱出した男が、恋人とも別れてレバノンに逃亡する。そこで現代アートの巨匠から、自身の背中を作品として提供するようオファーを受け、それを受け入れる。だが、そこから彼の苦難が始まる……。移民難題や貧困問題、さらには現代アートのウソ臭さなども視野に入れて、痛烈な皮肉とともに描いた風刺寓話。自由を求めてアート作品になったはずの男が逆に不自由な生活を強いられる皮肉。社会派の側面を持ちながらもエンタメ性十分で、特に終盤の二転三転する展開には度肝を抜かれた。今回観た中でも一、二を争う面白さの作品だった。

◆「皮膚を売った男」(THE MAN WHO SOLD HIS SKIN/L'Homme Qui Avait Vendu Sa Peau)
(2020年 チュニジア・フランス・ベルギー・スウェーデン・ドイツ・カタールサウジアラビア)(上映時間1時間44分)
監督:カウテール・ベン・ハニア
出演:モニカ・ベルッチ、ヤヤ・マへイニ、ディア・リアン

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・5本目
「ノー・チョイス」
2020年11月3日(火)TOHOシネマズ六本木にて。午後12時40分より鑑賞(スクリーン5)

~イラン社会の闇をえぐる緊張感に満ちたドラマ

16歳のホームレスの少女が、夫と称する男から金のために代理出産をさせられそうになる。それを知った人権派の女性弁護士が、彼女を救うために立ち上がる。その過程で不同意の不妊手術の事実が明らかになり、ある一人の女性医師にたどりつくのだが……。サスペンスフルな映像をはじめ、半端でない緊張感が全編を貫く。後半には法廷劇も用意され、謎解きの映画としてもなかなかの作品だが、何よりもイラン社会の闇をえぐり出す筆致が鋭い。ホームレス問題や社会福祉の不備、司法の腐敗など負の側面が容赦なく描かれる。衝撃的なラストに言葉を失う。

◆「ノー・チョイス」(NO CHOICE/Majboorim)
(2020年 イラン)(上映時間1時間48分)
監督:レザ・ドルミシャン
出演:ファテメ・モタメダリア、ネガール・ジャワヘリアン、パルサ・ピルズファル

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・6本目
「MARU 夢路」
2020年11月3日(火)TOHOシネマズ六本木にて。午後2時40分より鑑賞(スクリーン6)

~姉妹の絆と確執を描く美しく哀しい映像詩

マレーシア・日本合作で後半は日本が舞台となる作品。心を病んだ母を持つ姉妹。母が亡くなり、家を出ていた姉が久々に妹と再会する。2人はしばらく一緒に暮らすものの、妹は突然姿を消す。やがて妹の訃報が日本からもたらされる……。姉妹の絆と確執を描いたドラマ。セリフは最低限。時制が入り乱れ、現実と非現実を行き来しつつ、美しい映像で見せる映像詩。どのシーンも独特の美学に貫かれ、全編にもの悲しさとミステリアスさが漂う。終盤の衝撃的な展開にはビックリさせられた。永瀬正敏水原希子も出演。音楽は細野晴臣。11月13日から日本公開予定。

◆「MARU 夢路」(MALU/无马之日)
(2020年 マレーシア・日本)(上映時間1時間52分)
監督:エドモンド・ヨウ
出演:セオリン・セオ、メイジュン・タン、永瀬正敏水原希子

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第33回東京国際映画祭~その1

しばらくブログ更新が滞っていたのは、ただサボっていたわけではない。10月31日から明日11月9日まで開催中の第33回東京国際映画祭に参加していたからだ。

毎年、関係者向けのパスをもらって参加させてもらっているのだが、今年も皆さんのご厚意により参加することができた。

今年の映画祭は、コロナ禍で例年とは違うスタイル。規模を縮小し、賞を競うコンペティション部門を統合した「TOKYOプレミア2020」部門を新設し、観客賞だけを選出。ウェブ会議システムを使ったトークイベントなどを実施した。

とはいえ、私が参加する関係者向けの上映は例年通り、六本木のTOHOシネマズ六本木のスクリーンでの上映。変わったのは、これまでは映画館内に列を作って開場を待っていたのに対して、今年は広場のチケットカウンター横に整列し、検温の後に入場するところぐらい。

私が参加したのは11月1日から本日の8日まで。序盤は仕事だったり、病院の予約が入っていたりで、ポツリポツリとしか参加できなかったのだが、後半は怒涛の鑑賞ラッシュ。5日から7日までは連日1日3本を鑑賞。本日も2本を鑑賞して会期中に計17本の映画を鑑賞することができた。

その間、昼間は六本木に出かけ、帰って夜中まで仕事をして、4~5時間眠って、また朝に六本木に行くという生活。朝10時半から午後4時半まで食事もせずにぶっ続けで鑑賞という日もあり、かなり疲れたのは事実。体重も確実に減ったなぁ・・・。

しかし、それでもさすがに選ばれた映画ばかりゆえ、どれも面白い作品で、充実の日々を送ることができたのである。感謝感謝。

というわけで、次回から何回かに分けて、鑑賞した17本の映画について簡単に紹介と感想を書く予定。しばしお待ちください。

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「罪の声」

「罪の声」
2020年10月30日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後12時15分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

~巧みな脚色が光る、実在の未解決事件をモチーフにした社会派エンタメ

1984~1985年にかけて起きたグリコ・森永事件といえば、日本中を震撼させ、未解決のまま時効を迎えた事件。犯人グループは、誘拐、身代金要求、毒物混入などの犯罪を繰り返す一方で、警察やマスコミを挑発し続けた劇場型犯罪だ。その事件をモチーフにした映画が「罪の声」(2020年 日本)である。原作は塩田武士の同名小説。

時代は平成が終わろうとしている頃。新聞記者の阿久津英士(小栗旬)は、文化部記者ながら、35年前に起きた「ギンガ・萬堂事件」を取り上げた特別企画班に入れられ、事件の真相を追い始める。

一方、京都でテーラーを営む曽根俊也(星野源)は、父の遺品の中に古いカセットテープを発見し、そこに録音された自分の声がギンガ・萬堂事件で使われた脅迫テープの声と同じことに気づきショックを受ける。曽根は事件の真相を追い始める。

というわけで、前半は阿久津と曽根がそれぞれに様々な人々に会い、様々な証言を得て事件の謎を解き明かしていく姿を描く。

映画を観る前に原作を読むことはあまりないのだが、本作の原作に関してはすでに読了していた。その時に「これはぜひ映画化すべきだ」と思った。それほど面白い小説だったのだ。

とはいえ、原作はぎっしりと内容が詰まっている。時代を行き来し、舞台も日本だけでなくイギリスにまで飛ぶ。これをそのまま映画化したら4~5時間の長尺の映画になってしまうのではないだろうか。そう思ったものである。

ところが実際に映画化された本作を観て、感服するしかなかった。2時間22分という尺の中に、コンパクトかつ過不足なく原作のエッセンスを落とし込んでいる。まるで脚色のお手本のような作品だ。ちなみに脚本はテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」「アンナチュラル」などでも知られる野木亜紀子

主要な登場人物は原作そのままだし、エピソードの骨格もほぼそのままだ。事件の背景には株相場をめぐる動きや学生運動など、様々な要素が絡み合っている。それらもほとんど削ることなく描くのだが、散漫に感じることはなかった。

すでに原作を読んだにもかかわらず、つい引き込まれてしまう。前述した脚本の妙に加え、証言者たちを演じる役者たちが凄いのだ。堀内正美浅茅陽子佐藤蛾次郎佐川満男塩見三省正司照枝沼田爆などなど、日本の映画やテレビドラマで長年活躍してきた役者たちが、次々に出てくる。さすがに存在感十分。「おお!今度はこの人か」と目が離せなかった。

後半は、曽根と阿久津が出会い、今度は2人で一緒に事件の謎を追う姿が描かれる。そこでは、曽根の他にもう2人の事件に関与させられた子供に焦点が当てられ、その波乱の人生が描かれる。

本作は単に事件の真相を追うだけでなく、主要な人物たちの人間ドラマを描き出す作品だ。曽根は知らないうちに事件に関わってしまったことに罪悪感を抱き、苦悩する。一方、阿久津は社会部の事件記者としての仕事に疑問を抱き文化部へ異動したが、図らずも未解決事件を追うことになり戸惑う。そんな2人の間には、行動をともにするうちに友情らしきものも生まれる。

そして何よりも本作は、大人の思惑に翻弄され、利用された3人の子供たちを描いたドラマだ。終盤、阿久津はイギリスに飛び、事件のカギを握るある人物を探し当てる。その人物こそが、子供たちを利用した大人の1人である。阿久津は彼を糾弾する。だが、それは彼個人に向けられた怒りを超えて、社会全体への怒りにも感じられる。今もこの社会では、多くの子供たちが過酷な運命に遭っている。作り手たちは、それも視野に入れてこのシーンを描いたのではないか。

さらに遡れば、こうして糾弾される人物もまた、幼い頃に権力に翻弄されて、その怒りが事件を引き起こす原動力となった。その点で彼は加害者であるのと同時に、権力の被害者でもある。様々な大きな力に翻弄され、運命を狂わせられた人々を描いた点で、本作は見事な社会派映画となっている。

一方、本作はエンタメとしての魅力も失わない。終盤にはある母子の感動の再会で涙を誘う。さらに、その後には曽根の音声テープをめぐって、本作で最大の意外な事実が判明する。それによって、また新たな人物にまつわる人間ドラマも明かされる。

もちろん最後はエンタメらしく、希望の光を灯して終わる。すべてを知った曽根はリスタートを切る。阿久津も自分なりの記者の矜持を持つに至り再出発する。

本作の土井裕泰監督は、個人的には「いま、会いにゆきます」「涙そうそう」など感動ドラマのイメージが強かったのだが、元々TBSのドラマの演出家で、映画も「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」「映画 ビリギャル」など様々なタイプの作品を監督しているだけに、その職人芸的な演出がいかんなく発揮されていると言えそうだ。

また、すでに証言者役の役者たちには言及したが、それ以外も充実のキャスト。阿久津役の小栗旬、曽根役の星野源に加え、松重豊古舘寛治市川実日子火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子宇野祥平など、よくぞこれほどのキャストを揃えたもの。特にベテランたちの味のある演技が素晴らしい。

なんとも濃密すぎる2時間22分で、その長さをまったく感じなかった。すでに原作を読んでいても途中で飽きることはなかった。グリコ・森永事件を知らなくても楽しめるが、多少は予習しておくと、さらに面白さが増すかも……。

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◆「罪の声」
(2020年 日本)(上映時間2時間22分)
監督:土井裕泰
出演:小栗旬星野源松重豊古舘寛治市川実日子火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子宇野祥平篠原ゆき子原菜乃華阿部亮平、尾上寛之、川口覚阿部純子、水澤紳吾、堀内正美木場勝己橋本じゅん桜木健一浅茅陽子、高田聖子、佐藤蛾次郎佐川満男宮下順子塩見三省正司照枝沼田爆、岡本麗、若葉竜也須藤理彩
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://tsuminokoe.jp/

「生きちゃった」

「生きちゃった」
2020年10月28日(水)ユーロスペースにて。午後1時30分より鑑賞(スクリーン1/D-8)。

~物言わぬ関係が転落を招く、荒々しく殺気に満ちたド迫力の映画

声に出さなくても互いに理解しあえるなら、こんなに楽なことはないだろう。いわゆる「以心伝心」というやつである。だが、実際はそれはなかなか難しい。やっぱりちゃんと言葉にしなければ、大切なことは伝わらないに違いない。

映画「生きちゃった」(2020年 日本)を観て、そんなことを考えさせられた。「舟を編む」「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」「町田くんの世界」などの石井裕也監督が、自身のオリジナル脚本を映画化した作品だ。香港国際映画祭と中国Heaven Picturesの共同出資で「至上の愛」をテーマに映画を製作するプロジェクトがあり、石井監督はアジアを代表する6人の映画監督の1人として参加したとのこと。

最初にスクリーンに映るのは、厚久、武田、奈津美という3人の登場人物の学生時代。幼なじみの3人は、いつも一緒に過ごしていた。

それから時が経ち、30歳になった厚久(仲野太賀)は奈津美(大島優子)と結婚し、2人の間には5歳になる娘がいた。けっして裕福ではないものの、それなりに充実した日々を送っているように見える厚久と奈津美。2人は今も武田(若葉竜也)と仲が良かった。

そんなある日、体調不良で会社を早退した厚久は、自宅で奈津美が見知らぬ男と抱き合っている浮気現場に遭遇してしまう。あまりの衝撃に現実を受け止めきれず、厚久は奈津美を怒ることも、悲しむこともできずにいた。だが、そのことが事態をさらに悪化させる。

2人は離婚し、奈津美は浮気相手と一緒に暮らすようになる。だが、その男はろくでもない男だった……。

本作を観る前には「生きちゃった」という軽いタイトルから、「コミカルで軽々としたタッチの映画なのだろう」と勝手に想像していたのだが、いやいや逆にヘヴィーな映画だった。途中で異色のポップ・デュオのレ・ロマネスクが登場するあたりこそコミカルな味わいがあるものの、それ以外は荒々しく壮絶なタッチが続く。

それでも最初のうちは「ありがちな話だなぁ」としか思わなかった。なるほど、厚久が妻の浮気現場を目撃するあたりの映像は、彼の衝撃がリアルに伝わる巧みな映像だったが、ドラマの展開自体にはさほど面白みを感じなかった。

だが、次第にこの映画、何かが変だと感じるようになる。まず奈津美が嫌う厚久の両親が変である。単に嫁に対して口うるさい義父母といった域を超えて、何かが奇妙なのだ。さらに、厚久の兄は大麻漬けで引きこもり。こちらも不穏で不気味な雰囲気を漂わせている。

そして、この兄こそが、中盤でとんでもない出来事を起こす。おそらくそれは彼なりの弟への思いが暴走したものだろう。だが、それにしても衝撃的な展開だ。

ちなみに、その出来事の後に、厚久の父親がやたらに家族写真に固執するシーンが登場する。まるで家族の絆を強引にフィルムに焼き付けようとするかのような行動で、それが逆にこの家族の危うさを浮き立たせている。

ありがちで陳腐なドラマに思えた序盤とは一転、中盤以降の情け容赦のない負の連鎖には心がざわつき、胸苦しくなるほどだった。過酷な運命に翻弄される登場人物たち。そして、さらに終盤には空恐ろしい出来事が待っているのである。

そんな衝撃的なドラマを通して、石井監督が伝えたいことは明白だろう。映画の序盤で、厚久と武田が中国語や英語を習う場面がある。2人で起業を目指すためというのだが、そこでの2人は饒舌だ。思ったことを素直に口にする。

だが、ふだんの2人は寡黙になる。特に厚久は奈津美に対して胸の内をさらけ出さない。愛情を口にすることもない。そのことを非難する奈津美にしても、自身の思いを胸にしまい、何もないかのように振る舞ってきた。そのことこそが2人を破局へと導いたのだ。

きちんと言葉にして心を通わせないことで、人生を台無しにしてしまうことがある。石井監督はそれを強く訴える。それは単に「愛している」を口に出して言えないがために、すれ違う夫婦というような生易しい話ではない。物言わぬことを美徳とするような日本人の特性そのものを撃ち抜き、観客をも挑発する。

厚久が亡き祖父について語る場面がある。あれほど可愛がってくれたのに、今では存在していたのかどうかもわからないといった主旨だ。あのセリフは、生きている間にしっかりと言葉を交わして心を通わせることの大切さを、さらに念押しするものなのかもしれない。

壮絶なラストも必見だ。多くのものを失い、それでもまだ思いを素直に伝えることをためらう厚久。その背中を武田が強烈に押しまくる。そしてついに厚久は……。ひたすら圧倒されるラストシーンだった。

荒々しさと殺気と異様な迫力に満ちたドラマだ。思わず素手での殴り合いを連想してしまった。近年の石井監督の作品とは一線を画し、商業デビュー前後の頃のような無類のパワーを秘めた映画である。

3人の役者たちの演技も見事。仲野太賀は無口さとは裏腹に、内に秘めた感情をよどみなく伝える演技が光った。一方の大島優子は、自身の思いのままに突っ走り破滅する女性を力強く演じた。その2人と絶妙の距離感で接する若葉竜也も存在感十分だ。

やっぱり言葉にして思いを伝えることは大切なのだと再認識。家族に限らずいうべきことは言わないと、とりかえしのつかないことになってしまう。それがよく伝わってくる映画だった。

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ユーロスペース横には巨大な看板。しかし、大きすぎてよくわからないので、チラシを貼っておきます。

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◆「生きちゃった」
(2020年 日本)(上映時間1時間31分)
監督・脚本・プロデューサー:石井裕也
出演:仲野太賀、大島優子若葉竜也、パク・ジョンボム、毎熊克哉、太田結乃、柳生みゆ、レ・ロマネスク、芹澤興人、北村有起哉原日出子鶴見辰吾伊佐山ひろ子嶋田久作
ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ http://ikichatta.com/

 

「ストレイ・ドッグ」

「ストレイ・ドッグ」
2020年10月26日(月)池袋HUMAXシネマズにて。午後1時50分より鑑賞(スクリーン5/D-8)。

~因縁の犯人を追い詰める荒んだニコール・キッドマンの壮絶な演技

日本に比べればまだマシだが、アメリカも依然として女性監督は圧倒的に少数だ。そんな中で、女性監督の作品を評する時には、つい「女性らしい」というような形容をしがちだが、そういうことはもうやめたほうがいいかもしれない。そう実感させられた映画が、「ストレイ・ドッグ」(DESTROYER)(2018年 アメリカ)である。

監督はカリン・クサマ。日米ハーフのベテラン女性監督で、過去作にミシェル・ロドリゲス主演の「ガールファイト」、シャーリーズ・セロン主演の「イーオン・フラックス」などがある。

犯罪ドラマである。最初に映るのが車の中にいる一人の女性刑事の目。これが何とも凄い目なのだ。疲労感とヤサグレ感が満載。どうしたら、こんな目になるのだろうか。車から降りてきた彼女はふらついている。おぼつかない足取りで事件現場に向かう。そこには殺人事件の被害者が横たわっている。迷惑そうな同僚刑事を尻目に、彼女は死体の横に紫のインクが付着したドル紙幣があるのを確認する。そして言うのだ。「犯人を知っている」と。

彼女こそが本作の主人公LA市警のベテラン女性刑事エリン・ベル(ニコール・キッドマン)だ。続くシーンは警察署で彼女宛の差出人不明の封筒を受け取るシーン。その中には、同じように紫のインクで汚れた紙幣が入っている。それを見たエリンは、行方をくらませた17年前の事件の犯人サイラス(トビー・ケベル)が、再び現れたことを確信する。

そこからは、エリンが単独でサイラスの行方を追う姿が描かれる。それは強引で法を無視した追跡劇だ。サイラスの元仲間、つながりがある弁護士などを追い詰め、あらゆる手段を使い、危険な目に遭いながらサイラスに迫ろうとするエリン。

いったいなぜそこまでサイラスに固執するのか。17年前、エリンはFBI捜査官クリス(セバスチャン・スタン)とともに犯罪組織に潜入捜査をしていた。だが、そこで取り返しのつかない過ちを犯して捜査に失敗し、その罪悪感が今も彼女を苦しめていた。エリンが酒におぼれ、同僚や別れた夫、そして16歳の娘からも疎まれるようになったのは、そのためだったのだ。

というわけで、現在進行形でエリスがサイラスを捜すドラマと並行して、17年前の潜入捜査の顛末が描かれる。それが銀行強盗絡みの事件で、クリスが死んでしまったことは早くから推測できるのだが、実はそれどころではないことがやがてわかる。それは愛、欲望、人間の業など様々なものが絡み合った恐ろしい出来事だったのだ。

本作の魅力は何といっても、エリン役のニコール・キッドマンの演技に尽きる。刑事役は初めてだそうだが、これほど荒んだ人物を演じたのも初めてだろう。笑顔はほとんどない。ボサボサの髪、荒れた肌、そして底なしの怖さと哀しさを秘めたような目。その佇まいを見ているだけで、何やら背筋がゾクゾクしてくる。ゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされたのも納得の壮絶な演技だ。

そんなエリンが、憎き敵に向かって遮二無二突き進んでいく。それはもう異様なほどの執念だ。サイラスを追うことは、エリンにとって復讐であり、贖罪であり、唯一の生きる目的だったのかもしれない。

武骨に自身の思いを遂げようとする彼女は、仲違いしている娘に対しても、ひたすら愚直に愛を貫こうとする。16歳にもかかわらず酒場に出入りし、年上の男に入れあげる娘を力づくで連れ出そうとする。何度反発されてもめげない。

終盤、事態は大いに緊迫する。サイラス一味が再び再び犯罪に乗り出す場面は、スリリングさに満ちている。強力な銃を手にしたエリンとのバトルなどもあり、犯罪映画としての魅力がタップリだ。

同時に、そのあたりで17年前の出来事の全容が明らかになり、現在のエリンの姿に納得させられる。

その後、ついにエリンはサイラスを追い詰める。まあ、正直そこはちょっとあっさりしすぎて物足りない感じ。ついでに言えば、トビー・ケベルが演じるサイラスだが、17年前のエピソードによってクレージーな人物であることは伝わるものの、それ以上の凄みが感じられないのが残念。エリンのキャラが強烈すぎるから、なおさら霞んじゃうんだよね。

とはいえ、その物足りなさを消し飛ばす事実が直後に判明。なんと、一連の流れだと思っていた冒頭の出来事がそうではなかったという驚愕の事実。いわゆる叙述トリックというのだろうか。完全に騙された。してやられた。しかも、このトリック、こういう犯罪映画にはピッタリなんだよなぁ。

ラストシーンも印象的。エリンの脳裏に去来する数々の映像。特にその少し前に娘が語った吹雪の山中での出来事が鮮烈だ。安易にエリンの再生など描かず、孤独と哀しみをたたえたまま終幕を迎える展開。本作が単なる犯罪映画ではなく、エリンの内面をあぶり出す作品であることを印象付けてドラマは終わる。

本作に関しては、殊更に女性監督を意識させる要素は皆無といってもいいだろう。過去作でも、女性を主人公にハードな作品を撮ってきたクサマ監督らしい作品でもある。

まあ、それより何よりニコール・キッドマンの演技を堪能する映画です。その荒んだ外見から、心の内をダイレクトに伝える巧みな演技。同時並行する17年前のシーンでの若々しさ(外見のみならず話し方や行動なども)との対比があるから、なおさらその演技の凄さがわかるはず。

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◆「ストレイ・ドッグ」(DESTROYER)
(2018年 アメリカ)(上映時間2時間1分)
監督:カリン・クサマ
出演:ニコール・キッドマン、トビー・ケベル、タチアナ・マズラニー、セバスチャン・スタンスクート・マクネイリーブラッドリー・ウィットフォード、ボー・ナップ、ジェイド・ペティジョン、ジェームズ・ジョーダン、トビー・ハス、ザック・ビーヤ、シャミア・アンダーソン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://www.destroyer.jp/