映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「水を抱く女」

「水を抱く女」
2021年4月4日(日)新宿武蔵野館にて。午後12時30分より鑑賞(スクリーン2/C-5)

~現代を生きる「水の精」の愛と孤独と破滅

人魚姫の伝説やギリシア神話のセイレーンの例を持ち出すまでもなく、海や水には不思議な伝説がついて回る。ドイツにも「ウンディーネ」という水の精霊の伝説があるらしい。そのウンディーネを現代の大都市ベルリンに登場させた寓話が「水を抱く女」である。

出だしは下世話な恋愛話風に始まる。カフェテラスでウンディーネ(パウラ・ベーア)という女性が恋人ヨハネス(ヤコブ・マッチェンツ)から別れを切り出される。どうやら別の女性に心変わりしたらしい。そこで、ウンディーネは言うのだ。「私を捨てたら殺すから……」。ここから早くも不穏な空気が流れ始める。

ウンディーネはベルリンの都市開発を研究する歴史家で、ベルリンの街並みの模型が展示された博物館の歴史ガイドとして働いている。ガイドが終わって休憩時間になるまで、ヨハネスに待つように頼むのだが、行ってみると彼はもういない。必死でカフェテラスを探しまわると、ヨハネスではなく潜水作業員のクリストフ(フランツ・ロゴフスキ)が現れる。

ここで一気にドラマは神話の色を帯び始める。そこで重要な役割を果たすのが、水である。揺れによって倒壊した水槽の大量の水を、ウンディーネとクリストフは全身に浴びてしまう。それによって2人はたちまち相思相愛の仲になる。

基本になるのはあくまでも普通のラブロマンスだ。ウンディーネとクリストフは幸せそのものの日々を送る。

だが、その一方で彼らが生きる現実世界に、神秘的な水のイメージショットや超自然的な描写を織り交ぜ、不気味な雰囲気を漂わせる。例えば2人は一緒に水中に潜り、ウンディーネは溺れかける。死の匂いがする危険なシーンである。

ちなみに、人工呼吸のシーンでクリストフがビージーズの「ステイン・アライブ」を歌うのが面白い。人工呼吸のリズムにピッタリの曲だというのである。笑いどころの少ない本作で、ここは数少ない笑えるポイントかも。

ウンディーネによるベルリンの街の解説も、ドラマに奥行きを与えている。ベルリンの歴史とともに語られるその解説は、クリストフとの関係性においても重要な役割を果たす。ベルリンの都市の歴史を背景に、ウンディーネという存在を幽玄の世界に昇華させ、単なるファム・ファタール以上の危うさを身にまとわせる。

中盤以降、ドラマはさらに不穏さを増幅させる。ウンディーネの前に消えたはずのヨハネスが再び姿を現したのだ。彼はウンディーネに復縁を迫る。それがクリストフとの関係にも影を落とす。そして大きな悲劇が起きる。

その中でウンディーネの孤独が浮き彫りになり、同時に彼女の凶暴さが加速していく。それがまた予想もつかない展開を巻き起こしていく。

ウンディーネが幻のように消失した後の後日談が、これまた印象深い。ウンディーネが水の精であることを明確に示すとともに、彼女に翻弄されるクリストフの哀しい姿を見せつける。

水中を漂うウンディーネの美しく、そして妖しい姿よ!

クリスティアン・ペッツォルト監督は、「東ベルリンから来た女」「あの日のように抱きしめて」「未来を乗り換えた男」など、歴史ものや政治的作品で知られている。本作のような映画を撮るのは意外な気もするが、過去作もサスペンス色が強かったし、ベルリンの都市開発の歴史を背景にしている点も過去作と共通する要素かもしれない。

愛を求めずにはいられない水の精の輝きと破滅を、現代のベルリンを舞台に描いたユニークな作品だ。何よりも本作で第70回ベルリン国際映画祭の女優賞を受賞したパウラ・ベーアの演技が素晴らしい。現実世界とファンタジーの世界、どちらでも妖しい魅力を振りまいている。

 

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◆「水を抱く女」(UNDINE)
(2020年 ドイツ・フランス)(上映時間1時間30分)
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ、アネ・ラテ=ポレ、ラファエル・シュタホヴィアク
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://undine.ayapro.ne.jp/

「サンドラの小さな家」

「サンドラの小さな家」
2021年4月3日(土)新宿ピカデリーにて。午後2時20分より鑑賞(シアター9/C-7)

~自立に向けて苦闘する女性とそれを支える人々の連帯

安直な感動物語を思わせる「サンドラの小さな家」というタイトル。だが、そんな生易しいドラマではない。むしろ原題の「HERSELF」のほうが、この映画を的確に言い表しているのかもしれない。一人の女性の自立と、それをサポートする仲間たちのドラマである。

映画の冒頭に描かれるのは壮絶なDVだ。サンドラ(クレア・ダン)という女性が夫から激しい暴力を受ける。彼女には2人の幼い娘がいて、その直前に警察に通報するように暗号を発していた。

こうしてサンドラは、DV夫から逃れ、幼い娘たちとともにホテルでの仮住まいを余儀なくされる。仕事を掛け持ちし、なんとかやり繰りするサンドラだが、公営住宅は長い順番待ちでいつ入れるかわからない。

そんなある日、サンドラは娘との会話から、小さな家を自分で建てるアイデアを思いつく。だが、実現には高いハードルがあった。インターネットで設計図を探し出したものの、何から手を付けていいかわからない状態だった。

そんな中、サンドラが清掃人として働く家の雇い主、ペギー(ハリエット・ウォルター)が土地と費用の貸し出しを提案する。さらに、様々な人たちが協力を申し出て、サンドラの小さな家づくりが始まる。

監督は「マンマ・ミーア!」「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」のフィリダ・ロイド。徹底してリアルな筆致でサンドラたちを描き出す。とはいえ、本作の最大の功労者は原案・共同脚本・主演を務めたアイルランドの女優、クレア・ダンだろう。家を失った親友の悲痛な声をきっかけに脚本を執筆したという。そこには、弱者に寄り添った視点が明確に貫かれている。

サンドラに次々と協力者が現れるところは、都合よすぎの感がないではない。だが、それは「こうであってほしい」という作り手の願望でもある。このドラマで暴力と貧困の犠牲者に手を差し伸べるのは、偉い権力者でも土地の名士でもなく、市井の人々なのだ。権力側の無能さや非情さを、殊更にあげつらいはしないが、そこにはケン・ローチ監督の映画にも見られるような市民の連帯の強さがある。

この映画の終盤では、アイルランド語で助け合う仲間を意味する「メハル」の精神が語られる。それこそが、作り手たちが訴えたかったことだろう。無償の愛を提供することで、彼らもまたお金には代えられない大きなものを得るのである。

そして、何よりもサンドラの熱意の強さよ! このドラマでは、随所に彼女のDVのトラウマがイメージショットとして流される。元夫は面会権を持ち週末は娘を預かるので、なおさらその恐怖は現在進行形だ。ご多分に漏れず、「俺は変わった」などと宣わっている元夫だが、いつ何時逆ギレするかわからない。

だから、サンドラは必死で家を建てる。この家は、彼女の自立への第一歩であり、娘たちとの安らぎの場所なのだ。その熱意が多くの人々を引き付ける。ホームセンターで出会った土木建築業者や彼のダウン症の息子、建物を不法占拠して暮らす友人たち、娘の友達の母。彼らの詳細なプロフィールは描かれないが、彼らにもそれぞれに事情があることが示唆される。

多少のつまずきや失敗はあるものの、家づくりは順調に進む。だが、そこに微妙な影が差す。元夫はサンドラが面会権を妨害していると訴える。実は下の娘が元夫の家に行くことを嫌がったため、仕方なく連れて行くのをやめたのだ。だが、元夫は納得せず、狡猾な手段で親権を奪おうとする。それがサンドラを苦しめる。

それでもサンドラは負けない。自らの心の内をさらけ出し、元夫と対峙する。だが……。

終盤は衝撃的な出来事が起きる。サンドラは大切なものを失うが、最後にはかすかな希望の光も見える。多くのものを犠牲にしながらも、彼女の自立への決意は揺るがないはずだ。そして、多くの人々が再び彼女に協力するに違いない。

ちなみに、ラスト近くである人物が隠された秘密について発言をする。そこには自立を目指すサンドラとは対照的に、逃れられない運命を背負った女性の姿が見える。このあたりの描き方にも、安直な感動ではなく、厳しい現実を提示する作り手の姿勢が感じ取れた。

「DV夫から逃れた女性がみんなの協力で家を建てました」などというお気楽なドラマではない。困難に直面しつつも自立に向けて苦闘する女性と、それをごく自然に支える人々の力強い連帯のドラマなのである。

 

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◆「サンドラの小さな家」(HERSELF)
(2020年 アイルランド・イギリス)(上映時間1時間37分)
監督:フィリダ・ロイド
出演:クレア・ダン、ハリエット・ウォルター、コンリース・ヒル、イアン・ロイド・アンダーソン、ルビー・ローズ・オハラ、モリー・マキャン
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://longride.jp/herself/

「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」

「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」
2021年3月31日(水)テアトル新宿にて。午後12時30分より鑑賞(C-11)

~不条理で乾いた笑いの先に見える戦争の恐ろしさ

よくぞこんな風変わりな、しかも新人監督の映画を一般公開したものである。映像産業振興機構(VIPO)が、文化庁委託の人材育成事業の一環として製作に参加した半官製映画らしいが、官もなかなかやるものだ。「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」というこの映画、乾いた笑いの向こうに骨太なメッセージが見える反戦映画である。

昭和レトロっぽい雰囲気が漂う舞台装置だが、時代は特に限定していないようだ。津平町は川向こうの太原町と交戦中である。戦闘時間は午前9時から午後5時まで。町で兵隊として暮らす露木(前原滉)は、毎日出勤して持ち場につき、サイレンを合図に川向こうに向かって発砲を開始する。いつから、なぜ戦っているのかは誰も知らない。「撃てと言われた場所を撃っていれば大丈夫」なのだ。

シュールで不条理な世界が展開する。役者のセリフは棒読み。しかも無表情を通す。まるで操り人形のように演技をするのである。もちろん、これは池田暁監督の狙いによるものだろう。どうでもいいようなやり取りが繰り返され、それが乾いた笑いを生み出す。

特に傑作なのが、受付係の女の受け答えだ。兵士の出勤・退勤を管理するのだが、技術者と称する男が来ると「兵士でないから入れない」と言い、「でも、今日から来るように言われた」と主張する男と押し問答になる。それを延々と繰り返すのだ。

傷病兵とのやりとりも笑える。戦争で腕をなくした男が、「仕事がないと困るから兵隊に戻して欲しい」と言う。すると女は分厚い書類に書かれた質問をする。「目は見えますか?」。男が「ケガしたのは腕だから見えるに決まっている」と答えると、「簡潔に答えなさい!」と逆ギレして鉛筆を投げつけるのだ。このやりとりも延々と繰り返される。

そもそもここで行われている戦争からしてどこか変だ。川岸に腹ばいになってじっと戦闘時間が来るのを待つ。時間が来ると時計係はいきなり川原に寝転んで、上官の指示で戦闘が始まる。と言っても、腹ばいのまま銃を撃つだけなのである。

その他にも笑いどころが満載だ。ユニークな人物が次々に登場して、不思議な言動をまき散らす。息子が戦争に行っているという食堂のおばちゃん(片桐はいり)は、露木たちの言動によってご飯の盛りを増減させる。煮物屋のおやじ(嶋田久作)は「俺は何でも知っている」と豪語する。忘れっぽい町長(石橋蓮司)は何でもかんでも忘れてしまう。

観ているうちに、何となくカウリスマキの映画に通じるものを感じてしまった。あるいは不条理劇といえば、別役実の演劇にも通底するかもしれない。

やがて、露木は「楽隊」への異動を命じられる。しかし楽隊の兵舎がなかなか見つからない。そもそも楽隊があるのかどうかもはっきりしない。それでも、ようやく彼は楽隊の存在を探り当てて、そこで練習を始める。

この楽隊も変だ。隊長(きたろう)は音楽にすべてを賭けている人物だが、パワハラ紛いの言動で女子隊員を翻弄する。だが、その女子隊員がエリート隊員と結婚すると知ると、今度は手のひらを返したように別の女子隊員をターゲットにするのだ。その豹変ぶりときたら。

まあ、とにかくアホアホで笑いっぱなしである。とはいえ、その笑いの先にこの映画のテーマが見えてくる。戦争の愚かさや、目的さえわからない行為に従順に従うことのバカバカしさ、人間性のかけらもない社会の恐ろしさなどである。町長は言うのだ。「女は子供を産まねばならない」。津平町では、子供を産まない妻は離婚されてしまうのである。

だが、そんな津平町で暮らす露木に変化が訪れる。川原でトランペットの練習をする露木は、向こう岸から流れてくる調べを聞いて、その調べと合奏をするようになる。また、ある新兵は川を泳いで隣町と往復し、その情報を露木にもたらす。それが露木の心を揺さぶる。

そんな中、町は砲兵隊を組織して「新兵器」を導入する……。

終盤は、怖ろしい出来事が起きる。それまでのタッチとは違う、シリアスで戦慄するような場面である。ここに至ってこの映画が、まがいもなく骨太の反戦映画であることが明確になるのである。

うーむ、こういう手があったとは。絵空事が巻き起こす笑いが、かえってリアルさをかき立てる。寓話だからこその面白さと、怖ろしさに満ちあふれた映画だ。

 

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◆「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」
(2020年 日本)(上映時間1時間45分)
監督・脚本:池田暁
出演:前原滉、今野浩喜中島広稀清水尚弥、橋本マナミ、矢部太郎片桐はいり嶋田久作、きたろう、竹中直人石橋蓮司
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.bitters.co.jp/kimabon/

「騙し絵の牙」

「騙し絵の牙」
2021年3月28日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時45分より鑑賞(スクリーン9/D-9)

~ひたすら楽しくてスカッとする一級品のエンタメ映画

何やら怪しげなタイトルではないか。「騙し絵の牙」。「桐島、部活やめるってよ」「紙の月」の吉田大八監督の新作だ。原作は「罪の声」で知られる塩田武士の小説。主人公を大泉洋であて書きしたということで、その通りに大泉洋主演で映画化した。

ドラマは大手出版社「薫風社」で創業一族の社長が急逝するところから始まる。さっそく改革派の東松専務(佐藤浩市)と文芸誌重視の宮藤常務(佐野史郎)による権力争いが勃発する(たかが出版社の権力争いが、世間で大騒ぎになるところは違和感ありありだが)。

そんな中、途中入社してカルチャー雑誌「トリニティ」編集長の座に就いた速水輝(大泉洋)は、いきなり廃刊のピンチに陥る。雑誌を存続させるために、薫風社の看板雑誌「小説薫風」から左遷された編集者・高野恵(松岡茉優)とともに新人作家を大抜擢するなど、次々と目玉企画を打ち出していくのだが……。

あれ? このドラマ、松岡茉優が主人公なのではあるまいか。文芸雑誌の編集部員の彼女が、会社の権力争いに巻き込まれて、カルチャー雑誌の編集担当となり風変わりな編集長に翻弄されるものの、最後は自立への道を歩み出す。そっちの方が、ドラマ的にはしっくりくる気がするなぁ。

とはいえ、誰が主人公でも面白いのは面白い。さすがに吉田監督、原作モノの映画化はお手のものである。序盤は出版社内の権力争いで見せる。佐藤浩市扮する専務と佐野四郎扮する常務のバトルに、大作家の國村隼、文芸評論家の小林聡美らが絡んで笑いを誘う。國村隼がいきなりシャンソンを歌い出すところなんて、訳がわからんけれども笑うしかない。

その後は、「トリニティ」誌を売らんがために、速水が次々に仕掛けを繰り出していく。敵対する大作家を漫画の原作者に起用して懐柔し、無名の新人作家を売り出し、文才のあるモデルをたきつける。スキャンダルも餌にして、とにかく話題のネタを作る。高野も世間から消えた作家の行方を追う。

登場するエピソードはありがちだが、絶妙のテンポと先読みできない脚本で巧みに観客を引き付ける。大泉洋の得体の知れなさは確かに魅力的である。飄々として人を騙し、雑誌を売るためにはあらゆることをする。真面目なのかふざけているのか、まったく見当がつかない人物だ。

このドラマでは、何度も騙し騙されの壮絶バトルが展開する。特に終盤の騙し合いは見応えがある。もちろんその主役は速水である。彼は「トリニティ」誌を成功させ、東松専務の野望の実現に一役買う。と思いきや実は……。まあ、強引といえば強引だが、まんまと騙されてしまうから困ったものだ。

そして意外だったのが、本作には出版界のあれこれがリアルに描かれていること。雑誌の休刊、町の本屋の閉店、そうした状況をベースにしつつ、近未来の施策として大規模な仕掛けも提示する。特に速水が仕掛けるアマゾンとの提携は、十二分にあり得ることだろう。紙媒体がなくなっても、デジタルが残ればいいではないかというのは、一見納得しそうな話である。

だが、町の書店の娘である編集者・高野は、それに納得しない。彼女が最後に下した結論は、速水の方向性とは真逆のものである。そして、最近の出版事情を考えれば、これまた絵空事とは思えない。これまた十二分にあり得ることなのだ。

でも、まあ、そんな難しいことは抜きにしても、文句なしに面白い映画です。吉田大八監督の作品の中でも、エンタメ性に欠けてはピカイチと呼べるでしょう。深みがあるわけではないけれど、ひたすら楽しくてスカッとする作品です。

大泉洋以外のキャストもハマリ役。私的には主演の松岡茉優をはじめ、新人作家役の宮沢氷魚や、モデル役の池田エライザ、謎の作家役のリリー・フランキー、松岡の父役の塚本晋也などどれも存在感十分。

 

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◆「騙し絵の牙」
(2020年 日本)(上映時間1時間53分)
監督:吉田大八
出演:大泉洋松岡茉優宮沢氷魚池田エライザ斎藤工中村倫也坪倉由幸和田聰宏石橋けい、森優作、後藤剛範、中野英樹赤間麻里子、山本學佐野史郎リリー・フランキー塚本晋也國村隼木村佳乃小林聡美佐藤浩市
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/damashienokiba/

「ノマドランド」

ノマドランド」
2021年3月27日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後4時10分より鑑賞(スクリーン9/D-9)

~美しい大自然の映像とともに綴る車上生活者たちの生き様

今年のオスカー最有力候補ともいわれる映画「ノマドランド」。ジェシカ・ブルーダーの世界的ベストセラー・ノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち』を、「ザ・ライダー」で高く評価された新鋭クロエ・ジャオ監督が映画化した。アメリカ西部を旅する車上生活者たちの生き様を、大自然の映像美とともに描いたロードムービーだ。

ネバダ州の企業城下町に暮らしていた60代のファーン(フランシス・マクドーマンド)は、夫に先立たれ、企業の倒産で長年住み慣れた我が家を失う。バンでの車上生活を始めた彼女は、アマゾンの配送センターなど各地の職場を転々としながら、同じ境遇の人々と交流していく。

ファーンは金融危機のあおりを食って車上生活者となった、いわば社会の犠牲者だ。だが、そこに悲壮感はない。ジャオ監督はことさらに彼女たちノマドの暗い面を強調せず、むしろたくましさを映し出す。

特筆すべきはその撮影方法だ。少人数のクルーで約半年に渡って西部を旅し、実際のノマドを多数キャストに起用している。彼らの生活にとけ込み、その実像を映し出す。フィクションとはいえ、きわめてドキュメンタリー色の強い作品だ。

何といっても圧倒されるのはその映像美である。ファーンたちが暮らす荒野や岩山は、ひたすら美しく詩情にあふれ、その雄大さの前では、人間など取るに足らない存在に見えてくる。

そんな中、自ら車上生活を選択したファーンは、「ホームレスではなくハウスレスなのだ」と力強く宣言するのだ。

それにしても楽しそうな生活である。アマゾンの配送センターでリンダという女性と知り合ったファーンは、彼女の誘いでアリゾナで開かれるノマドの集会に出かける。そこではノマドのカリスマのような人物が中心になって、お祭りのようなイベントが行われる。

ある意味、危機に陥った高齢者たちが、それを逆手にとってノマドという生き方を楽しんでいるようにも見える。世間のしがらみを断ち切って、自由気ままに生きる喜びが伝わってくる。

とはいえ、それは孤独と隣り合わせの生活だ。彼らの多くは訳あってノマドになったのであり、その寂しさを押し隠して生きている。死に際に誰にも看取ってもらえない可能性も高い。そして車上生活ゆえの、不便さにも事欠かない。

それでも、たくましく彼らは進んでいく。ファーンも職を転々としながらも、キャンピングカーの駐車場などに車を停めて、車上生活を続ける。

だが、転機が訪れる。ファーンの車が故障したのだ。修理代は高いが、夫との思い出が詰まった車を手放す気はさらさらなかった。その修理代を借りるため、ファーンは妹の家に出かける。そこで彼女の心が揺れる。

また、元ノマドで今は息子たちと共に定住した男から、ファーンは「一緒に暮らそう」と誘われる。それもまた一瞬、彼女を迷わせる。

そしてラストでファーンはかつて住んでいた町を再び訪れる。

後半になるにつれて、ファーンの心の内が露わになる。それまでも、折々に顔を見せていた深い喪失感が、彼女を今も強く支配していることがわかる。

ノマドたちは、「この生活の素晴らしいところは最後の“さよなら”がないことだ。“また路上で会おう”と言うだけだ」と語る。実際、彼らは何かの機会にまたひょっこりと再会する。それは生者との再会だけでなく、死者との再会も含まれるのだろう。今はこの世にいない者に再会するために、今日もファーンは車を走らせるのだ。

フランシス・マクドーマンドの演技が絶品だ。本物のノマド生活者と言ってもいいぐらい、違和感のない演技を披露している。その存在感は圧倒的だ。

本作はファーンや様々なノマドたちの人間ドラマである。そこにある自由、孤独、たくましさ、覚悟、喪失感……。様々なものがないまぜになって、観客に「生きる」意味を問いかけてくる。

 

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◆「ノマドランド」(NOMADLAND)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンドデヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、ボブ・ウェルズ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html

「ミナリ」

「ミナリ」
2021年3月21日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時25分より鑑賞(スクリーン7/D-10)

~逆境にめげずに前を向く韓国系移民一家を見つめる温かな視線

お久しぶりです。ブログを書くのをやめたと思ったでしょうか。実は3月はムチャクチャに忙しくて、映画館に行く時間がまったくなかったのです。そんな多忙状態はまだ続行中ですが、とりあえずわずかな空き時間ができたので、久々に映画館にGO!

鑑賞したのは第93回アカデミー賞で6部門にノミネートされている「ミナリ」。主要な人物は韓国人だし、登場する言葉のほとんどは韓国語だが、れっきとしたアメリカ映画である。気鋭のスタジオ「A24」とブラッド・ピットの製作会社「PLAN B」が製作している。

韓国からの移民のドラマだ。1980年代のアメリカ。農業での成功を夢見てアーカンソー州の高原に土地を買い、家族で引っ越してきた韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)。だが、荒れ果てた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカ(ハン・イェリ)は不安を抱く。それでも、しっかり者の長女アンと好奇心旺盛な弟デビッドは、少しずつ新しい生活に馴染んでいく。そんな中、夫婦は幼い姉弟の面倒を見てもらうために、韓国から母スンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せるのだが……。

韓国系の移民二世で、アメリカの田舎町で育ったリー・アイザック・チョン監督が、自らの体験をベースに撮り上げた作品だ。それだけに説得力のある描写が目立つ。

まず夫婦の関係性だ。どうやら一家は、もともとは今より便利な街に住んでいたらしい。しかも、夫婦ともに孵卵場で働いて、それなりの収入もあったようだ。だが、成功を夢見るジェイコブは、誰も手を出さないような土地を買い、トレーラーハウスを用意した。デビッドが心臓が悪いにもかかわらず、病院まで車で一時間もかかる辺鄙な場所である。

モニカにしてみれば、これは夫が家族よりも仕事を優先したと見えてしまう。そのため、彼女は不安を抱き、ジェイコブズに反発する。引っ越して早々に、2人は激しく対立する。だが、2人が大声でケンカをする場面は意外に少ない。その関係性の危うさは、底流に静かに漂わせ、表面的にはポジティブな要素を前面に出していく。

その表れが、韓国から呼び寄せたモニカの母スンジャだ。これがまた、何とも破天荒な人物なのだ。料理は一切できないというスンジャ。デビッドにクッキーが焼けるかと聞かれると、その代わりに花札を取り出して子供たちと遊び始める。ひたすら明るい。ポジティブといえばこれほどポジティブな人物はいない。彼女と孫たちとの掛け合いは、ユーモアたっぷりのやりとりだ。

とはいえ、もちろん困難の種は尽きない。農園では次々に問題が起きる。特に水不足に関わる一件が家族を苦しめる。せっかく掘り当てた地下水が早くも枯渇して、水道の水を作物の栽培に使わざるを得なくなる。そのため家の生活用水にも事欠く始末だ。借金も相当な額に上るらしい。

ちなみに、ジェイコブが作ろうとしているのは韓国野菜だ。アメリカに住む韓国系の人口から考えて、十分に商売になると踏んでいるのである。しかし、水がなければ話にならない。

その一方で、ジェイコブとともに農地を開墾する地元の風変わりな男や、教会に集う人々との関係なども描かれる。彼らの前で、一家は異邦人的な感覚を味わいもするが、同時に交流も深める。ありがちな移民の苦労話とは違う、多面性を持ったドラマなのである。

苦難を抱えつつも、それを乗り越えるべく懸命に生きる家族の姿が、美しい大自然をバックに描かれる。その筆致はけっして劇的ではなく、むしろ淡々としている。

やがて、祖母のスンジャが脳卒中で倒れる。それをきっかけに、底流に流れていた夫婦の危機が表面化する。そして思わぬ事態が発生する。

ミナリは韓国語で、多年草のセリを指す。スンジャは「どんな場所でもよく育ち、いろんな料理に使える」と言って、韓国から持ってきた種を川べりにまく。ラストシーンでは、そのミナリが効果的に使われる。明日への規模を感じさせるラストである。

ジェイコブを演じるのは「バーニング 劇場版」のスティーヴン・ユァン、母モニカは「海にかかる霧」のハン・イェリ。この2人の演技が絶品だ。セリフ以外の部分でも、夫婦それぞれの心情を充分に物語る演技だった。そして、祖母スンジャを演じたベテラン女優のユン・ヨジョンの弾けた演技も存在感十分だ。

アメリカにやってきた移民を扱った映画は、これまでにもたくさんあった。本作はその流れに沿った映画といえる。ことさらに韓国からの移民を強調した作りにはなっていない。時代も1980年代とはいうものの、もっと古い時代のドラマといっても通用するだろう。そうした点で、時代や人種を超えた普遍性を持ったドラマといえる。

何よりも逆境にめげずに、それでも前を向こうとする家族を見つめるチョン監督の、温かな視線が感じられる作品である。

チョン監督は、「君の名は。」のハリウッド実写版を手掛けることでも注目を集めている。はたしてどんな映画になりますやら。

 

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◆「ミナリ」(MINARI)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間56分)
監督・脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ、アラン・キム、ノエル・ケイト・チョー
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/minari/

「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」

「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」
2021年3月6日(土)シネマート新宿にて。午後1時45分より鑑賞(スクリーン1/D-11)

~数々の名優たちが演じる戦場の英雄をめぐる真実

クリストファー・プラマーウィリアム・ハートエド・ハリスサミュエル・L・ジャクソンピーター・フォンダジョン・サヴェージ……。これだけすごい役者が出ていたら、見ないわけにはいかんでしょう。しかも、クリストファー・プラマーピーター・フォンダは、もうこの世にいないのだから。というわけで、「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」を鑑賞した。

ベトナム戦争で多くの兵士の命を救った実在の米空軍兵ウィリアム・H・ピッツェンバーガーの知られざる真実を描いた社会派ドラマだ。

1999年。ペンタゴン空軍省のエリート職員スコット・ハフマン(セバスチャン・スタン)は、ベトナム戦争で活躍した医療兵ウィリアム・H・ピッツェンバーガーの名誉勲章授与についての調査を命じられる。ピッツェンバーガーは敵の奇襲を受けて孤立した陸軍中隊の救助に向かい、多くの命を救ったが、最後は敵の銃弾に倒れる。その功績は名誉勲章に値すると両親や戦友たちは請願を繰りしてきたが、なぜか30年以上も却下され続けてきたのだ。ハフマンはピッツェンバーガーを知る退役軍人たちの証言を集めるうちに、叙勲を阻み続けた驚くべき陰謀の存在を知る。

映画はハフマンが真実に迫る調査の行方と、ベトナム戦争当時の戦場での出来事が並行して描かれる。

ハフマンは長官の辞任が決まり、自分の身の上もどうなるかわからない中で、調査を命じられる。実は、その命令そのものにも裏があるのだが、とにもかくにも調査を始める。とはいえ、最初は当然ながら乗り気でない。

しかも、証言する退役軍人たちはクセモノ揃いだ。ピーター・フォンダが演じる男など、戦争のトラウマで何十年も昼夜が逆転したままで、常に銃を抱えている。半端でないブチ切れ方だ。

サミュエル・L・ジャクソンもまた然り。ハフマンが証言を録音するために持参したICレコーダーを、いきなり川にぶん投げる。

その他、エド・ハリスウィリアム・ハートらも心に深い傷を抱えている。

そんな中、亡くなったピッツェンバーガーの両親は、息子のことを想い続けている。ことさらに表立った悲しみを見せない分、余計にその喪失感を感じさせる。特にクリストファー・プラマー演じる父親は、ガンで余命わずかという中で、何とか息子の叙勲を実現したいと思っている。

ハフマンは苦労しながらも、地道に彼らの証言を集めていく。そうするうちに、ピッツェンバーガーの勇気ある行動に心を打たれるとともに、なぜ30年にも渡って叙勲を拒まれ続けたのか疑問に思うようになる。

そんな現在進行形のドラマと並行して、ベトナムでの戦場の様子がこれでもかとばかりに描かれる。それは息を飲むほどの緊迫感と残虐さに満ちている。銃撃や爆撃で兵士が死ぬシーンはリアルで、思わず目を背けたくなる。

そんな中、ピッツェンバーガーは周囲が止めるのも聞かずに、ヘリコプターから降りて孤立した陸軍中隊の救助に向かう。ここで大きな意味を持つのが、彼が医療兵だという点だ。ピッツェンバーガーは敵を倒すためではなく、命を救うために戦ったのである。そして多くの命を救い、最後は敵の銃弾に倒れた。この戦場場面があるからこそ、彼の叙勲話が説得力を持つのである。

それにしても、なぜピッツェンバーガーの叙勲は阻まれ続けたのか。そこには政治的な思惑があったのだ。詳しいことは書かないが、ある大物議員の過去に関係している。

ハフマンは、出世の誘いも断ってその真実を明らかにすることを決意する。そのあたりの終盤の展開は、「本当にそんなことがあったのか?」というぐらい劇的だが、多少は盛っているにしても実話なのだろう。

いずれにしても、セレモニーで1人ずつ起立していく場面は、絵的にも見栄えがして感動が高まる仕掛けだ。脚本・監督のトッド・ロビンソンの作品を観るのは初めてだが、なかなかの手練れと見た。ハフマンの変化を描くだけでなく、家族のドラマも織り込むなど、そつのない脚本と演出だ。

そして、何といっても遺作となったピーター・フォンダ!最後にハフマンに投げかける熱い言葉が印象深い。彼にとって遺作にふさわしい役どころといえるのではないか。合掌。

エンドロールでは実際の退役軍人たちが登場して、ピッツェンバーガーについて語る。

本作は、自らの命も顧みずに仲間を救った兵士の英雄譚であることは間違いがない。ただし、その戦場でどれだけ悲惨な出来事が起きて、それによってどれだけ多くの兵士が苦しめられたのかを描いた点で、控えめながら反戦映画的な要素もある。数々の名優が出演したのも、そのためではないのだろうか。

 

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◆「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」(THE LAST FULL MEASURE)
(2019年 アメリカ)(上映時間1時間56分)
監督・脚本:トッド・ロビンソン
出演:セバスチャン・スタンクリストファー・プラマーウィリアム・ハートエド・ハリスサミュエル・L・ジャクソンピーター・フォンダジョン・サヴェージジェレミー・アーヴァインダイアン・ラッドエイミー・マディガン、アリソン・スドル、ライナス・ローチ、デイル・ダイ、ブラッドリー・ウィットフォード
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ http://thelastfullmeasure.ayapro.ne.jp/