映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「偶然と想像」

「偶然と想像」
2021年12月17日(金)Bunkamuraル・シネマにて。午後1時より鑑賞(ル・シネマ2/C-4)

濱口竜介監督のエッセンスが詰まった短編集。絶妙な会話が楽しめる

「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」、そして先ごろ公開されて大きな話題になった「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督。その本来のエッセンスが詰まったような映画が「偶然と想像」だ。3話のオムニバスから構成された短編集である。

濱口監督の映画の醍醐味は会話にある。本作でも、舞台は室内、登場人物はほとんど動かずに会話を重ねる。その会話はひたすら自然だ。ドラマの会話は日常会話のように余計な回り道をせずに、一定の方向に進む。それが不自然に感じられることが多いのだが、濱口監督の書くセリフはその不自然さがない。しかも、会話にきちんと意味を与えて登場人物の心理を巧みに表現する。

第1話「魔法(よりもっと不確か)」。仕事帰りのタクシーの中で、モデルの芽衣子(古川琴音)は、仲の良いヘアメークのつぐみ(玄理)から気になる男性の話をされる。ただののろけ話かと思いきや、よく聞けばそれはなんと自分の元カレ(中島歩)だとわかる。つぐみと別れた後で、芽衣子は元カレのところに押しかける。

冒頭のタクシーの中の恋バナからして自然だ。一瞬、「ドキュメンタリーなのか?」と思ったほどである。そして、白眉は芽衣子と元カレとの会話だ。突然の来訪に驚く元カレを尻目に、芽衣子は好き放題に話し出す。その根底にあるのは嫉妬か? 元カレへの未練か? 予想のつかない会話が飛び出し、会話の進展とともに2人の関係性はクルクル変化する。それが何ともスリリングなのだ。

最後には、今も本当はどちらも好き合っていることがわかる芽衣子と元カレ。だが……。

元カレを傷つけ、自分自身も傷ついたことを知った芽衣子が、東京の街をカメラに収めるラストシーンが印象深い。

第2話「扉は開けたままで」。夫と子供がいながら同級生の佐々木(甲斐翔真)と関係を続ける女子大生の奈緒(森郁月)。佐々木は大学教授で芥川賞作家の瀬川(渋川清彦)に、留年させられた腹いせに奈緒を使ってハニートラップを仕掛けようとする。だが、奈緒と佐々木の会話は予想外の展開となる。

これもまた会話が秀逸なドラマだ。特に奈緒と佐々木の会話が絶妙。エロさ満開で迫ろうとする奈緒に対して(佐々木の作品の官能小説もどきのエロ描写を朗読するところが面白い)、佐々木はそれを巧みに受け流す。そして、ズバリと奈緒の弱みを指摘する。それを聞いて、まるで心が洗い流されたかのようになる奈緒

そんな思いもよらない展開の先に、5年後の後日談を用意して、運命のいたずらを見せつけるあたりも皮肉がきいている。その偶然のいたずらに思わず苦笑させられた。

第3話「もう一度」。高校の同窓会に出席するため仙台にやってきた夏子(占部房子)は、駅のエスカレーターで同級生の女性(河井青葉)と20年ぶりの再会を果たす。ところが、彼女の家に招かれた夏子は、話がすれ違うことに気づく。

まあ、要するに同級生というのは両者の勘違いだったのである。しかし、この会話も面白い。人違いが発覚するまでの会話も面白いのだが、発覚後の会話も相当なものだ。お互いに勘違いした相手になり切って会話をする。それを通して、両者の心情が明らかになる。かつて愛した相手に抱え込んでいたわだかまり。そして昔は何者にでもなれると思っていた自分の現状に対する嘆き。

もともと知り合いではなかった2人が、ヒシと抱き合うラストシーンが心に染みる。

というわけで、タイトル通りに「偶然」と「想像」という共通のテーマを持つ3つの短編。いずれも後悔や未練を抱えて生きる登場人物の心理が、巧みに描写されている。しかもそれを会話の妙で魅せる。もちろん濱口監督の書く脚本が絶品なのだが、それを繊細に感情表現する役者たちも素晴らしい。古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉。年齢もキャリアも雑多だが、いずれも見事な演技である。

本作は、ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ)を獲得した。過去の作品も外国の映画祭で高く評価されていることからしても、濱口映画の会話の妙は国境を超えて理解されているようだ。

ちなみに、本作は長回しの会話を中心に展開し、時に急なズームアップが登場する。音楽はクラシックのピアノ曲。これって、どこかで観たような……と思ったら、そうそう、韓国のホン・サンス監督の映画にどことなく似ているのだ。そこはかとないユーモアが込められているところもホン・サンス作品に似ている。

とはいえ、やはり唯一無二、他に類のない映画といえるだろう。濱口監督の良さ、特徴が凝縮されたような映画である。この映画の宣伝文句「驚きと戸惑いの映画体験が、いま始まる-」が、まさしくこの映画の本質を突いていると思う。

 

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◆「偶然と想像」
(2021年 日本)(上映時間2時間1分)
監督・脚本:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉
Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
ホームぺージ https://guzen-sozo.incline.life/

 


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「偶然と想像」

「偶然と想像」
2021年12月17日(金)Bunkamuraル・シネマにて。午後1時より鑑賞(ル・シネマ2/C-4)

濱口竜介監督のエッセンスが詰まった短編集。絶妙な会話が楽しめる

「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」、そして先ごろ公開されて大きな話題になった「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督。その本来のエッセンスが詰まったような映画が「偶然と想像」だ。3話のオムニバスから構成された短編集である。

濱口監督の映画の醍醐味は会話にある。本作でも、舞台は室内、登場人物はほとんど動かずに会話を重ねる。その会話はひたすら自然だ。ドラマの会話は日常会話のように余計な回り道をせずに、一定の方向に進む。それが不自然に感じられることが多いのだが、濱口監督の書くセリフはその不自然さがない。しかも、会話にきちんと意味を与えて登場人物の心理を巧みに表現する。

第1話「魔法(よりもっと不確か)」。仕事帰りのタクシーの中で、モデルの芽衣子(古川琴音)は、仲の良いヘアメークのつぐみ(玄理)から気になる男性の話をされる。ただののろけ話かと思いきや、よく聞けばそれはなんと自分の元カレ(中島歩)だとわかる。つぐみと別れた後で、芽衣子は元カレのところに押しかける。

冒頭のタクシーの中の恋バナからして自然だ。一瞬、「ドキュメンタリーなのか?」と思ったほどである。そして、白眉は芽衣子と元カレとの会話だ。突然の来訪に驚く元カレを尻目に、芽衣子は好き放題に話し出す。その根底にあるのは嫉妬か? 元カレへの未練か? 予想のつかない会話が飛び出し、会話の進展とともに2人の関係性はクルクル変化する。それが何ともスリリングなのだ。

最後には、今も本当はどちらも好き合っていることがわかる芽衣子と元カレ。だが……。

元カレを傷つけ、自分自身も傷ついたことを知った芽衣子が、東京の街をカメラに収めるラストシーンが印象深い。

第2話「扉は開けたままで」。夫と子供がいながら同級生の佐々木(甲斐翔真)と関係を続ける女子大生の奈緒(森郁月)。佐々木は大学教授で芥川賞作家の瀬川(渋川清彦)に、留年させられた腹いせに奈緒を使ってハニートラップを仕掛けようとする。だが、奈緒と佐々木の会話は予想外の展開となる。

これもまた会話が秀逸なドラマだ。特に奈緒と佐々木の会話が絶妙。エロさ満開で迫ろうとする奈緒に対して(佐々木の作品の官能小説もどきのエロ描写を朗読するところが面白い)、佐々木はそれを巧みに受け流す。そして、ズバリと奈緒の弱みを指摘する。それを聞いて、まるで心が洗い流されたかのようになる奈緒

そんな思いもよらない展開の先に、5年後の後日談を用意して、運命のいたずらを見せつけるあたりも皮肉がきいている。その偶然のいたずらに思わず苦笑させられた。

第3話「もう一度」。高校の同窓会に出席するため仙台にやってきた夏子(占部房子)は、駅のエスカレーターで同級生の女性(河井青葉)と20年ぶりの再会を果たす。ところが、彼女の家に招かれた夏子は、話がすれ違うことに気づく。

まあ、要するに同級生というのは両者の勘違いだったのである。しかし、この会話も面白い。人違いが発覚するまでの会話も面白いのだが、発覚後の会話も相当なものだ。お互いに勘違いした相手になり切って会話をする。それを通して、両者の心情が明らかになる。かつて愛した相手に抱え込んでいたわだかまり。そして昔は何者にでもなれると思っていた自分の現状に対する嘆き。

もともと知り合いではなかった2人が、ヒシと抱き合うラストシーンが心に染みる。

というわけで、タイトル通りに「偶然」と「想像」という共通のテーマを持つ3つの短編。いずれも後悔や未練を抱えて生きる登場人物の心理が、巧みに描写されている。しかもそれを会話の妙で魅せる。もちろん濱口監督の書く脚本が絶品なのだが、それを繊細に感情表現する役者たちも素晴らしい。古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉。年齢もキャリアも雑多だが、いずれも見事な演技である。

本作は、ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ)を獲得した。過去の作品も外国の映画祭で高く評価されていることからしても、濱口映画の会話の妙は国境を超えて理解されているようだ。

ちなみに、本作は長回しの会話を中心に展開し、時に急なズームアップが登場する。音楽はクラシックのピアノ曲。これって、どこかで観たような……と思ったら、そうそう、韓国のホン・サンス監督の映画にどことなく似ているのだ。そこはかとないユーモアが込められているところもホン・サンス作品に似ている。

とはいえ、やはり唯一無二、他に類のない映画といえるだろう。濱口監督の良さ、特徴が凝縮されたような映画である。この映画の宣伝文句「驚きと戸惑いの映画体験が、いま始まる-」が、まさしくこの映画の本質を突いていると思う。

 

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◆「偶然と想像」
(2021年 日本)(上映時間2時間1分)
監督・脚本:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉
Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
ホームぺージ https://guzen-sozo.incline.life/

 


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「ラストナイト・イン・ソーホー」

「ラストナイト・イン・ソーホー」
2021年12月11日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時50分より鑑賞(スクリーン2/D-7)

エドガー・ライト監督らしい世界が全開。美しく飛び切りスリリングなホラー映画

前作「ベイビー・ドライバー」が日本でもヒットしたエドガー・ライト監督。そのせいか新作「ラストナイト・イン・ソーホー」はかなりの規模での公開。なんと、うちの近くのシネコンでも上映されているのを知ってビックリ。

それ以前の監督作が「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」と、どれも超マニアックな映画だったことを考えれば、信じられない躍進ぶりである。

しかも、過去作のほとんどがダメダメ男を主人公にした作品だったライト監督。今回の「ラストナイト・イン・ソーホー」は一転して2人の女性が活躍するドラマなのだ。

主人公のエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)がノリノリで踊りながら登場する場面から映画が始まる。音楽は60年代の音楽。エロイーズは60年代の音楽&カルチャーを信奉する変わった女の子という設定だ。もちろんそれはライト監督の趣味でもある。

田舎で祖母と2人で暮らすエロイーズは、ファッションデザイナーを目指してロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学する。初めは寮生活を送るものの、同室の女性にバカにされるなど疎外感を味わうようになり、寮を出て一人暮らしを始める。住み始めたのはソーホーの古い家の屋根裏部屋。

ある時、その部屋で眠りについたエロイーズは、夢の中できらびやかな1960年代のソーホーにタイムリープする。そこで彼女は歌手を目指す美しい女性サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と出会う。その姿に魅了されたエロイーズは、夜ごと夢の中でサンディを追いかける。そうするうちに、彼女は次第にサンディとシンクロしていく。

まずエロイーズがサンディとシンクロする様子が秀逸だ。夢の中の世界では、基本的にサンディが行動する。エロイーズはそれを鏡の中から見つめている。現代のエロイーズと50年前のサンディをつなぐのは鏡。鏡は特別なアイテムだ。自殺したエロイーズの母が鏡の中に現れる場面も登場する。

しかし、それだけではない。サンディは時々エロイーズと入れ替わる。男とダンスをしている最中に、その姿がサンディからエロイーズに替わったりするのだ。その入れ代わり具合が何とも絶妙である。計算したものかどうかは知らないが、2人の関係性を如実に反映させている。

映像も鮮烈だ。毒々しいばかりの色彩が独特の雰囲気を醸し出す。特に60年代のソーホーの風景が魅惑的。ライト監督はよほどこの時代が好きなのだろう。ナイトクラブ「カフェ・ド・パリ」をはじめとして、どれもこだわりの光景を現出させている。もちろん音楽も60年代風。次から次へとご機嫌なポップスが流れてくる。

ホラー映画にはあまり詳しくないのでよくわからないのだが、本作にはダリオ・アルジェントやマリオ・バーヴァといったホラー映画の先達をリスペクトした要素もあるらしい。そういう意味でもライト監督らしいオタク趣味が全開の作品といえるだろう。

後半はますますホラー映画の様相を呈してくる。エロイーズはサンディを追いかけるうちに、彼女がショービズ界で男どもの食い物にされていたことを知る。そして、その先に怖ろしい出来事が待っていたことも……。

「男どもに搾取されてきた女性たち」というシビアな問題を扱っているのも、本作の大きな特徴。それを通して、時空を超えた女性の連帯という思いもよらぬテーマにまで言及する。これも過去のライト作品にはなかったことだ。

途中までは夢の中にだけ現出していた60年代のソーホー、そしてサンディと男たちだが、終盤になるとそれが現実にも現れる。といっても、それはあくまでもエロイーズにとっての現実なのだが。

サンディはどんどん落ちていき、それとともにエロイーズも憔悴していく。幽霊の大行進が始まり、エロイーズが絶叫する。まさに阿鼻叫喚の世界。そしてついにサンディの正体と事件の真相が明らかになる。

ラストも鏡を印象的に使ったシーン。惨劇の果てにエロイーズの成長をクッキリとスクリーンに刻み付けてドラマは終わる。そしてまたしても流れる60年代音楽。

ストーリーだけを見れば、「悪夢の下宿屋」とも呼ぶべきありふれたホラー作品。だが、ライト監督の独自のテイストで、エロイーズの成長を描いた青春ドラマ、60年代音楽満載の音楽ドラマなどの要素を加味し、飛び切り美しくスリリングな映画に仕上げている。たくさんの要素を詰め込み過ぎて窮屈になった感は否めないが、それも含めてライト監督の世界観が余すところなく発揮された作品だ。一度ハマると抜け出せなくなりそう。そのぐらい妖しい魅力を秘めた作品である。

エロイーズを演じたトーマシン・マッケンジーの絶叫は迫力満点。サンディを演じたアニャ・テイラー=ジョイのコケティッシュさは反則と言いたくなるほど魅力タップリ。さらに、謎の銀髪男を演じたテレンス・スタンプのクセモノ演技、屋根裏部屋の大家を演じたダイアナ・リグ(本作出演後に死去)の怪演も一見の価値あり。

 

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◆「ラストナイト・イン・ソーホー」(LAST NIGHT IN SOHO)
(2021年 イギリス)(上映時間1時間58分)
監督:エドガー・ライト
出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ、ダイアナ・リグ、シノーヴ・カールセン、リタ・トゥシンハム、ジェシー・メイ・リー、カシウス・ネルソン
*TOHOシネマズ日比谷、シネクイントほかにて全国公開中
ホームページ https://lnis.jp/

 


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「悪なき殺人」

「悪なき殺人」
2021年12月6日(月)新宿武蔵野館にて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/C-10)

~運命のいたずらでつながる5人の男女。想像を超えた驚愕の真実

一昨年の東京国際映画祭では相当な本数の映画を鑑賞したと記憶しているが、それでも見逃した作品は多い。「ハリー、見知らぬ友人」のドミニク・モル監督の新作「動物だけが知っている」も、見逃した1本。その「動物だけが知っている」が「悪なき殺人」というタイトルで、このほど公開された。ちなみに同作は、東京国際映画祭では観客賞と最優秀女優賞に輝いた。

フランスの寒村で、一人の女性が車を残したまま失踪する。それをめぐる事件の顛末を、何人かの登場人物の視点から時間をずらして語る。それを通して思いもしない事実が明らかになるという趣向だ。

失踪したのはエヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)という女性。最初に疑いの目を向けられるのは、近くに住むひとり暮らしの農夫ジョゼフ(ダミアン・ボナール)。彼は母を亡くし、精神を病んでいた。

そんなジョゼフと不倫していたのが、社会福祉士のアリス(ロール・カラミー)だ。彼女はジョゼフに同情するうちに関係を持ってしまう。アリスには牧場主のミシェル(ドゥニ・メノーシェ)という夫がいた。アリスはジョゼフの飼い犬が射殺されているのを見て、夫が不倫に気づいて脅したのではないかと疑う。

一方、失踪したエヴリーヌは、マリオン(ナディア・テレスキウィッツ)という若い女性と関係を持っていた。マリオンはエヴリーヌを追いかける。

そんな中、アリスの夫のミシェルは、SNSで出会った女性に夢中になり、金を貢ぐようになる。だが、実はそれは詐欺で、相手はコートジボワールにいる青年アルマン(ギイ・ロジェ・ビビーゼ・ンドゥリン)だった……。

冬の雪深い風景が、寒々とした空気を醸し出している。それは登場人物の心を象徴してもいる。そんな中で展開するドラマは、謎に満ちたサスペンスだ。いったい何がどうなっているのか、最初はまったくわからない。しかし、次第にその全貌が明らかになる。それは予想だにしない事実だ。

よくもまあ、こんなストーリーを考え付くものである。それぞれに秘密を抱えた5人の登場人物が、失踪事件を機に思いもよらぬ形でつながっていく。え? そうだったのか……の連続なのだ。そこには必然もあるが、偶然が大きな要素を占める。まさに運命のいたずらによって彼らの人生が翻弄されていく。

序盤でジョゼフが事件に絡んでいることが明らかになるあたりは、ある程度想像できたのだが、その後は想像もできない展開に突入していく。これだけ偶然が重なると嘘くさくなりがちだが、そうはならない。フランスの山村からアフリカのコートジボアールに話は飛ぶが、焦点がぼやけることもない。このあたりはモル監督の語り口の巧さだろう。

ことさらに仰々しい描写や、派手な盛り上げはない。むしろ淡々と事実を積み重ねていく。だが、それが飛び切りスリリングでミステリアスなのだ。

そして、そんな謎解きのドラマを通して伝わってくるのは、人間の愚かさだ。登場人物は誰もがウソや秘密を抱え、身勝手なふるまいをする。そのことが彼らを瀬戸際まで追い込んでいく。そんなしょーもない人間を冷徹な目で見つめるモル監督。毒気もタップリだ。

終盤は、なんとミシェルがコートジボワールに飛ぶ。そこでアルマンと対決する。とはいえ、カタルシスを期待すると裏切られる。その代わり、オーラスにも驚きの展開が待ち受けている。えええ! それってそういうことだったの?

この映画は、背中に動物を背負ったアルマンが自転車に乗って、ある人物に会いに行く場面から始まる。いったい何がどうなってるの? 謎と疑問に包まれたままスクリーンに引きずり込まれる。

そしてドラマの進行とともに散りばめられた伏線がすべて回収されていく。最後までスクリーンに釘付けで、結局は、モル監督の手中に見事にはまってしまったのである。お見事!

 

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◆「悪なき殺人」(SEULES LES BETES/ONLY THE ANIMALS)
(2019年 フランス・ドイツ)(上映時間1時間56分)
監督:ドミニク・モル
出演:ドゥニ・メノーシェ、ロール・カラミー、ダミアン・ボナール、ナディア・テレスキウィッツ、バスティアン・ブイヨン、ギイ・ロジェ・“ビビーゼ”・ンドゥリン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://akunaki-cinema.com/

 


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「パーフェクト・ケア」

「パーフェクト・ケア」
2021年12月3日(金)新宿ピカデリーにて。午後1時55分より鑑賞(スクリーン8/E-12)

ロザムンド・パイクの怪演が光る痛快な悪党どもの大激突!

認知症、知的障害、精神障害などの判断能力が十分でない人が、不利益を被らないように裁判所に申立てをして、その人を援助してくれる後見人を付けてもらう制度がある。これを成年後見制度という。

日本にもある制度だが、アメリカの場合は裁判所と後見人に絶大な決定権が与えられているようだ。それゆえ、制度を悪用する後見人も多いらしい。それをネタにしたドラマが「パーフェクト・ケア」である。脚本・監督は「アリス・クリードの失踪」のJ・ブレイクソン。コメディー色も散りばめた犯罪サスペンスである。

主人公のマーラ・グレイソン(ロザムンド・パイク)は、判断力の衰えた高齢者を様々な災難から守り、ケアをする法定後見人。多くの顧客を抱え、裁判所の信頼も厚い彼女だったが、その正体は裏で医師や介護施設と結託して、高齢者の資産をむしり取る悪徳後見人だった。パートナーのフラン(エイサ・ゴンサレス)とともに順調にビジネスを進めるマーラ。

映画の冒頭で、「あなたは自分を善人だと思っている? 善人なんて存在しないのよ」という主旨のマーラのセリフが入る。そうなのだ。これは悪人総登場のドラマなのだ。善人はほとんど登場しない。悪の魅力が全開の世界なのである。

中でも魅力的なのが主人公のマーラだ。いかにも知的な風情で裁判所を信用させたかと思うと、その裏で狡猾なふるまいをする。欲望を全開にし、まるで獲物を狙うように敵に迫っていく。命が奪われそうになっても絶対に屈服しない。ひたすらたくましいダーク・ヒロインである。そのモラル無視の暴走がブラックな笑いを巻き起こしていく。

マーラ役のロサムンド・パイク(「ゴーン・ガール」「プライベート・ウォー」)の怪演が光る。マーラの多彩な表情を見事に演じ分けている。彼女はこの演技で第78回ゴールデングローブ賞の主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞している。

とはいえ、初めのうちはマーラは小悪人といった風情である。医師や介護施設と結託し、裁判所をすっかり信用させ、お金持ちの老人の財産をかすめ取る。どちらかというと詐欺師の類で、大悪党という感じではない。

そんな彼女の次なるターゲットは、孤独な資産家の老女ジェニファー(ダイアン・ウィースト)だ。身寄りもなくマーラにとっては格好の獲物である。病死した老人の後釜にと医師から推薦されたジェニファーを、マーラは本人の承諾もなしに施設に送り込み、勝手に財産を処分する。

ここまではいつも通りのマーラの手口。ところが、ジェニファーはただの憐れな被害者ではなかった。彼女の言動の端々からクセモノ感が漂ってくる。マーラもワルならジェニファーもワル。ただし、すでにマーラによって施設送りにされているだけに、ジェニファーにとっては分が悪い。

そこで登場するのがギャングのボスのローマン(ピーター・ディンクレイジ)だ。ジェニファーは、何とロシアン・マフィアとつながりがあったのである。ローマンは、ジェニファーを奪回すべくあの手この手で迫ってくる。

ローマン役のピーター・ディンクレイジも魅力的な悪役だ。その小さな体とは裏腹に、徹底して冷酷無比かつ暴力的な態度が、こちらもブラックな笑いにつながっていく。マーラとローマンの競演は、まるでワルの二重唱だ。どちらも高らかに悪行の歌を歌い上げる。

ブレイクソン監督は、そんな悪人大行進をスローモーションなども使いながら、ケレンたっぷりに、ポップに、テンポよく映し出していく。

ドラマは予測不能な展開をたどる。人の命など何とも思わないローマン。なまじのワルならビビッて逃げ出すだろうが、マーラはひるまない。ローマンは何度かジェニファーの奪還を企て、あと一歩のところで失敗する。そこで彼はマーラを捕まえて脅す。初めての両者の直接対決だ。

この場面は背筋ゾクゾクものの恐ろしさ。両者のキャラクターが真正面から激突して、凄まじい迫力を生み出している。ここに至って、マーラは小悪党から押しも押されもしない本物の大悪党になったのである。

その後も予想のつかない展開が続く。正直、それはないだろうと思う都合の良い展開もあるが、観ているうちはそんなに気にならない。何しろ無条件に面白いのだ。

あまり詳しく話すと興ざめになるので言わないが、終盤には両者が図らずも共闘する展開に至る。なるほど、悪は永遠に不滅なのか。と思ったら、最後にまだドンデン返しが!

本作の背景には、冒頭にも記したようにアメリカの成年後見制度の問題点がある。それゆえ社会派的な側面もあるにはあるのだが、それは前面には出てこない。

それよりも、悪と悪のぶつかり合いが面白過ぎるドラマだ。突き抜けている。ひたすら痛快! エンディングまで悪党どもの悪行バトルを存分に楽しむべし。

なお、本作は3週間限定公開なので(配信もあるようだが)、観るなら急いで劇場へ!

 

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◆「パーフェクト・ケア」(I CARE A LOT)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間58分)
監督・脚本:J・ブレイクソン
出演:ロザムンド・パイクピーター・ディンクレイジ、エイサ・ゴンサレスクリス・メッシーナ、イザイア・ウィットロック・Jr、ダイアン・ウィースト
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://movies.kadokawa.co.jp/perfect-care/

 


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「消えない罪」

「消えない罪」
2021年11月28日(日)シネ・リーブル池袋にて。午後12時30分より鑑賞(シアター1/G-6)

~妹を追い求める元受刑者を演じるサンドラ・ブロックの鬼気迫る演技

話題作を次々と送り出すNetflix。だが、加入していないから観られないのだ。だって映画館に行くので精いっぱいで、配信作品まで追いかける余裕なんてないんだもの。

サンドラ・ブロックが主演・製作を務める「消えない罪」は、Netflix作品。だから、当然観られない……と思ったら、あらラッキー! 配信に先立ち一部劇場で上映されたのだ。なかなかやるじゃないかNetflix。加入はしないけどね。

もともとは英国のTVドラマ「アンフォーギヴン 記憶の扉」を映画化したとのこと。監督は2019年の第69回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した「システム・クラッシャー 家に帰りたい」のドイツの新鋭ノラ・フィングシャイト。

許されぬ罪を背負って生きる元受刑者を描いたサスペンス&ヒューマンドラマだ。過去に犯した殺人の罪で服役し、20年の刑期を終えて出所したルース・スレイター(サンドラ・ブロック)。しかし、彼女を待ち受けていたのは、世間の冷たい仕打ちだった。そんな彼女にとっての唯一の償いと希望は、事件後に養女に出された妹だった。離れ離れになってしまった妹を必死で捜すルースだったが……。

映画は刑務所からのルースの出所シーンで始まる。フラッシュバックを使いつつ、彼女がどうして刑務所に入ったのかを示唆する。それによって観客はルースが警官を殺したことを知る。この女、そんなに凶悪な女なのか? ちなみに本作では、随所で事件にまつわるフラッシュバックが効果的に登場する。

出所したルースに対して、世間は冷たい。そう簡単に過去の罪を許さない。特に殺されたのが尊敬されていた警官だということが、事態をよりいっそう厳しいものにしていた。それでもルースは掛け持ちで、大工と水産加工の仕事を得る。

彼女にとって気になることがあった。刑務所からたびたび妹に宛てた手紙を送っていたのだが、その返事は一切なかったのだ。妹は事件後に養女に出されていた。はたして妹は元気でいるのか。幸せに暮らしているのか。どうして手紙の返事が来ないのか。ルースはかつて自分たちの自宅だった家に住む弁護士の協力を得て、妹を必死で探そうとする。

一方、ルースをつけ狙う男たちがいた。殺された警官の遺族である兄弟だ。特に兄は復讐に積極的だ。「父さんは死んだのに、あいつは自由だ。そんなの不公正だ」。そう言って復讐の機会をうかがう。

主演のサンドラ・ブロックの鬼気迫る演技が見ものだ。ほとんど笑顔を見せずに、いつも硬い表情をしている。彼女がいかに過酷な刑務所生活を送っていたかがわかる。同時にそれは世間から自分の身を護るためでもある。化粧っ気もまったくなく、荒んだ心のまま妹だけを心のよりどころにする心情が、ひしひしと伝わってくる演技である。

それでもかすかな光がさす。養父母との面会がかなうのだ。しかし、彼女を警戒する養父母は妹に会わせまいとする。しかも、彼女の手紙は自分たちが保管して、妹には一切読ませていなかった。それを知って怒り狂うルース(その荒れようもまた凄まじいものがある)。

せっかく良い関係を築き始めていた水産加工場の同僚男性とも、自分が刑務所にいたことを告白したことから仲が壊れてしまい、ルースはどんどん追い詰められていく。

そんな中、妹の異母姉妹が事の真相を知り、ルースに接近してくる。もしかしたら妹と会えるかもしれない。そんな希望に胸を膨らませるルース。だが、それと同時進行で例の警官遺族の兄弟が復讐劇を実行しようとする。そして怒涛のクライマックスになだれ込む。

本作は全編に緊張感が途切れない。映像の組み立て方がうまい。その中でも後半は出色の緊張感だ。そこにはかつての事件の意外な真相も絡んでくる。さらに復讐を企てる兄弟の痴話げんかなども描かれる。そのあたりはちょっと詰め込み過ぎ、ひねり過ぎではと思ったのだが、盛り上がるのは確かである。

クライマックスは、妹がホールでのリハーサルでピアノを弾くシーンと、緊迫の誘拐現場とを巧みにリンクさせる心憎い演出。手に汗握る場面である。

そして、その後のラストに起きる出来事と、その後のサンドラの表情が印象深い。言葉はなくとも、万感の思いがこもった表場である。

元のTVドラマ自体も面白いのだろうが、脚本、演出ともになかなかの冴えで飽きさせない。何よりもサンドラ・ブロックの渾身の演技が光る作品である。それだけでも十分に観る価値がある。

◆「消えない罪」(THE UNFORGIVABLE)
(2021年 アメリカ)(上映時間1時間54分)
監督:ノラ・フィングシャイト
出演:サンドラ・ブロックジョン・バーンサルヴィンセント・ドノフリオヴィオラ・デイヴィス、リチャード・トーマス、リンダ・エモンド、アシュリン・フランチオージ、ロブ・モーガン、トム・グイリー、W・アール・ブラウン
シネ・リーブル池袋ほかにて公開中(Netflixで配信)
ホームページ https://www.netflix.com/title/81028975

 


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「梅切らぬバカ」

「梅切らぬバカ」
2021年11月26日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時20分より鑑賞(スクリーン7/E-8)

自閉症の息子と老いた母。加賀まりこ54年ぶりの主演作

54年ぶりの主演というのはギネス級の快挙ではないか!? 女優・加賀まりこが1967年の「濡れた逢びき」以来54年ぶりに主演した映画が「梅切らぬバカ」である。

タイトルの「梅切らぬバカ」は、「樹木にはそれぞれ特徴や性格があり、それらに合わせて世話をしないとうまく育たない」という戒めから転じて、「人間の教育においても自由に枝を伸ばしてあげることが必要な場合と手をかけて育ててあげることが必要な場合がある」ことを意味することわざ「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」から来ているらしい。

ちなみに本作は、文化庁の委託事業で映像産業振興機構が実施・運営する「若手映画作家育成プロジェクト2020」から誕生したオリジナル企画。和島香太郎はまったくの新人というわけではなく、過去に何本か監督作がある。

老いた母と自閉症の息子が、地域コミュニティの中で自立の道を模索する姿を描いたドラマである。

占い師の珠子(加賀まりこ)は、50歳になろうとする自閉症の息子忠男(塚地武雅)と2人で暮らしていた。忠男が中年にさしかかり、自分がいなくなった後のことに不安を募らせた珠子は、忠男をグループホームに入所させることにする。そんなある日、ホームを抜け出した忠男は、近所の牧場から馬を連れ出して大騒ぎになる……。

障害を持つ子供がいる親なら、誰もが直面する問題を扱ったドラマだ。それゆえ深刻になりがちな素材ではあるが、そうはならない。何よりも加賀まりこ演じる珠子と、塚地武雅演じる息子の掛け合いが楽しい。

塚地はこういう役が本当にうまい。おそらくかなり取材したのではないか。あまりやり過ぎると鼻につくし、抑え過ぎると逆につまらないのだが、そのあたりが絶妙のバランスだ。純真でひょうきんな忠男の特徴をうまく出している。

一方の加賀まりこもさすがの演技だ。占いの客を相手にズケズケとものを言い、たくましさを全開にする反面、忠男に対する深い愛情を常に感じさせる演技である。

といっても、珠子はいつも忠男を甘やかしているわけではない。言うべきことはきちんという。だが、それも自分が元気でいてこそだ。この先はどうなるかわからない。だから、忠男をグループホームに入れる決断をする。忠男もそれを受け入れる。だが、思わぬ生活の変化が彼を苦境に陥れる。

ドラマ的な盛り上がりを期待すると裏切られる。いわゆる起承転結のあるドラマではない。その代わり、地域コミュニティの中の様々な立場の人々をありのままに描いている。

その中心は、珠子の家の隣に越してきた里村家だ。珠子の家の庭に生える梅の木は、私道にまで乗り出して通行の邪魔をしていた。珠子は枝を剪定しようとするが、忠男はそれを嫌がる。それもあって、里村家の父親は予測不能な行動をとる忠男を疎ましく思っている。その一方で、妻子は珠子と密かに交流する。特に息子は友達のように忠男と親しくなる。

また、忠男たち知的障害者の世話を一生懸命にする職員がいる一方で、自治会長をはじめとしてグループホームに懐疑的な目を向ける住民も描かれる。その地元民ともギクシャクした関係にある乗馬クラブのオーナーなども登場する。

明確な結論や解決の方法は示さない。隣家の父親との和解や忠男の自制を描き、そこにかすかな希望の火を灯しつつ、それ以上の未来については観客に判断を委ねる。

そんな中、印象に残る言葉がある。珠子はこう言うのだ。「この子が町の有名人になって欲しい」。それは自分が亡きあと、地域全体で息子を見守って欲しいという珠子の切なる願いだろう。

どこにでもある光景を淡々と積み重ねることで、見ているものの感情を解きほぐし、心の内面に迫る映画だ。地味だが、作り手の真摯な態度が伝わってくる作品である。

 

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◆「梅切らぬバカ」
(2021年 日本)(上映時間1時間17分)
監督・脚本:和島香太郎
出演:加賀まりこ塚地武雅渡辺いっけい森口瑤子、斎藤汰鷹、徳井優広岡由里子、北山雅康、真魚、木下あかり、鶴田忍、永嶋柊吾大地泰仁、渡辺穣、三浦景虎、吉田久美、辻本みず希、林家正蔵高島礼子
シネスイッチ銀座ほかにて公開中
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